第24話 三者三様、個性派バンド



「ひーくん久しぶり! ほかのみなさんは初めまして! Walkerでギターをやっています、作間さくま瑞樹みずきです」



 ふわりと揺れる髪。男性にしては小柄で大きい瞳。学生と名乗っても疑われないだろう。

 彼こそは、生雲が愛してやまないWalkerのギタリスト。正真正銘本物だ。



「あ、あ……っと……」



 画面の中でしか見たことがない、憧れの存在との初対面。あまりにも衝撃的で生雲は言葉が出ない。一方で、先を歩いていて作間がひらひらと手を振って言う。



「みーくん、久しぶり。ごめんね、誘ってもらってたのに全然行かなくて」

「ううん。ひーくんだって高校生になったんだし、あれこれ忙しいもんね。今日は来てくれてすっごく嬉しいよ! 楽しんでいってね!」

「わあー、ありがとー」



 ひーくん、みーくんと呼び合う二人。まるで昔からの知り合いのようだ。



「あ、みんなも呼ぼっか。というか、来て来て! みんなちょっと暇してるんだ」

「いいのー? 行く行く~。ほーら、行くよー」



 二人の作間は楽しそうに行ってしまう。

 まだ現実を受け止め切れていない生雲はひたすら言葉にならない声を出して止まっていたが、猫塚に背中を押されてついていくことができた。


 すれ違うのは黒い服を着た大人たち。

 忙しそうにあっちこっちへ動き回り、何か指示をしたりと大変そうなのが見て取れる。その中を歩く生雲たちを二度見する人もいたが、すぐに自分の仕事へと戻っていく。


 これがライブの裏側か、と関心を示しつつ、着いていくと一つの部屋の中へと踏み入れていた。



「聞いてください! 見てください! じゃじゃーん、僕たちの後輩です!」



 ギタリストの作間が意気揚々と宣言した部屋。そこにいたのは、男性四人。

 ひとりは端のソファーに横になっていた。その向かい側のソファーにもう一人。

 残り二人はコの字に並んだ長机で何かを食べていた。



「あ? 瑞樹が前から言ってたやつ?」



 低い声で訊いたのは横になっていた男。

 起き上がり、生雲たちへと顔を向けた。



「そうだよ、キョウちゃん! こっちが僕のいとこで、他の子がそのメンバー……だよね?」



 いとこ、と紹介されたのが作間。



「え、先輩! 作間さんといとこだったんですか?」

「そだよー。あれ、言ってないっけ?」

「聞いてないですっ」

「ふふふ。じゃあ、サプライズだ」



 こそこそと生雲は聞いた。

 その間に訊いた男はソファーから立ち上がり、こちらへやってくる。



「ハジメマシテ。野崎のざき恭弥きょうやっす。って、ここに来てるんじゃ知ってるか。まあいいや」



 低い声であいさつをした野崎。彼はWalkerのベーシストであり、作詞作曲も担当している。彼がいなければ、今のWalkerは存在しなかった。

 横になっていたために乱れた髪はそのままに、大きなあくびをする。



「んもう、キョウちゃん。夜更かししたでしょ。全くもう」

「るせ。瑞樹は俺の母ちゃんか。ライブにゃ支障ねえよ」



 そういってまたソファーへと戻っていった。そして今度は向かいのソファーに立っていた人がやってくる。



「失礼。彼はああいう人なもので。僕はキーボードをやっています、御堂みどう悠真ゆうまです。羽宮では部長をやってました。そして、あっちの食べてるのがボーカルの菅原すがわら大輝だいき。隣の保護者がドラムの片淵かたぶち鋼太郎こうたろう



