第21話 王様の目は節穴か
物理室前から移動した先は、隣の物理準備室。
そこの主である顧問、立花への説明は作間が行い、準備室に居座る許可がすぐおりた。
「
「見つかんないよ〜だって、智哉、自分から先生のところに行ったりしないし。いつも俺にああしろ、こうしろって言うんだから。全く、たまには自分で動いてほしいもんだよ」
そう作間は言うが、どこか嬉しそうに聞こえる。それを作間も分かっているのだろう。それほど作間を信頼しているのだ。
羨む目で作間を見つつ、生雲は言う。
「先輩たち、仲がいいんですね」
「えへへ、そう見える? ま、いろいろあったけどね。大きい壁を乗り越えたら、仲良くなれるものだよ。生雲ちゃんにだってそういう人ができるよ」
「え? なんですか、急に」
「あれ、違った? 生雲ちゃんもそういう間柄の人が恋しいのだとばかり思ったんだけど」
生雲は図星をさされて驚いた。
他に何も言われぬように、表情に気を配る。するとそれを見た作間は、ぷはっと笑う。
「っと、あんまりでっかい声出してるとバレちゃう」
人差し指を立てて、「シー」と子供みたいな顔を見せると、作間は画面を指さした。
物理室残る二人は壁を隔てて隣の部屋。少しでも大声を出せば気づかれてしまうことを恐れて、ボリュームを落として会話する。
部長は堀なのに、軽音楽部を円滑に動かしていたのは作間のようだ。
「ほら見て。何かやり始めそうだよ」
言われて画面を覗き込めば、ちょうど二人が動き出したところだった。
「おい。気がかりなところはどこだ。少しぐらいは手をかせる」
堀が移動し、ギターを肩からかける。
慣れた手つきでボリュームを上げ、ピックで弦を軽く弾く。その音がアンプを通して大きくなり、それをさらにパソコンのマイクで拾っている関係で音質は悪い。
どうやらチューニングをしているようだ。
その音も、姿勢も。ギタリストとして様になっている。
調整された音を聞きながら、猫塚は質問に答えることなく黙って見つめる。
「……俺を見ていても何も変わらない」
「そう、ですね。僕も練習しないと……」
「……」
歯切れの悪い言葉を吐いてから、猫塚もベースを背負う。
背中を丸め、うつむきながら指で弦を弾く。生み出した音は弱弱しく、ギターの音にかき消されてしまうほど小さなものだった。
音が猫塚の思いを反映しているようでもある。
「ボリューム上げろ。音が消える」
「はい」
言われるがまま、音が大きくなるようにアンプのつまみを使って音量を上げた。しかし、それだけではまだ堀が満たされない。
「もっと」
「はい」
「もっと」
「はい」
何度かそのやり取りを続けた。
猫塚が先ほどと変わりない力加減で弦を弾くと、今度は窓や扉までもを震わせるほどの音が出る。
その音に猫塚は思わず耳を塞いだ。
「音量はそれぐらいだ。もっとベースを自分に近づけろ。その方が弾きやすい。他にも弾き方で変わってくる。指とピックじゃまた違う。歪みとかそういうのより、まずは基礎から……おい、聞いてんのか」
基本的なことを次々と指摘していく。ひとつひとつをしっかりと受け入れているようにも見えるが、猫塚の顔は晴れない。
「おい、おま……猫塚。何が気になってんだよ」
いまだ改善できない言葉遣いだが、堀には改善の兆しがうかがえる。
独断専行ではなく、しっかりと猫塚の眼を見て言った。
「僕――」
「言っておくけど、俺は響みたいに甘くはできねえし、妥協なんて無理。配慮も無理だからな」
「それは……知ってます」
「じゃあなんだってんだ。そんな顔でやられちゃ、できるもんもできねえんだよ。」
「っ……」
先手を打たれ、猫塚は口を閉ざした。
良くないことを言ったとは微塵も考えていない堀は、涼しい顔でギターを弾く。
一音一音を確かめるように奏でたのは、普段練習しているオリジナル曲のイントロだ。
間違いなんてひとつもなく、洗練された音が広がっていく。
それに音を重ねようとベースに手をかける猫塚だったが、音を放つことはなかった。
いくら堀がギターを弾いても、個人練習にしかならない。ついに堀も弾くのをやめた。
「……手ェ出せ」
低い声はまるで恐喝のようだ。
なぜ、と聞き返す間もなく、堀はのそのそと猫塚に近づいてくる。目の前まで迫りきた堀に、わかりやすく猫塚が動揺している。
「手」
すぐそこへやってきた堀は再度同じことを言う。なので猫塚は理由もわからないまま、両手を差し出した。
堀は猫塚の右手をくるりとひっくり返し、手のひらを上へ向ける。
そこへ置かれたのは、使用感のある三枚のピックだった。
「えーっ、と……? これは、何でしょう?」
「ピック」
一枚をつまみ、観察している間に堀はギターアンプの方へ戻っていく。
「やる。ティアドロップ、トライアングル、ジャズ。使い心地は人によりけり。素材も色々あるから後で探せ」
饒舌に説明を付け足したが、その意図は不明。猫塚は戸惑うばかりだ。
「どうしてこれを、僕に?」
「は? どうしてって……お前、手が痛えんじゃねえの?」
「え?」
的外れな答えが返ってきて、猫塚は聞き返してしまう。その反応を見て、考えこんだのちにやっと堀はそうじゃなかったのだと理解したのだった。
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