第22話 大事なことでしょ
「アッハハハッ!」
堀の顔が赤くなっていく様子を、画面越しではあるが生雲と作間は見ていた。
そして耐えきれずに作間が腹を抱えて笑い出す。その声は薄い物理室と準備室の壁をすり抜ける。
「ちょ、先輩。聞こえちゃいますって」
「イヒヒヒヒッ! ごめ、無理ッ!」
壁を越えた声により、今度は物理室から怒号が飛んでくる。
「響ッ! お前、そこにいるな!?」
突如として堀の叫びと同時に中継していた画面から堀の姿が消えた……が、物理準備室の扉が勢いよく開き、生の堀がそこにいた。
「響、お前! 見てたな!?」
「ヒーッ! お腹、取れそうっ! 智哉、人のコト、理解しなさすぎッ! 空振ってるっ……!」
「テメェ! ぶっ殺すッ!」
笑いすぎて床に転がる作間に馬乗りになって拳を振り上げる堀。
言葉も行動も危ない。
唯一止めてくれそうな顧問教師すら、いつのまにかどこかに行ってしまい姿がない。もう、生雲しかいないのだ。
「んもう! 先輩たち、待って、待ってって!」
痛い思いはしたくないけど、止めないといけない。が、生雲には間に入ることができるほどの勇気がない。だから声を上げるしかない。
だが、生雲の呼びかけで押さえられるほど堀の動いた感情は止まらない。暴力事件を起こして活動停止にでもなったらどうしようと慌てふためき、言葉と身振り手振りで制止を試みるも叶わない。もうだめだ、心細くなったとき、振り上げられた堀の手を背後から掴み止めた姿があった。
「先輩。暴力は駄目です。問題を起こしたら活動もできなくなりますよ」
猫塚だ。
かなりの力を込めて抵抗している堀だが、筋量の違いでいともたやすく猫塚に止められる。
右手が駄目なら左手で。そう試みたものの、両手とも止められ、さらにそのまま上へと引き上げられ、堀は半ば強引に立たされるような形となる。
自らが晒され笑い者になっていたことに対し、主犯たる作間に何も喰らわせることが出来ないのは不満だったようで、最後の最後に右足で蹴り上げた。
「ぃ、っっっっ――!」
的確な蹴りは、作間の急所にクリーンヒット。
大きな笑い声は止まり、身を丸くして言葉にならない痛みを堪えている作間を冷え切った目で見下ろした。
「放せ、もう気は済んだ。もうやらねえよ」
堀は猫塚の手から離れ、首を回してから言う。
「猫塚。まずはさっき言ったことをやってみろ。練習するしかねえんだ。出来ねぇって、自分を卑下する必要はねぇ。それこそ無駄な時間だ。んなこと言って逃げてる時間があれば弾け。自信が出るまでやり続けろ。自分を否定すんな……好きならやれって言った馬鹿がそこにもいるんだ。やらねえのはあいつを否定することにもなるからな」
堀が指を差したのは生雲。
生雲にバンドをやろうと引き戻されたことを示していたのだ。それを堀は忘れてはいない。それほど心を動かせられた出来事だったのだろう。
堀の過去と今の猫塚に重なる部分があり、言いながら眉間に皺が寄っていた。
「できなくて死にたくなるのも、やめたくなるのも、逃げたくなるのもよくわかる。けど、できねえことはねえ。どうしても無理なら俺に言え。あのヘラヘラしたやつより、アドバイスできる」
「先輩……」
「Walkerの曲は難しいかもしれねえけど、あっちも人間なんだから真似できるはずだ。弾かねえと始まらねえ。むしろ出来れば、どんな曲でもできるようになる」
「それはこの、ピックで、ですか?」
「曲によってはその方がいいと思う。身体の割に音が出てねぇし、音に圧がねぇからピックで力が出せる。そもそもWalkerの曲の大半はピックだ。俺等の曲は、正直指弾きがいいが、それはやりやすい方に任せる。指が痛い訳じゃないんなら、出来んだろ」
「……はいっ! 頑張ります」
堀がつらつら述べた言葉を、猫塚は全て受け入れ飲み込んだ。
その表情はさっきと打って変わって明るい。
抱えていた思いが放たれて、意欲に満ちている。
一通りを見てきたこともあり、生雲までも意欲的になっていた。
ひとまず、問題解決の糸口が見つかった。
あとは練習していくのみ。
端からみた自分たちがどんな姿なのかも、撮影することでよくわかった。
練習、撮影、振り返り、リトライ。これを繰り返すことで良くしていく。
部活らしいことができることに、軽音楽部としての活動へ期待に胸を膨らませる。
「はいはーい、泣きそうなほどウルトラカッコイイ作間響センパイから。レベルアップ……ううん、経験値稼ぎによさそうなことの提案だよ〜」
痛みに苦しんでいた作間は、涙目で起き上がる。
男ならば通じる痛みだが、今回は作間の自業自得でもあるので誰も助けようとはしなかった。
そんな作間の捻り出した声には、いつもの快活さはない。
けれども、突然の提案が何なのか気になり、彼へと視線が集まる。
「確かに練習は必要だけどさ、見学っていうのも大事でしょ? 独学に加えてプロも見ないとさぁ。ま、上をみて打ちひしがれちゃうかもだけど、よく言えば目標が見えてくるってね」
「プロ?」
「そ、プロ。生で見て、全身で音と空気を浴びるのって重要じゃん?」
「そうなんですね?」
イマイチピンとこない生雲は、全て疑問形で反応する。
猫塚も同じような反応だったが、堀は先ほどまでの出来事の関係で無の顔だった。
「息抜きにもなるし、勉強にもなるし、糧になるしの三拍子が揃う一大イベント! そう、つまり!?」
「つまり?」
全く分かっていない生雲が聞く。
それが作間の求めていた反応だったようで、作間は立ち上がるとピースサインを送りながら言う。
「Walkerのライブに参戦だぞ☆」
場が凍りついた。
何を言っているのか分からず、フリーズしたに過ぎない。
周囲との温度差を気に掛けず、作間は説明する。
「実はねー、今度のWalkerのライブ、チケット持ってるんだよね。席は遠いけど、見聞きする分には問題ナッシング!」
「え、ちょっと待ってください? 何でチケットあるんですか……? 倍率が高いはず……」
人気ロックバンドWalkerのライブとなれば、いくらファンクラブに入っていたとしても、チケットが買えないことが多い。武道館やドームほどの座席があれど、常に満員。高額転売も問題になるほどだ。
なのでファンの生雲は既に諦めていた。一生のうちに行きたいな、ぐらいで考えていたが結局行くことはできていない。
なのに、どうして作間がチケットを持っているのか。
「Walkerは倍率いつもヤバいよね。FC会員でもなかなか手に入らないプレミアムチケットだもんね。でもでも、持ってるんだなあ〜嘘じゃないよ? 事実、真実。ちなみにゴールデンウィーク最終日のチケット。ど、行く?」
「行きますッ! 絶対、行くッ!」
「ぼ、僕も行ってみたいです」
食い気味な生雲。続いて控えめに猫塚が手を挙げる。
「はい二人決定〜。智哉は? 行く?」
「行く……けど、いいのか? それ、アレだろ。お前が嫌がってた……」
「まあね。でも、使えるものは使わないと。みんながやる気なんだから、やれることはやるし、使えるものは何でも使う。いつだって避けてるワケにはいかないもんね。だって智哉が前向きになったんだもん。俺も前を向かなきゃ」
フンワリとした言い方でも、何かを含ませている。それが具体的に何かということは、生雲に知る由もない。それよりも、生雲と猫塚は興奮しながら盛りあがっており、作間と堀の会話を聞いていなかった。
「ねぇ、智哉」
「なんだ」
「俺たち、バンドとしてやっていけると思う?」
「やる」
「そっか〜。じゃあ、頑張ろっかなぁ! お兄さん、本領発揮、ってね」
身体を伸ばし、ニコニコといつもの笑顔を浮かべる作間に、堀もいつもの様子で言う。
「常に発揮しろ、馬鹿」
「わあ、心雑〜。お兄さん、傷ついちゃったよ?」
すべて笑顔で答える作間の心を理解しているのか、堀ははしゃぐ後輩二人を静かに見守った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます