第5話 何をしにきたんだい?


「顧問が立花ちゃんだからねえ。立花ちゃんの権限で使用許可出せる場所といえば、物理室ここしかなかったんだって。防音じゃないけど、倉庫に近いし、閉め切れるし、人はほとんど来ないし。便利っちゃあ便利なんだよねえ」

「なるほど」


 納得してうなずく生雲。

 確かにここならば、練習スペースが十分確保できる。活動に必要な道具を別の場所に保管するのなら、その場所と距離が近い方がいいに違いない。利便性からはかなり適した場所だ。


「後ろにあるアレはいろいろ機材。一通り揃ってるよ。アンプとかドラムとかね。去年はよく使ってたんだ。俺がドラムで、智哉がギター。それでもって、残りが卒業しちゃった先輩たち。今でも使えるんだけど……智哉がねぇ……」


 笑いから一転、作間の表情が曇り始め、頬杖をついて溜息をこぼすした。悲壮な思いがそこにある。


「あの、なんでやめちゃった、いや、やめそう? なんですか?」

「そう、本題はソコッ!」


 ビシッと生雲を指さした。その動きに驚いて生雲の肩が少し動く。

 作間の表情がコロコロ変わっていくことに、ついていけていない。


「最初はコピーバンドをやっていたんだけど、オリジナルをやりたいって智哉が勉強して作曲したんだ。それをメンバーに聴かせたら、すっごく批判されて、罵倒されて、貶されて。智哉の心がポキンと折れちゃったワケ。あとはもう散々。先輩は来なくなるし、一切話していないけど実質解散。そのうちに卒業。んで、今に至ると」


 現状に至った経緯に胸が締め付けられるようだ。

 自分で作ったものを批判されたときの衝撃は計り知れない。やってきたことを否定されたときのことなんて特に。

 生雲自身、過去に同じようなことがないとは言えない。両親に羽宮高校へ軽音楽部を目的に入学したいと言ったときは反対された。それで決めるなと。もっと偏差値の高い学校を薦められていた。しかし、どれだけ憧れを抱いていて羽宮に進学したのかという熱意を伝え続けることで、納得と了承を得たのだ。

 最終的に認められた生雲と違い、堀は認められぬままでいる。その時間が長くなるにつれて、自分を責めたり後悔する時間が増えていく。何も生み出せない負の時間は、心を蝕む。


「堀先輩は、本当に音楽をやりたくなくなっちゃったんですか?」

「ううん、本当はやりたいと思う。本当にイヤなら、俺と一緒になんていないと思うもん。一緒にいる限り、折れたときのことを思い出しちゃうだろうしさ。でも、バンドやってた時は楽しそうだった。また、ああなって欲しいんだよ」


 本心からそう思っているのだろう。ふざけたような様ではなく、いつになくしょんぼりとしている。

 ここまで堀のことを考えているのなら、きっと二人は仲の良い関係なのだ。

 楽しく元通りにやれないのだろうか。自分に向けられた期待に応えられるかという不安よりも、堀のことが心配になっていた。だから。


「……また、やりたくなるような。そう思わせれば大勝利ですね!」


 生雲はわかったかのようにはっきりと言う。すると、作間が一瞬動かなくなったものの、すぐに笑顔になり笑い出す。


「ははは! 流石、変わり者の生雲ちゃんだ! そうだよ、そうしたいんだ、俺は! そうすれば軽音部の部員が三人になる。残り二人集めればいいんだ。どう、やってくれるかい?」


 作間が手を差し伸べる。その手を迷いなく握り返した。


「もちろん。俺、軽音部に入りたいし、先輩の曲も聞きたいです!」

「お、いいねぇ。そのやる気。でも、聞くんじゃなくて、やるんだよ?」

「へ?」


 パッと手を放し、きょとんとする生雲。その反応さえも面白かったようで作間はまたしても笑い出す。


「へ? って! そりゃそうでしょ! ただでさえ人がいないのに、生雲ちゃんが参加しないでバンドにならないでしょ。やるなら生演奏じゃん」

「えええ!? でも、俺……」

「なーんでそんなに驚くんだい? 軽音やりたくて羽宮に来たんでしょ? ギターとかやってきたんじゃ――」


 やったことがない。生雲の顔にそう書かれていた。


「何か楽器の経験は?」

「えと、り、リコーダー……?」


 作間は「まじか」と言う。

 中学校時代、生雲の成績は優秀だった。というのも、授業をしっかりと受けて自宅でも学習をするような、模範生徒を演じてきていたからだ。テストは授業でやった内容が出るので、高得点ととるのは容易だった。

 大変だったのは実技である。

 体育、美術、それに音楽。これらの実技は最悪と言っても過言ではない。

 球技は空振り。走れば転倒。絵を描けば独創的といえば聞こえがいいものの、感性を疑うものが生まれる。彫刻では血染めの作品が生まれた。

 音楽の授業では、頭では理解しているもののそれが声や指に伝わらない。音・リズムがどこかずれていた。

 それでも必死さが教師に伝わっていたのと、大人数での練習でうまく回りに溶け込んで下手さをカバーできていたので、何とか好成績だったのだ。


「んじゃさ、軽音入って何しようとしてたんだい?」

「それは、周りに合わせてやろうかと。バンドを組むってなったら、誰がどの楽器でって相談すると思っていたのでそれでどうにかなると、思って……」

「そうだね。んじゃ、ベースやる? 俺ドラムだし、智哉はギターだし」


 低音でリズムを刻むベース。

 太い弦をはじいて生まれる音が、曲全体を支えている。

 右手と左手がそれぞれ別の動きをする。

 リコーダーですら簡単なものしかできないというのに、そんな高位な動きができる気がしない。

 作間の提案に、生雲は素直に返事が出来なかった。


「自信がチョット……」

「んじゃ、キーボード?」

「それもチョット……」

「んもう。それじゃ、何をしたくて軽音に入ろうとしたんだい?」


 自分はここまで何をしてきたんだ、と悔しくなった。

 ただただ、羽宮高校の軽音楽部に入ることを目標にしてきたが、その後のことを何も考えていなかった。何もしてこなかった。

 Walkerに憧れたから、軽音楽部に入って、練習して、そしてバンドフェスティバルに出て。Walkerのようになれれば。

 理想だけは高く掲げて今に至った。

 理想をかなえるための行動は何一つしていない。


 生雲は何も答えられなかった。

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