第6話 やるしかないけどやれないかもしれない


 口を閉ざし、うつむく生雲は作間に見つめられる。彼はただ答えを待っているかのようでもあり、何も言わない生雲に苛立っているようでもある。

 作間が放つ空気感が相まって、生雲は何も言えない。そのまま二分経過したところで作間はトン、トンとゆっくり指で机を叩き始めた。乱れはなく、規則的に十回ほどリズムを刻む。それに共鳴するように脈打つ生雲自身の心臓が耳障りで唇をかみしめていると作間は一度目を閉じてから言った。


「ま、生雲ちゃんがどの楽器をやろうとも、人数不足なのは変わりないんだよねえ。部活としては五人いないと成り立たないし。今の羽宮じゃあ、スリーピースバンドじゃ、部活にならないってコト」

「……はい」


 呆れられてしまっただろうか。

 軽音部に入りたいがために、羽宮高校に入って今に至っていることを。それに何も楽器ができないことを。

 今までの自分の行いを恥じ、悔やみ、握りしめたこぶしに爪が食い込む。


「そうだ。生雲ちゃんが楽器じゃなくてボーカルっていう手もあるよ。歌は歌える?」

「歌なら、たぶん?」

「なんじゃそりゃ。なんで疑問形?」

「自信はないですよ。授業では歌ったけど、他じゃ歌わないし。鼻歌ぐらいしか」


 音楽の授業で、歌うテストはあった。校内合唱コンクールもあった。

 複数人で歌っただけあって自分が目立った音痴とは思っていない。ひとりで歌う機会もなく、カラオケにも行くタイプではなかったのでなおさらだ。

 好きになったWalkerの曲であれば、歌詞も音もわかるけれど人前で歌う自身はない。

 改めて何もできない自分の無力さに打ちひしがれた。


「なーるほど。んじゃ、後で歌唱力テスト必要だねえ。そこらへんはおいおいやっていこうか。コーラスとかなら俺もできるし、音取りには協力するよ。でも、まずは部員集め。最低でもあと二人欲しいところだね」

「はっ、そうでした! 集めましょ! 人を!」


 ハッと生雲は気持ちを改めて、人数集めが先だと意気込む。


「でしょー? まず、人を集めてからパート決めるっていう方法もあるしねー。どれもこれも、作曲編曲何でもござれの智哉がいないとどうにもならないんだけど」

「うっ……でもやっぱ、俺、人を集めながら楽器、練習してみます。両手バラバラに動かすのは苦手、だけど、やってみたらできるようになるかもしれないし、やらなきゃできないし……」

「んー、生雲ちゃんのレベルはともかくとして、どうだろーねぇ。生雲ちゃんが演奏できるようになるかどうかよりも、部員が集まるかどうかの方がかなーり微妙。ちなみに、俺らの学年と三年には軽音入ってくれるような人はいないから、狙うなら一年だね。それも、部活を決めかねてる一年生。そこからいい人見つけてきてよ、生雲ちゃん。任せたゾ☆」


 作間はアイドルのようにウインクし、閉じた目を挟むようにピースサインを傾けるポーズをとった。


「ええー!? 先輩は? 作間先輩は何するんですか?」

「ん? 俺? 俺は智哉の曲を準備しとくよ。智哉が不在の分、ギターの音を入れたもデモを準備しとくからさ。他のパートは生演奏! かなーりカッコイイでしょ?」

「そりゃあカッコイイですけど……」


 彼の言う通り、想像してみればカッコイイことは間違いない。演奏するだけでもカッコイイとさえ思う。何をしても、そう感じるほどに麻痺しているのかもしれない。

 演奏するためには、必要なものは人と音。不在メンバー分の音源が必要だってことにも納得がいく。

 けれども生雲の言葉は濁る。

 カッコイイけれど、人集めという仕事はかなり重荷だ。できる気がしない。

 誰かと合わせて行動するのは得意だが、単独で自らの意思で行動決定することが大の苦手だ。勧誘されるのは対応できても、ひとりで勧誘することに抵抗がある。というよりも、自信がない。


「でしょでしょ。今の軽音を何とか部活に戻して、文化祭とかバンフェスとかに出ると仮定。そうしたら、今月中に智哉に披露することが目標かなー。もちろん、見せられるぐらいに仕上げてね」


 バンフェス。

 全国高校軽音楽部コンテストであるバンドフェスティバルのこと。Walkerが羽宮高校在籍中に二連覇を果たした大会。プロの登竜門。軽音楽版甲子園ともいえるこの大会。今から本腰入れずに、勝ち進めるはずがない。

 作間に話し方や態度は軽いが、かなり計画的なタイプらしい。

 言った後にも、何かを指折り数えてみては何度も頷いていた。


「質問は受け付けません。行動あるのみ! はいっ、これ、俺の連絡先。何か進展あったら連絡ちょーだい。それじゃあ、本日の作戦会議は以上です! かいさーんっ!」


 突如としてパンッと手を叩くと、今回の会議は閉められた。有無を言わさず、終了を宣言され、質問も反論何も受け付けないようだ。

 そして一度時計を見上げた作間は立ち上がって、「じゃあね」と言うと足早に物理室を出て行ってしまった。


 時刻はもう、十七時になるところである。部活を続けているところも多いが、校内に残っている人は決して多くない。遠くから聞こえてくるのは、覇気のある運動部の掛け声だけ。

 静かな物理室。思考にふけるにはいい空間。

 この後にやることは決まった。今後についても理解した。

 だが、「理解する」と、「できる」は違う。

 頭では分かっていても行動して結果がでるとは限らない。

 それでもやらねばならない。


「んんんんんーっ! ヨシッ!」


 生雲はバチンと音を立てて頬を叩くと気合を入れる。

 その目には決意の炎が燃えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る