第20話 気取った王様の首
猫塚は固く口を閉ざしてうつむいていた。そこへ生雲が呼びかけてみると、一度目の反応はなく二度目の声で気づいてぎこちない笑顔を見せてきた。
誰よりも他人の表情や感情に敏感な生雲はさざ波のような嫌な予感を感じていたが、うかつに「大丈夫か」などと言えるはずもない。その言葉に対する答えはオウム返しの「大丈夫」しかないのだ。それに一緒に頑張ろうという励ましの言葉を送ったとしても、担当するパートが異なるために「楽器もやっていないお前とは違う」と言われればそれまでだ。
猫塚がそのような言葉を言うことはないだろうけれど、うかつな発言が猫塚を窮地に追いやりかねない。
互いの過去を話して仲良くなったつもりでいたが、まだまだ知らない部分がある。仲間として、これから先も長く付き合う彼との関係には慎重になっていた。
「ちなみにみなさん、Walkerの曲を練習したことがあるって方は?」
立花が訊く。
言い出しっぺの堀が手を上げるかと思いきや、誰一人として手は上がらなかった。
「誰もいないんですね。まあ、譜面に起こすのも一苦労ですしね。彼らの曲をやるのはいいと思いますが、楽器がひとつ足りませんよ? 彼らはキーボードがいますし。それはどうするんですか?」
Walkerの楽器編成は、ギター、ベース、ドラムそしてキーボード。生雲たちではキーボードがない。なので曲をコピーするとなると音不足だ。
新しい人を迎え入れるという案はない。生雲はもしかして自分が演奏できるようになれと言われるのではないかとひやひやしていたが、ここで静かに堀が申し出る。
「キーボは俺がギターで代わりにやる」
「そうですね。それがベストでしょう。了解しました、早めに準備して皆さんにお渡しいたしますね」
そうとなれば行動しないと、と立花はモニターをそのままにして隣接している物理準備室に姿を消した。
「ねえねえ、智哉ー」
「なんだよ」
「Walkerの曲なんてできるワケ? 結成時代の曲だったら、多分ギター、ベース、キーボードはレベチだけど」
両手を頭の後ろにまわし、背中を伸ばしながら作間は訊いた。
それに対し堀は困ることも悩むこともなく答える。
「レベルが違うなら、そのレベルになれ。経験値稼ぎは得意分野だろ」
「まあね。んじゃ、初心者ボーイズにはしあわせたまご持たせて経験値稼ぎしよっかな。俺、生雲ちゃん担当するから、猫ちゃんは智哉。よろしくー」
「は、なんで俺が」
堀がバッと作間をにらんだ。けれど、作間はニコニコしながら言う。
「まさか猫ちゃんに楽譜渡して『練習しとけ』で終わらせる気? そんなやり方でうまくなれると思ってるの? もしかしてバンドってひとりでやるものだと思ってる? それとも智哉は王様? 勝手にやれっていうんじゃ、誰もついてこないよ。後ろからその首切り落とされるだけだよ」
笑顔で言い切った。
まさかこんなに鋭い言葉を言われるとは思ってもいなかったようで、堀は目を見開いていた。
「さあーって。お兄さんは生雲ちゃんと練習しよっと。ほら、生雲ちゃん。ここだとギターがうるさそうだから、別のところでお歌の練習しようねえ」
「あ、はい」
幼い子へかける言葉に素直に従い、生雲は作間の手招きで立ち上がり、物理室から出た。
扉は作間の手で閉ざされるまでの間に、部屋に残った二人に会話はなかった。
それが生雲の不安を余計に煽る。
生雲が部活に参加できなかった間は、残る三人で練習をしていたはず。そこにムードメーカーでもある作間がいたからこそ、どうにかなっていただろう。
作間が抜け、堀と猫塚ふたりきりというシーンはない。ただでさえ、出会いはかなり印象が悪かった。初対面かつ後輩の猫塚が堀を叱っていたのだから。
その後関係がよくなった場面を見ていない三雲は、彼らが再び揉めてしまうのではいかと、何度も振り返っては物理室で喧嘩にならないかと懸念していた。
「平気、平気。たまには智哉にお灸をすえないとね。これでしょぼくれモードになるようだったら、そこまでの人間だったってコト。智哉にはもっと学んでもらわないといけないからね。生雲ちゃんが気にすることもないよ」
生雲の心を読み取ったかのように、作間はどこか楽しそうな顔で言う。
「誠は……誠、不安なんですよ、きっと。頑張って今の曲を仕上げてきたけど、さらに難しいWalkerの曲をやるんだって言われて、自分にできるのかどうかって。誠、ある程度までならできるけどその上にはいけないって言ってたし……」
「へえ、猫ちゃんとそんなこと話してたんだね」
「ま、まあ、この前ちょっと。だから、俺、厳しい堀先輩に何か言われたら辞めちゃうんじゃないかって思ってて」
言葉にしてみると、生雲は考えがまとまってきていた。
最も心配していたのは、猫塚が部活を辞めるのではないかということ。堀がその後押しをしてしまうのではないか。
暗い想像で顔が曇る。
「ふ~ん。猫ちゃんなら心配ないと思うけどね。でも、生雲ちゃんの頭がそっちでいっぱいいっぱいになっちゃうなら、覗いてみる?」
「え」
子供のように無邪気な顔で、作間はスマートフォンを取り出して見せてきた。
何か操作をしたのちに画面に映るのは、なんと先ほどまでいた物理室だった。
「どうして物理室が?」
「オンラインでできる、ビデオチャット。さっき、撮影したの見たでしょ? あの時にちょっといじって繋げておいたんだよね。面白そうだから見たくって」
撮影は教卓の近く。確かにここに置いていたのは、先ほど演奏した映像を流していたあのパソコンのようだ。
そして映し出されている映像には、全く場所を変えていない堀と猫塚の姿。互いに向き合っているのではなく、ただただ沈黙している。
「
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