第15話 どうしろってことなのか
駅前のバーガーショップに入り、ハンバーガーとポテトを食べながら生雲と猫塚は向かい合って話し合う。
「生雲くん的には、ぐっとくるフレーズってある?」
「ぐっと……うーん?」
言われて考え出す生雲。
ここ最近の行動を思い返し、心に残ったものがないかを探す。しかし、すぐには出てこず、唸るのみだ。
「じゃあさ、どうして生雲くんは軽音楽部に入ろうとしたの? あんなに必死になっていたのはどうして?」
「それはWalkerに憧れて……俺、もともと相手に合わせてちょうどいい人になるのは得意でさ。大人が好きな『いい子』とか友達が好きな『ヒーロー』とか。求められた人物像になれるというか……人に合わせるのはできるけど自主性がないというか」
振り返ってみれば、自分が自分でない誰かという感覚があった。
自分という存在を疑い、好きなものもやりたいこともなく、ただ言われたことだけを行うロボットのような生活。ただただ毎日が過ぎていく中で楽しかったことが何かと聞かれても思い出せないほどだ。
ポテトをつまみ、唇についた塩を舐めてさらに続けて振り返る。
「流されたまままま進路を決める時期になって、大人からは自分で決めろって言うしさあ。今まで言われた通りにやって来たのに、自分で考えるなんて無理で。そんなときにWalkerに出会って大会の映像を見たんだ。『それでもボクらは歩き続ける』って歌詞は刺さったなあ。年も変わらない人たちがこんなことできるんだって感動して、俺もそうなりたいなって思って……猫塚くんは? どうして軽音に入ってくれたの?」
「僕? 僕は、まあ、生雲くんと似たようなものかな」
「ええー俺も言ったんだし、教えてよー」
猫塚はあまり言いたくなさそうな雰囲気であったが、『高校生らしく』踏み込んでみた生雲。すると、猫塚もどうしても無理だと拒否することはなくぽつりぽつりと話してくれた。
「僕、自慢じゃないけど、それなりになんでもできるんだ。ベースもそうだけど、見て少し練習すればそれなり形にはできる。中学の時も県大会まではいけるけどそこでは勝てないみたいな。いつもそこまで。それ以上はいけないって思っているから、夢中になれることもなくてね」
猫塚は買っていたジュースを一口だけ飲んで続ける。
「高校に入っても何となく部活に入って、それなりに上手くやってそれなりに適当に過ごすと思っていたんだ。でも、初日から生雲くんが存在が知られていない軽音楽部にすごく夢中になって探して走り回っているのを見てさ。どうしてあるのかもわからないのにそんなに夢中になれるんだろうかって、ちょっと興味があって。僕の周りにはそこまで夢中で必死にやる人がいなかったからさ――そう考えてみれば、生雲くんには人を動かすことができるパワーがあると思うよ。僕がその証拠だよ」
最後に猫塚は笑って言った。
「俺が猫塚くんを……? 今までそんな風に言われたこともなかったな……あ! なんかちょっといい単語思いついたような、つかないような」
感慨深げに頷いていたとき、生雲は閃いた。それを書き留めるためにすぐさま猫塚がノートとペンを取り出す。
「なんでも書いていこう。僕たちなりに。全部書き出して、吐き出していこう」
歌詞を考えるのではなく、思いついた言葉をそのまま書いていく。
必死、自主的、練習、レベル、諦め、興味。
一見無関係にも見える単語はすべて二人の今までを語るのに出てきたもの。そこから派生した単語も書き加えていけば、ページはあっという間に埋まっていく。
次のページにまで続いていく二人の言葉。まだ関係性がしっかりと築けていなかった二人だったが、だんだんと打ち解け合っていく。
互いに『くん』付けで呼んでいたのもなくなり、湊介、誠と呼び合った。
「あのー……長い間、ここに座っていらっしゃいますが、そろそろ席を空けてもらってもよろしいでしょうか?」
「えっ!? あ、すみません! すぐ退きます!」
みっちり書き記した文字。そこからさらに歌詞になるよう近づけていたところで、店員に声をかけられた。
慌ててスマートフォンで時刻を見れば、もう二十時を回りそうだった。
平日の夜だからか他の席に人はほとんどいない。混んでいるから、というよりは高校生がこれ以上店に残ることで起こりうる問題を回避したかったのだろう。
三雲は謝り、猫塚もせっせと荷物をまとめる。そして逃げるようにして店を出た。
日を改めて再び、二人は向き合って話し合った。
部活後の時間では事足りず、休み時間のたびに集まっていた。
「じゃあ、これをどうにか歌詞に仕上げていかないとね……どう仕上げるか悩むね」
「うーん、先輩はどんなに変えても構わないって言ってたし、自由にやってっていう意味だと思うんだけど、俺歌詞なんて書けないよ」
「それは僕も同じだよ」
さてどうするか。二人は揃って唸りだす。
「っし! 考えていても分かんないから、唄ってみる。えっと確か……」
三雲は今まで練習してきた音程をしっかりととり、鼻歌を始める。冒頭はボーカルのみ。あくまでも歌詞はなく、音とリズムをとる。ボーカルパート以外も唄えば、自然と体が揺れる。
猫塚は唄わないものの、リズムを体で取りながらノートを見つめた。
区切りのいいところまで続けて、いったん三雲は唄うのを止めた。
なぜなら猫塚と二人で机を挟むようにして話していたにも関わらず、いつの間にかしゃがみこんで下から覗くように隣にいるクラスメイト・夏菜がいたのだ。
興味津々と言わんばかりに目を輝かせて見つめてくるので、三雲はたじろぐ。
「ねえねえ。それってもしかして、オリジナル? すごいね!」
「あ、ありがとう……俺が作ったわけじゃないけれど」
夏菜とは何度か話をしているものの、彼女の突拍子のない行動には毎回驚かされている。
「そうなの? たくさんノートに書いてるし、作っているのかと思ったよ」
「これはリメイク中、みたいな?」
「へえー。風みたいに早い曲だね! 素敵!」
満面の笑みで褒め、夏菜はほかのクラスメイトに呼ばれて去っていった。その行動がまさに風のようで、風が吹き去った二人の元には静寂が訪れる。
「誠。風ってよくない?」
「ん? それはつまり、あの子のことが――」
「違う、違う! 曲の話!」
猫塚は「冗談だよ」と笑う。
「風みたいに強く吹いたあとは静かになるじゃん? この曲も途中でゆっくりになったりしない? もしくは途中で静かになるとか」
「……いいね! 放課後、先輩に相談しに行く? 僕たちで考え着くところにも限界があるし、一緒に考えてもらおうよ」
ノートいっぱいに記した単語に、新しく『風』と記入し、大きく太く丸で囲う。
ふんわりとした形が決まり、二人は目で互いの意思を確認し、放課後に臨んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます