第11話 もしかして、もしかすると
「あ、見つけた〜! 生雲ちゃーん、智哉〜!」
まるで生雲の願いが天に届いたかのように、パタパタと階段の上から足音がやってくる。
音の主は緩い声を出しながら、ひょっこりと顔を出した。
「ざくまぜんぱいぃぃぃっ~!」
垂れ目の顔を見るなり半分泣きそうになりながら、助けが来たことに歓喜し名を呼んだ。
呼ばれた作間が手を振りながら階段を降りてくる様は、音楽番組に登場したアーティストのようでもある。その後ろからはわはわと猫塚もやってきた。
「チッ。お前、何をコソコソしてるかと思えば……俺への嫌がらせか? 」
「やだなあ、智哉に嫌がらせなんて今までに一度たりともしたことないよ〜。至って真面目に智哉を迎える準備をしてただけ、ね?」
苛立つ堀と笑顔の作間。相反する表情を向けられて、生雲は「はいっ!」と勢いよく答える。
「ったく、意味のないことをぐだぐだと。無駄なことはやめるんだな。あんな曲をやっても意味がない」
そっぽを向いた堀に、すかさず作間が言う。
「と、いうことは〜? さては、智哉、他の曲があるね?」
「は?」
「はいっ、生雲ちゃん、身体検査〜」
「は? は?」
作間が困惑する堀を羽交い締めにした。細身の堀は力で叶わない。じたばたともがいても逃れられない。
「ほーら、生雲ちゃん。ポケット探ってみて」
「ええー……えっと、失礼しまーす……」
堀の「やめろ」という声がする。しかし、作間がやれと言う。
二人の先輩、どちらに従うべきか。生雲にとっては同じ目的を持った作間に軍配が上がる。
蹴られない、殴られないように注意しながら制服のポケットをまさぐる。
「あるもの全部出しちゃって」
そう言われ、言われたとおりにポケットに入っているものをすべて出す。
ハンカチ、イヤホン、スマートフォン。それしかない。
「これしかないですよ?」
「うーん? ほんとに?」
「ええ……あ」
制服のパンツ。後ろのポケット。失礼しますと言いながら、そこに入っていた折りたたまれた小さな紙を引っ張り出す。
「紙とペンが」
「っ? おま、やめろ!」
暴れ出す堀。それをニコニコしながら作間が封じ続ける。
取り出した紙を生雲は開いた。
生徒手帳ほどの大きさの折りたたまれた紙は、ボールペンのクリップで止められていた。外して広げればA4の用紙で、そこに書き殴られていたのは英語だった。
好成績を納めてきた生雲でも、書かれている英語はどう見ても英単語ではないとわかる。
「DCBD……?」
読み上げてみても単語にならない。これが長々と書かれては書き直されたり、符号がついたりと様々だ。
生雲は用紙をそのまま作間に見せると、作間はパアッと顔を明るくして言う。
「あー! これ、コードじゃん! やっぱり智哉、曲作ってた!」
「コード?」
「曲のメロディーみたいなもののコト! 曲の卵だよ」
作間は堀から手を離し解放する。
堀はずっと嫌がっていたにも関わらず、逃げようとしない。それどころかそのまま上半身を捻り、身体の回転を利用して作間のみぞおちに拳をのめり込ませた。
「ぅぐぅ……」
腹部を抱えて苦しむ声をあげる作間。彼に向ける堀の目は冷えて座っている。
「ちょぉ、智哉ちん? 結構なダメージよ、コレ」
「うるせ。散々受けたやつの仕返しだ」
「ひぃ、ぴぇん」
二人のやり取りは長年の関係があってこそ。日頃の鬱憤を晴らせたかのように、堀はスッキリした顔をしていた。
「お前は」
静かになった作間を置き去りに、堀は乱れた髪を手で直しながら生雲に向かって口を開く。
「下手くそだ」
「うっ……」
何を言われるのかと身構えていたが、自覚している技術面の指摘はクリティカルヒットし悔しさで顔をしかめた。
「お前にあの曲は合わない。あの中身のない曲じゃ、ただお前の喉を潰すだけだ。やり続けるだけ無駄」
やるなということか。
やりたかったバンドを。
初めて抱いた憧れを捨てろと言うのか。
血が沸騰するような怒りがこみ上げてくる。
どうしてはなから否定するのか。まだ新入生だ、これから練習しようと意気込んでいるのを潰そうとするのは何故か。
いくら過去に先輩から貶されたとしても、それをさらに後輩にやり返す必要はないだろう。
過去の話を聞いて、同情したのが馬鹿だった。
煮え立つ感情。つい癖で、それを表立たせず平静を装うために拳を強く握って爪を食い込ませた。
「お前は――」
「ちょっと待ってください! その言い方は酷いです。彼の何を知ってるって言うんですか」
堀がまだ続けようとしたとき、今までずっと黙っていた猫塚が声を荒らげた。
この場の誰よりも身体は大きい。そして誰よりも温厚な彼が初めて出した大声に、堀も黙る。
「お前、お前って、人の名前すら言えない。無駄ってやることなすこと否定ばっかり。生雲くんがどんな思いでいるのかって考えないんですか?」
「……お前は……?」
「またそうお前って言う。僕は今まで何があったのか知らないですけど、そういう態度だから問題が起きるんじゃないですか?」
猫塚の言うことは最もだ。
間違ったことは言っていない。生雲を守るように堀との間に壁となって立ちはだかる。
「何なんだよ、おま――」
「お前じゃないです。猫塚です!」
食い気味に猫塚は言うものだから、呆気にとられて堀は引き下がった。
手は出さない、言葉だけの争い。
生雲はハラハラしているのにも関わらず、痛みが引いた作間は必死に笑いをこらえているようだった。
「俺はただ、おま――」
「お前じゃないです」
「っ……!」
口癖になってしまっているために、「お前」という単語を避けることができない。
言いたいことがあるにも関わらず、すぐに遮られてしまうのがもどかしい。
苛立つ堀は睨むように猫塚を見た。
バチバチと火花散る中、やっと回復した作間は二人の肩に手を回す。
「ま! 糸目ちゃんも、智哉も。ひとまず落ち着こうか〜! 智哉は誤解されやすいんだよねえ。智哉語を翻訳すると、『さっきの曲は生雲ちゃんには似合わない。別の曲を用意するからそっちをやろう』、でしょ?」
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