第13話 第一歩、されど一歩
すっかり高校生活に慣れてきた日の放課後。
曲がひとまずできたからと、譜面を確認し、各々練習してから集まった時には、すでに機材の準備は万全だった。その場に機材のメンテナンスを担当した波留は不在。すでに仕事を終えたとのことだ。あらかじめその旨は部員内で情報共有されている。必要時には連絡をすれば、調整などは請け負うと。メンテナンス担当ということもあって、練習には関わらない、臨時部員になっている。それでもいち部員として認められているので、軽音楽部の部員数は規定に達していた。
物理室後方。授業に使うような道具を端に寄せて開いたスペースに並ぶ機材。
ドラムセット、ギターとベースのアンプ、マイク、ミキサー、そしてスピーカー。それぞれが線でつながり、足元に黒い配線が混在している。
「すっごい……! これで練習するんですね!」
映像で見たことのあるセットに生雲は興奮を隠せない。鼻孔を広げて声を上げる。
「練習だけじゃないけど」
すかさずそう言ったのは堀だ。
上手にギター、下手にベース、中央奥にドラムという一般的な配置。
すでに堀は白いテレキャスターのギターを構え、アンプに接続し、音を確認している。一音一音調整し、チューニングをしていく。
一方でベースを担当する猫塚は、ずっと借り物のベースを使用するのは気が引けたのか、真新しい黒のプレジションベースを持ってきていた。
それを戸惑いながらセットしていくのを、生雲は目を輝かせながら見守る。
「かっこいい! かっこいいね、猫塚くん!」
「ありがとう」
マイクのセットも行わなければならないものの、やり方がわからなかったので作間が代わりにやっていた。なので、生雲はミキサーやマイクについて説明を受けながら準備し終えた。
そして。
「テンポ、音はわかってるな?」
堀が向けた言葉は、生雲と猫塚へ。ふたりとも自分らに言っているとわかっているので、静かに頷いた。
「んじゃ、始めろ」
堀が指示を出し、生雲はマイクをしっかりと握って持つ。大きく深呼吸をし、心を落ち着かせてからさらに息を吸い込んでから唄い始める。
始まりはボーカルのみ。そこからほかの楽器が一気に加わるそんな曲は、王道ロックではない。明るくポップなロックだ。
テンポよく、前へと進んでいくサウンド。そこに乗る歌詞は、分かりやすく共感性を生み、まるで背中を押してくれるようなものだ。
初めて生雲が歌詞を見たときには、本当に堀が考えたものなのかと疑ったほどだった。
生雲は歌詞をかみ砕き、どんな風に唄うべきかを事前に堀に聴いていた。なので、今までふわっとしていた唄い方から一転、しっかりと芯のある唄い方になっている。
細かい音を作る堀のギター。そこから支える猫塚のベース。そして全体のリズムを整える作間のドラム。
すべてが重なり、爽やかで疾走感のある曲が誕生した。
「素晴らしいッ!」
曲が終わると、拍手を送る顧問の立花がいた。
感極まったのか、ティッシュで鼻をかんでいる。度が過ぎるように見える行動に、生雲は少し恥ずかしくなった。
「あ、立花ちゃん。ど? いい感じだった?」
「ええ! かつての羽宮の軽音楽部を彷彿とさせる、そんな演奏でした」
立花は今活躍している人気バンドのWalkerが結成した当時から羽宮高校の軽音楽部を知っている。Walkerと一学年下のバンドも有名になっているが、その二バンド以降は軽音楽部で有名になった、あるいは結果を残したバンドはいない。そのため、彼の言う『かつての羽宮の軽音楽部』がその二つのバンドが在籍していた時代のことだということは生雲たちも気づいた。
「先生、何か改善すべきとこがあれば教えてほしいんですけど」
「ああ、ゴメンね。えっと、そうだな……そんなに音楽に詳しいわけじゃないけど、うーん、なんだろうなあ……」
堀が真面目な声で訊くと、悩み始めてしまった。
「大先輩と比べてどうか、でいいんで」
「Walkerとかな?」
「はい」
そこまで聞くのか、と生雲は焦った。
プロと素人を比べての感想を求めるなんて、あまりにも厳しすぎる。
ボロボロになるまで言われたら身が持たない。
生雲が動揺しているにも関わらず、立花は告げる。
「あくまでも一個人としてですが、君たちの曲の構成は問題ないかと。ですが、決定的なものが欠けています」
「決定的? つまり何ですか?」
曲を手掛けた堀は立花に問い詰める。
「ズバリ、メッセージ性です」
メッセージ性、と全員が復唱し、そして頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
意味が分からないわけではない。分からないのは、それがどう欠けているかだ。
歌詞なのか、表現力なのか。欠けているのであれば、どこに補うべきか定めなければ改善することはできないのだ。
「Walkerとの比較すると、という前置きが合ってこそ、君たちの曲には『メッセージ性』が欠けていると思うんです。彼らの曲には、聴く人の心を掴み、そして前に進ませるような力がある。けれど、君たちの曲は、確かにいい曲と思わせることはできるけど、そこで終わってしまう……その後のアクションに繋がらない。語呂で歌詞を書くのも手だと思いますが、聴く人の心に訴えかけるものがあれば。あと各々のスキルアップと、演奏方法と、魅せ方と――」
つまりは全部だ。
良いところが出てこない。根本から変えた方がいい。そう思わざるを得ないアドバイスだった。
一通り聞いて、すっかり生雲はへこたれていた。
自分なりに精一杯やっているにも関わらず、全く褒められない。悪い点だらけで心が折れていた。
「生雲ちゃーん。おーい」
「……」
「生雲ちゃん。あー、ちょっと頭が違う世界にトんでるや」
作間の声も届かないほどに口から魂が飛んだ生雲だけ、ひとり眼から光を失っていた。
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