第12話 個性は武器に
「えっ? そんなの一言も言ってませんでしたよ? 僕が覚えている限りは決して言ってないです」
作間のニヤケ顔に生雲も猫塚も信じられないといったような顔になる。
「智哉はね、素直に言えないんだよねぇ。口も悪くていつも誤解されちゃう。それで衝突するのは毎日のことだよ〜。この前なんてさ、クラスの女の子に呼ばれたからいつもみたいに返事をしただけなのに、ちょっと悲鳴上げられててさ。もう、あの子可哀想。あとはね、俺と大喧嘩したときなんて、キレながら謝ったよね。笑っちゃうデショー!」
はぁ、と納得出来ていないが猫塚は耳を傾ける。
確かに堀は目元を髪で隠しており、社交的には見えない。言葉遣いもよくはない。作間の言うようなことが事実でもなんら違和感は抱かない。
だがそれはそれ、今は関係のない話。
生雲と猫塚はどう反応すべきか悩み、二人で顔を見合わせた。
「そんな愉快なお話は置いといてー。ね、智哉はさっきの練習を聞いて、なーんか閃いたんじゃない?」
さっきの練習。
生雲はボイストレーニング、猫塚は単独ベース練習。たった数時間での練習で、初合わせ。ぎこちない音と声でなんとか曲らしい形になったもの。
物理室の外でそれを見聞きしていた堀。あの紙のメモはその閃きだったようだ。
作間の言葉に、堀は小さく頷いた。
「生雲ちゃんの声が高いから、それに合った曲をやったほうがいい……で、その曲のコードがそのメモ。智哉がやる気を出した証拠だよね!」
「だったらそう言えば……」
「言えないんだって。智哉、素直じゃないからね☆」
それで済ませるべきではないだろう。しかし、否定もしない堀の様子に、猫塚はしぶしぶ納得を示した。
だけど、まだわだかまりはある。
猫塚の警戒が完全に解けたわけではないのだ。
この状態が続けば、ともにバンドを組んで続けるには、障害になってしまうだろう。
「……ほーら。智哉、何か言うことない?」
作間が促すが、堀は口をへの字にしている。それが余計に空気を悪くしてしまう。
流石に生雲もこれには耐え切れなかった。せっかく憧れに近づけるチャンスをみすみす逃したくない。それに、さっきの練習でさえすごく楽しかったのだから。
またやりたい。
そんな気持ちが生雲を後押しする。
「堀先輩、追いかけまわしてすみませんでした!」
生雲は勢いよく頭を下げる。つられて猫塚までも小さいながら頭を下げた。
後輩二人に謝罪されて、気まずくなったようで堀は一度頬を掻いてから消えそうな声で「俺も、すまない」と返した。
しかし、その声はその場の全員に届いていた。
顔を上げて顔を見合わせ、安心から笑顔になる。
「んじゃ、解決~ってことで練習再開しよっか。もうちょっと時間あるしねえ。これで部員数確保できたよ。これで軽音部存続できるよ。立花ちゃんにも話さないとね」
あれこれと指を折って今後すべきことを数える作間を先頭に、部室へと戻る一行。
一番後ろを歩く生雲は、見えずとも確かな何かが生まれたことを確信していた。
☆☆☆
堀が新曲を作るまでの一週間、他のメンバーは機材の確認・練習に徹することになった。
堀は自宅で作曲。なので放課後に集まる音楽経験者は作間のみ。初めてにも関わらず形になっていた猫塚はひとりで技術を磨く。なので作間は右も左もわからない生雲に付きっきりで練習する。
「うーん、最初よりは声出るようになったけどまだまだかなあ。もっとボリュームと音程を正確にとって、音域広いといいんだけど……生雲ちゃん、低い声出る?」
「低い声? あー、あー……あー?」
だんだんと声を低くしてみたものの、意識して低くした声は、作間の普段の声よりも高い。
生雲は首をかしげて再度声を出してみる。だが、やはり高い。
「高いねー。もしかして声変わりしてないとか?」
「した覚え、ないですね。むしろ小学生の方が低かった気もしなくもないです」
「わお、たっか! ちょっと智哉に伝えとくね! その声を武器にしてさ、もっと高音域の幅を広げられるようにしようか」
「はい!」
羞恥心はまだぬぐえない。人より声が高いということは気づいていた。合唱コンクールで目立たないように溶け込むことに徹していたし、武器になるなんて考えたこともなかった。
この声が活かせるのなら、活かしたい。活かす方法がわからないので、助けを求める。
「あ、俺、何か家でやった方がいいこととかありますか?」
「何かって?」
「筋トレとか? わかんないですけど」
「あー……俺もわかんない! 専門じゃないしねー。ちょこっとネットで調べて、やれそうなこと、やるんでいいんじゃない? 喉潰すのだけはNGで」
作間はドラム担当。音楽知識があれど、ボイストレーニングに関してはわからない。ゆえに投げやりだ。
しかし、生雲はそのアドバイスを素直に受け入れ、帰ったら調べてやってみることに決めたのだった。
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