第14話 まさかそんなことは


「曲を書き換える」



 立花が物理室を出て行ったのち、唐突に堀が言い出した。

 今練習していた曲を無しにして、また新しくするということは、更なる時間がかかる。曲の難易度も上げられれば、完成するかも怪しい。

 そもそも今の歪な状態で精いっぱいであり、今後の方針も定かではない。これからどんなスケジュールで練習をしていくのかもわかっていない。

 なので、初心者の生雲、そして猫塚が「げ」と思わず声が出ていた。



「んー? それって、もしかしてもしかすると。智哉の発言を俺的翻訳してみるとさ、いちから書き換えるっていうんじゃなくて、『手をくわえて一部変える』ということでオッケー?」

「ああ」

「だって。だから一年ズもそんな顔しないで」



 またしても言葉足らずの堀の通訳に徹した作間により、不安が和らいだ。

 しかし、『変える』程度によっては大規模工事になりかねない。まだ油断は禁物だ。



「智哉。具体的にどこをやるの? 曲に関しては、作れない俺たちがあれこれ言えないよ?」

「今は歌詞だと思っている。あいつ……えと、生雲? の声に合わせて考えたけど、正直俺もピンと来てない。前よりはマシだけど、歌詞の中身がない」

「! 聞いた!? 智哉が、生雲ちゃんの名前を憶えていたよ! 今日は記念日だって~!」



 心を入れ変え、人の名前を覚える努力が見受けられる。それに歓喜した作間はテンションが上がり、声が浮ついたが、すぐさま堀ににらまれて口を閉ざした。



「好きなモンを作ってそれが人に刺さるなんて、俺にはできない。だったら、もっと意識して作らねえと人の心にも刺さらねえ。刺さるのに必要なモンはなんだ? ね、猫塚」

「うーん、僕が聞いていた曲を思い返せば……こう、こっちを分かってくれているって思うような歌詞が多かったような?」



 指名されて猫塚は答えた。なかなか名前をストレートに呼べていないが、「お前」呼びされることはもうない。



「それだ。分かってるだろうが、俺は人の気持ちなんか言われなきゃわからない。分かっていたら、人格が違う。だから。歌詞は――」



 堀の眼が生雲と猫塚に向けられる。

 まさか。



「二人でやれ。俺がそのあと、歌詞に合わせて曲も書き換える。どれだけ変えても構わない。そのあとは俺が形にする」

「わあ~! 智哉の自信! めったにないやつ~! 記念日どころかお祭りパーティだよ! 頑張れ、一年ズ!」



 こぶしを作って励ます作間の声は気が抜けたようなものだ。他人事だと思ってだろうか。

 生雲が渋い顔を作るも、猫塚が「がんばろ」と励ます。

 他人が求める人を演じることが得意な生雲にとって、他人の気持ちを考えることはその過程に過ぎない。そう思えば、堀よりも人の気持ちを汲むことはできる。

 ここで逃げ出すにはいかない。プロバンドへの憧れを糧にして、生雲は自分を鼓舞して大きくうなずいたのだった。





 ☆☆☆☆☆




「どうしよう、猫塚くん」



 部活帰りに生雲は情けない声で猫塚に助けを乞う。

 二人は共に電車通学。駅まで歩きながら与えられた課題に頭を悩ませる。



「うーん、僕も正直どうしたらいいかわかんないんだよね。まだまだベース練習をしなきゃいけないところに歌詞を考えてなんて。どんなものにしたらいいのか、何を気をつければいいのかもわからないのに」

「だよね……俺も曲を作ったことも書いたこともないし……」



 生雲にとって無理難題を押し付けられるのは高校入学してからもう二度目だ。

 一度目は部員を集めて堀を軽音楽部に戻す手助けをしたとき。交友関係もままならない中で、人を集めるのは困難だった。しかし、クラスメイトに助けられて無事に問題解決。今回も同様に手を借りようにも、人集めとは勝手が違いすぎる。頼る相手がいない。



「先生は『メッセージ性』がないっていう話だったけど、そもそもメッセージ性って何? 音楽聞きながら考えたこともないんだけど!」

「そうだね。僕も音楽を聴いたときには考えないかなあ……」

「だよね。俺、そもそもWalkerの曲しか聞いてないし、他の音楽なんてわかんないし、何もわからない! どうしよう、猫塚くん! このままじゃ、堀先輩に怒られる?! 辞めるとか言われちゃう!?」



 泣きつくような形であれど、生雲は叫ぶ。それに対し、猫塚はほんの少しだけ首を傾けながら苦笑いを浮かべる。



「一緒に考えよう。どんな曲にしたらいいのかとか、先輩たちにも相談してみてさ。きっと大丈夫だよ。先輩たちも本気みたいだし、そう簡単には言わないと思うよ」

「猫塚くん……」



 励ましてくれる彼に生雲は安堵するも、一時的でしかない安心はすぐに姿を隠す。

 どうにか顔は前向きな表情を維持しているが、眼が暗い。視線は下を向いており、明らかに不安が表に出ていた。

 猫塚はそれに気づいていた。



「生雲くん。よかったらこのまま寄り道していかない? 作戦会議みたいなさ」

「――! 行く!」


 猫塚の言葉ですぐに生雲は顔を明るくした。食い気味の反応に猫塚はニコリとほほ笑んだ。

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