Track02 現実と憧れ

第23話 関係者以外立ち入り禁止



「集合はここであってる、よね?」



 作間から言われた通りの駅で、生雲は待っていた。

 学校からは遠く離れた東京の片隅。高校生にもなったばかりで、遠出したことすらなく、なおかつ初めての駅に緊張しながら猫塚に訊く。

 あらかじめ落ちあい生雲と一緒に来た猫塚もどこか不安そうにスマートフォンと周囲を確認してから頷いた。


 約束した時間は十五時半。その時間まではあと五分しかない。

 辺りには、若い人たちが皆、同じような服を着て同じ方向に歩いていく。

 その服は今回のWalkerのライブTシャツだった。



「みんな同じところに行くんだよね。すごいな」

「本当にね。僕、ライブって今まで行ったこともないし、すごく緊張するよ」



 二人そろってきょろきょろし続けていると、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 駅の改札の方を見てみると、そこからやっと先輩たちがやって来たのだ。



「やっほ~。お待たせ」



 手を振りながら作間が来た。続いて堀が静かに続いている。

 周囲のファンたちと異なり、ライブTシャツを着ていないためか異様に見える。しかし、実際はTシャツが原因ではなく、堀の様子が異様だった。



「っ……」



 堀は作間の背に隠れるようにしていたのだ。学校での姿と異なるおどおどした様子に生雲が訊く。



「あの、先輩。どうかしました?」

「いや……別に」



 ぶっきらぼうに堀は答えたが、明らかに何もないわけがない。

 困惑した眼で作間に真相を求めると、いつもの調子で答えてくれた。



「智哉はねえ、人見知り、いや。人が多いところが苦手なんだよ。地元じゃこんなに人はいないから、戸惑ってるだけ。ま、いつも通りだね」

「そうだったんですね。知らなかったです」

「滅多に表立つこともないしね。昔からだから気にしないで。そのうち慣れていつも通りになるから」



 人見知りとはそういうものだっただろうか。そんな考えが浮かんだものの、口にはしなかった。

 ひとまず堀はそのまま静かになったまま、作間が「行こうか」と進行方向を指さす。その方向へと次々にライブTシャツを着ている人たちが進んでいく流れができている。

 この流れに乗れば、会場まで迷うこともなく進むことができるだろう。



「人が多いですね。作間先輩、開場って何時なんですか?」



 流れの先頭はどこだかわからない。だが、止まることなく進んでいるので便乗して紛れるように歩いていく中で猫塚が訊いた。



「んーっとね、四時半。開始は六時だね」

「え、じゃあまだ一時間あるのにこんなに集まっているんですか? すごいな……僕、ライブ自体が初めてなんですけど、当たり前なんですか?」

「むしろもっと早く来る人の方が多いんじゃないかな? グッズとかあるしね」

「グッズ! ちょっとほしいかも……」

「買っとく? グッズはー……あ、あっちだ」

「是非!」



 直接会場入りすると思いきや、流れから抜けて別の人込みの方へと向かう。

 階段を降り、会場外の屋根の下でグッズ販売列ができていたのだ。何度も曲がって並んでいる列は少しずつだが動いているようで、その最後尾に並ぶ。



「買いたい人だけ並びなよ~。俺は買わないからさ、ここで待ってるよ」



 作間は列に並ばなかった。堀も作間の隣に佇む。よって、グッズは猫塚と生雲の二人が並んだ。

 購入までは三十分ほどかかった。二人はライブTシャツのみを購入し、作間のところへ戻る。



「――そうそう。あ、ほんと? じゃ、そっちから行くねえ。おっけー」



 作間は誰かと電話していた。邪魔しないように眼を合わせて生雲は購入できたことを伝える。

 それに気づいた作間は電話しながら指で「オッケー」と示し、行く先を指さして歩き始めた。

 その方向は先ほどの駅から出た人たちが向かう流れと異なる方向。誰もいない、会場の入り口ではないだろうと思しき方向だ。



「先輩、こっち、人がいないですけど……」



 迷うことなく作間は会場の裏の方へと向かっていくために、生雲は不安で訊く。だが、作間はいまだに電話を続けており、答えてはくれない。



「……あれ、木のとこ? 右? うんうん。でも、警備員いるよ? あ、チケット? あるある。見せればいい? うんうん。わかった。じゃあ、一旦切るね。あのー、すみませーん」



 作間が会場裏の扉の前に立っていた警備員に声をかけた。その扉には「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた札が貼られている。



「なんでしょうか」

「あのー、中に入るのに、ここでこのチケット見せればいいって言われたんですけど。合ってます? 違う?」

「確認します。念のため、お名前をお伺いしても?」

「作間響です。こっちの三人は部活仲間です」

「分かりました。少々お待ちください」



 怖い顔をした警備員は作間が差し出したチケットをまじまじと見る。そして持っていた通信機を使い、誰かと連絡をとり始める。



「ちょっと、先輩。こんな裏口じゃなくて、正面から……」

「いーの、いーの。こうしろって言われたんだもの。だから、お兄さんに任せなさーい」

「ええ……」



 警備員はまだ連絡を取り合っている。

 こんな裏口から入場するなんて聞いてもいない。不審者だと通報されるのではないかと生雲は不安がる。



「――確認が取れました。こちらからどうぞ」



 警備員は通信機を切り、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を開けた。



「はあーい。ありがとうございまーす。さ、行こうか」



 作間は当たり前かのように先陣を切る。

 どうしてこんなに平然としているのか。それを知るのはまだ先だ。



「先輩、どういうことなんです?」

「ん? どういうことってどういうこと?」

「いや、こんな裏口から入るのはどうしてっていうことで……並んでいたところからでもないし、関係者用のところからだし……そのチケットっていったい……?」



 関係者のみが使用する裏口。そこから入った会場内の通路はあまりにも殺風景。特にどの方向へ進むようになど道案内はない。左右にいくつもの扉があり、「管理室」、「A倉庫」、「照明室」など様々な部屋があるがどこにも目をくれずに真っ直ぐ通路を歩いていく作間。

 物音がなく、生雲の声が反響する。



「ヒミツのチケットだよ。まあ、お兄さんに任せなさいって。あ、ちょっと電話するね」



 作間は少し歩いてから再びどこかに電話を掛けた。その相手はすぐに出たようだ。



「来たよー。言われたように入れた。うん、真っ直ぐ。階段? あるある。二階ね。そうしたらすぐわかる? はいはーい。行くねー」



 端的に話をしてから、電話を切る。

 そしてその会話にあった通り、最も近いところにあった階段を上っていく。そして二階に出たところで、眼を疑うようなことが起きた。



「え、作間、さん……!?」



 二階の階段前にいたのは、今回ライブを行うWalkerのギタリスト・作間瑞樹だった。

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