第33話 アレ


 世界へ公開したといっても、彼らに変わったことは何一つなかった。

 時折再生回数や評価、コメントがないか気になってしまい、サイトを見てみるが再生回数が数回増えている程度。

 生雲はちょっとだけ期待していた。だが、誰の眼にも止まらない存在なのだと痛感し、落ち込んだ。それでも練習に励み続けていたときに、ふらりと汚れた白衣姿で立花が物理室にやってきた。



「みなさーん。そろそろアレ、やりませんか?」



 アレ、とは。

 練習のために機材を準備していた手を止めて、皆が立花に注目する。



「やだなあ、忘れてしまいましたか? ほら、以前にお話しした企画ですよ。校内放送を使いませんかっていう」

「ああ。放送ジャックだね。もうやっちゃうの? 俺ら、あんまり注目されてないケド」



 あはは、と作間は自嘲気味に言う。

 彼もまた、演奏動画の視聴数を知っているようだ。



「ネットはネットですよ。演奏を撮影することで自分たちを客観視できます。それを君たちはこなしたのです。なので次のステップに進みましょう。校内に君たちの存在を伝えるんです。君たちの世代は目新しいことに敏感ですから、普段と異なるものが聞こえてくると注目するかと思いますよ」



 いつになく立花が饒舌に語る。

 はなから校内放送で生演奏することは考えていたのだ。その前段階でiTubeへの動画投稿があったのだが、そちらで手ごたえがなかったので生雲はまた同じ結果にならないかと懸念していた。

 しかし、思いのほか他のメンバーは乗り気だった。



「先生。僕はベースしかできないですけどどうしたら……?」

「私も考えたんですよ。アコスティックにしようと。でも、君たち本来の音を届けるのがベストなので。そして思いつきました」



 ひと呼吸をおいて続ける。



「各クラスへ映像を届けましょう。教室にはプロジェクターがありますので、それを使って。校内ネットワークを使えば一斉に配信が可能です。過去に始業式などを教室に配信したこともありますしね。そのやり方を使えばいいので。これで生演奏を半ば無理やり届けられます」



 荒業を述べた。

 授業で使うためにプロジェクターはある。ここ最近で導入されたものだ。生雲はまだそれを使った授業は受けていない。だが、二年生である堀と作間は「あれか」と頷いた。



物理室ここから配信。生演奏を教室へお届けです。もし、教室にいなくても『何かやっている』という噂が流れれば、近くの教室に駆け込むでしょう。あるいは、物理室ここにやってくるかもしれません。それはそれで、ライブ感があっていいかと」



 そんなにうまくいくものだろうか、と生雲は静かに聞くことに徹する。



「はいはーい。校長先生とか、許可は?」

「もちろん大丈夫ですよ。大人の事情は大人が解決します」



 作間の質問に対し、やや歯切れが悪い。おそらく立花による許可取りは済んでいない。



「音質、悪いだろ」

「そうですね。それは致し方ないかと。音割れしないようにとか、ボリュームのバランスとか。そういったことに関しては――」



 妥協も必要、と言われるかと思いきや、さらに続きの言葉があった。



に一任します」



 軽音楽部に属する女子はひとりしかいない。

 彼女と呼ばれるのは、唯一の女子・波留が物理室の窓の外に見えた。どうやら彼女は外で荷物を運んでいるところのようだ。大きな箱を抱えて歩いていた。



「皆さんが練習している間に相談したんです。それで、以前お話した計画から変更を加えてこのような形に。文字通り、軽音楽部全員で行う初めての企画になりますね」



 曲の練習はバンドメンバーのみで行い、しばらく波留が部活に姿を現すことはなかった。その理由が判明した。彼女にどれだけの技術があるのかは分からない。けれど、彼女の軽音楽部への入部理由からしても今回の企画は適したものである。

 また、生雲は彼女の叔父にも会っている。何かあれば力を借りることも可能だろうと考え、この計画に対する不安が少し薄れた。



「いつだ?」



 堀が端的に聞く。



「ベストなのはお昼ですね。曜日は午前に物理室を使わない火曜日がいいかと。皆さんの準備ができているのなら、安住さんと打ち合わせをしてからになるので早くても再来週ですね」

「じゃあ再来週、火曜にやる」



 他の人の意見を聞かずに堀の独断で決定した。



「先輩、俺、心の準備が……」

「んなん、今すぐ腹をくくれ」

「俺そんなにすぐ決められないですって」

「知ったこっちゃない」



 ええ、と嘆く生雲。本心ではそこまで嘆いてはいないが、泣き真似をしてみせた。



「が、がんばろう。先輩、いつもあんなんだし。今後も多分そうだから」



 猫塚がそっと生雲に声をかけた。

 その顔は出会った当初より明るい。彼は、日々成長している。



「あんなん、って言えるぐらいに猫ちゃん大っきくなったねえ。お兄さん、嬉しくて泣いちゃう」



 堀の睨みを無視しながら、作間は嘘泣きする。

 猫塚はかなり鍛えられたようだ。彼の大きい優しさに生雲も笑って応える。



「おい、おま……生雲。実質ライブなんだから、どんな流れでやるのか考えとけよ。挨拶とかトークとかな」

「ええ!? それ、俺のやることなんですか?」

「ほかに誰がやんだよ」

「だってみんな……」

「準備があんだろ。手持ち無沙汰に突っ立ってる気かよ。正気か?」

「うっ、確かに。ああ、どうしよ。Walkerのライブ映像見直そうか。でも、Walkerはボーカルがおしゃべり好きだからどうにかなるのであって、俺は別にそんなことないし。あー、わかんない!」



 ブツブツとつぶやく。生雲に与えられた役割が責任重大で、ひたすら他のバンドのライブ映像を見て研究しようと決めた。

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