第25話 プロの魅せ方



 作間の伝手つてで手に入れた座席は関係者用の座席だ。

 一般入場口とは異なる場所から入った会場は、すでに人が大勢入っており、一般席は埋まっている。まだ席を探す人がうろうろしている中を、迷うことなくチケットに書かれた関係者席へと向かう一行。

 そこにいる人たちが何の関係者かもわからないが皆大人だ。メモを片手に会場内の様子を記録していく人から、楽し気に話す人まで多種多様。仕事関係でやってきているだろう大人の中へ高校生四人が横並びで着く。この未成年たちは誰のどんな関係なのかと気にする目もあったものの、大人の対応により話しかけられることはなかった。

 席を見つけ、一息つこうとした時、会場の照明が落とされる。


 すると待ちかねていたと言わんばかりの声があちこちで上がる。

 スピーカーから流れる音は生演奏のものではなく、圧のあるBGM。今や今やと歓声が上がるものの、ステージが華やかになることはない。大きな音と共に暗く青い光がステージの存在を示しているぐらいだ。


 始まっているのに始まらない。誰もステージに登壇しない。

 ファンがきょろきょろしていると、照明が会場の後方二か所を照らした。

 そこにはフロアの扉。ゆっくり開かれると一つの扉に一人、Walkerのメンバーがいた。

 思いがけない場所からの登場に、会場はさらに歓声が沸く。

 二人はスタッフの誘導に導かれながら、ステージへと上がる。その後、また異なる扉から二人、そして最後の一人と順番に登場してはステージへと向かった。


 全員揃ったところでステージはやっと準備が整う。

 各々が楽器を構え、演奏準備が整うと一斉に音をかき鳴らすのだ。


 Walkerの曲は基本ロック。されど激しくとがったものもあるが、静かな曲もある。セットリストもそれを踏まえて組まれており、緩急のある流れになっていた。


 すべての曲において、広い空間を支配するかのような音。

 最初からフルスロットルで熱気に満ちる会場。

 リズムや曲に合わせて変わる照明。

 どれかが欠けたら生み出せない世界があった。


 そしてメンバーによる演奏では、誰一人置いていかない、そう思わせるような煽りで魅せる曲は人の心をわしづかみにする。

 曲と曲の間に入るわずかな間にも、ボーカル菅原によるMCではさらに盛り上げるような裏話をしたり、メンバーに話を振ったりする。

 まさに事前に生雲が聞いた、棒立ちで唄うのではなく、ステージを縦横無尽に駆け回り、人一倍動いて、『全身で唄う』ことがどういうことなのかがわかるものだった。


 機械を通して聞いていた曲とは異なる、生の演奏がもたらす熱量。

 会場が一体化する感覚。

 五感すべてで感じるWalkerのライブは生雲たちにとって、プロの圧倒的なレベルの差を嫌でも感じさせるのだった。





「いやー、よかったねー。流石のライブ。熱い、熱い」



 アンコールまで終え、だんだんと人が減っていく会場内。袖で汗をぬぐう作間。

 生雲も持っていたタオルで汗を拭いてから仰ぐ。

 初めてのライブ参戦。ましてや夢にまで見た大好きなWalkerのライブ。もうライブは終わったというのに、まるでこれから始まるのを期待するかのように身体がうずうずしていた。



「猫ちゃん、大丈夫? ぼーっとしてるけど」

「あ、はい。ちょっとびっくりしちゃって……」



 終わってもなお、ステージを見ていた猫塚ははっと答えた。



「そりゃそうだよね。初めてじゃ、ビックリだよね。流石にこのレベルになるのはちょっとやそっとの練習じゃ無理。あの人たちの半数は、五歳より前に楽器やってるし」



 さらっと言う作間の眼はどこか冷たい。いつもの明るさを消し、Walkerが去ったステージを嫌っているようにも見えた。

 発言と表情に対し、生雲と猫塚は「えっ!?」と驚きを示す。

 そんなに幼いころから音楽に触れていたからこそ、彼らは高校時代に結成し、その年に高校生バンドの頂点に立てたのではないか。なら自分たちじゃ、太刀打ちできない、そんな考えがよぎってしまったのだ。

 さらに、らしくない様子の作間に対しての困惑も含まれていた。

 思い空気が漂う中、流れを変えたのは堀だった。



「それだったらお前もだろ。というか、いつ始めるかと、上手さは別だろ。バンドは個人プレーじゃねえんだから。上手くてもバランス取れなきゃ意味ねえ」

「……えへっ。智哉ったら俺のマル秘情報しゃべっちゃうお茶目さんだなあ。もしかして俺のコト、好きだったりする?」

「は? 馬鹿言うな」

「恥ずかしがらないでよ。俺たちの仲じゃない。それこそ裸の……」

「ただの水泳な」



 堀の話からして、作間も幼いころから楽器に触れてきたようだがそれ以上深く話してはくれなかった。今回のライブの件も含め、作間には謎が多い。まだ、何か大きなことを隠しているのではないかと気になってしまう。

 生雲がじっと作間を見つめていると、彼は「いやん、照れる」とふざけた反応を見せるにとどまった。



「おい。それより、早く帰らねえと終電なくなるぞ」



 堀がスマートフォンで時間を確認して言う。



「やばっ。みんなー、帰るよー。ほら、お兄さんについてきて~」



 作間が引率の教師が如く、先頭に立って全員を連れ外へ向かう。

 最後尾についた生雲は振り返り会場を目に焼き付ける。

 憧れの存在であるWalkerと話すこともでき、生の演奏を見ることができた。そして感じた音楽と興奮を頭と体に焼き付ける。

 この貴重な機会を糧にし、憧れに近づけるように何ができるかを検討していかねばならない。

 生雲は決意を胸に、前を行く不思議な先輩を追いかけて帰路に就いた。

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