 御堂は眼鏡の位置を正してから淡々と自己紹介をする。

 Walkerをまとめ役である御堂。個性が強いメンバーをまとめ、周囲との連絡を取り合うのも彼が行う。マネージャーの役割も果たしている。

 そんな彼が紹介した、ずっと口いっぱいに食べ続けている菅原が「ひょろしくよろしくー」と言ったとたんにむせ返っており、すぐさま片淵がペットボトルの水を差しだす。

 寝る、食べる、世話をする。

 三者三様の過ごし方のWalker。本当にライブ前なのかと疑うほど自由だ。



「面白いでしょ。僕たち、いつもこんな感じなんだ。でも、ライブは絶対楽しくするからね!」

「だよねえ、みーくんのライブ、久しぶりだもん。ちょー楽しみ」

「任せてよ、ひーくん。一応部活なんでしょ? いい経験になれば嬉しいな。バンフェスも出るの?」

「一応予定してるよ。まだ練習し始めたばっかりだし、難しいけどね」

「わあ、楽しみ。あれ、すっごく緊張するもん。キョウちゃんなんてさー――」



 二人がワイワイ楽しそうに話し始めてしまい、残る三人は取り残されてしまった。

 見かねて御堂が話しかける。



「君たちのバンド名は何にしたんだい?」

「あ、いえ。まだ決まってなくて……というか、考えてすらいなかった、みたいな」

「そう。僕らもそんな感じだったな。よく考えるといいよ。名前にふさわしいバンドになれるようにね」

「ありがとうございます」



 有名人と会話してしまった。それだけで生雲は緊張と喜びでいっぱいだ。



「なあなあ、誰が何をやってんのー? みっちゃんのいとこくんがドラムってコトだけ聞いたんだけどー」



 座ったまま、再び食べている菅原が会話を遮るほどの大きい声で話かけてきた。



「そーです。俺がドラム、智哉がギター。猫ちゃんがベースで、生雲ちゃんがボーカルです」

「お、俺と同じボーカルだけ? ギタボじゃなくて? んじゃ、仲間じゃん! よろしく!」



 もげそうなぐらい手を大きく振る菅原。気さくな声かけに、生雲は小さくそれに頭を下げた。



「誰がベースだって。お前か。ちょっとこい」

「え……」



 ベースと聞いて今度は野崎まで起き上がってくる。それには圧があり身を構えてしまうほどだった。

 そしてそのままどういうわけか猫塚は連れ去られてしまう。



「ああー……じゃあ、僕もお話しよ! えっと、ギターの、智哉くん?」

「はい」



 今度はギタリスト同士、作間と堀が一緒に部屋の隅へと移動していく。



「なになに、みんな揃って秘密のお話? 俺、秘密も何にもないんだけどさ! ま、いっか。ボーカルくん、来て来て。ドラムくんはコウちゃんの方にね」



 生雲、作間、ともにWalkerのメンバーと一対一になる。

 いまだ緊張が解けない生雲は、戸惑いを隠せない。だが、菅原のフレンドリーさがそれを解きほぐすような声を出す。



「君ってさ、もしかして一年生?」

「はい」

「ボーカルも初めて?」

「はい」

「うひゃー、若い若い。ちょっと前まで中学生だったんだもんなー」



 ニコニコとずっと楽しそうに見える菅原。声も弾んでいるのに対し、生雲は何度も頷いていると、つられてだんだん口角が上がってくる。



「俺もさ、みっちゃんに声かけて高二で軽音入ったんだよね。そっからは、はちゃめちゃだったけど、部活ってめっちゃ楽しいから! みんなとさ、楽しくやりなよ。どうしたいとか、何したいとか、ああしたい、こうしたいってちゃんと言ってさ。分かんないことは分かんないって言って。みんなが言えば、みんなが考えてくれるから! あと腹から……いや、胸? 頭? まあ、全身で唄えよな。とっさに唄えなくてもみんながいるからダイジョーブ! 間違えても、声が出なくても。助けてくれるもん」

「唄えなくても、ですか?」

「そ。俺なんてバンフェスの時、きんちょーしちゃって唄えなくてさ。けど、キョウちゃんが代わりに唄って途中から俺が唄って。それでも何とかなった。だから、みんなを信じて。ボーカルっていっちばん前でみんなが見えないけど、絶対みんなそこにいるから」

「信じて……」



 同じボーカルというポジション。だからこそわかる思いを菅原は語る。



「曲がいいからっていうのもあるけど、俺らがどうやって唄うかで曲は変わるからさ。みんなを信じて、みんなの音を伝えたくて。こんな気持ちなんだ、だからこうなんだっていうのを唄って。昔のアイドルみたいに立ち尽くすのもいいけど、せっかく楽器を持たずにマイクだけを持ってるんだから、あっちこっち動き回るのも楽しいよ!」

「ふふっ、確かに」

「でしょー! 俺、誰よりも動くって決めてるから! だから腹ごしらえ。はい、お土産どーぞ」



 ぽい、と渡されたのは、菅原が先ほど食べていた饅頭。それが入っていた箱はもう空であり、これがラストのようだ。



「エネルギーつけて、肩の力抜いて、みんなを信じて、気持ちを込めて。そうやってやってたら、みんな見てくれるから。んでもって、いつかおんなじステージで唄おうな」

「……っ、はいっ!」

「んー、いい子だ!」



 菅原が生雲の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

 彼からかけられた言葉のひとつひとつが、生雲の支えになる。知らなかったことも知ることができ、とても心強い。

 緊張はなくなり、喜びと希望で満ちた顔を浮かべる。

 各パートで言葉をかけていたようで、どこもひと段落ついたようだ。そこへ扉をノックする音が響く。



「失礼しまーす。Walkerの皆さん、そろそろ準備をお願いします」



 スタッフがそう声をかけた。

 これ以上この場にいたら邪魔になってしまう。生雲たちは深く頭を下げて礼を伝えた。



「んじゃ、僕たちはもう行くけど、みんな今日のライブ、楽しんでね!」



 そうWalkerから見送られ、生雲たちは今度こそライブに参加するために座席へと向かうのだった。


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