第2話 部員としては
軽音楽部がない? どういうことだ?
雷に打たれたかのような衝撃に、生雲の目が揺らぐ。頭の中が真っ白になって、焦りから嫌な汗が滲む。
まだ四月の頭。快晴でも肌寒さが残る。なのにジワジワ滲む汗がべたついてくる。
進学先として羽宮高校を選んだのは、軽音楽部が目当てだ。なのにそれがないなんてことあってたまるか。
「え、まさか。だって、Walkerが、軽音作ってからまだ、数年、でしょ? そんなすぐに、廃部、になんか――」
途切れながらも言葉にするとさらに不安になっていく。
羽宮高校軽音楽部を世に知らしめたのは紛れもないロックバンド【Walker】である。自分たちの力で軽音楽部を作り出したその年に全国高校生バンドのトップに立ったかと思いきや、翌年もそのトップを守り切った唯一の存在。
彼らが卒業したのは、今からたった五年前のこと。そんな短期間で部活がなくなるなんてはずがないと信じたい。
「廃部になんかならないっしょ? ね? ……え、マジ?」
血が冷え切り、サアッと体が氷のように冷えていくようだった。血流が止まった気がして動きが止まり、生雲はただ茫然と立ち尽くす。
「ええっと……ほら、部活案内! これに書いてなかったから! わかんないよ、案内に載せ忘れちゃっただけかもしれないし」
見かねて夏菜が言う。どうにか紡いだ苦しい理由だ。根拠はない。
「ううん……そ、うだよな……」
「そうだ、先生に聞いてきたらいいんじゃないかな? 職員室なら誰かいるもんね。わたしじゃ、あんまり学校のことわかんないから」
夏菜の言葉に生雲は顔を強張らせながらも、小さくうなずいて今度こそ音楽室を背にして歩き出す。
足取りは重い。生雲の中で不安が渦巻いていた。
急に目的を見失い、始まったばかりの高校生活が真っ暗になった気がしてならない。
時折フラッと壁に体をぶつけながら歩く姿を、夏菜が心配そうに見送った。
職員室の扉を力なくノックした生雲は、最も扉の近くにいた老年教師に軽音楽部について訊く。
「軽音? ああ、それだったら。
呼ばれて奥の方で立ち上がった一人の若そうな男性教師が小走りにやってきて、老年教師と一言二言交わしてから入れ替わる。
「一年生の方ですね。わたしは総合科学を担当している、
細身の長身。温厚そうな優しいまなざしの上にかかる大きな眼鏡の位置を正した立花。ノーカラーシャツにニットを着込み、さらにその上から白衣を着ている。離れていても、白衣のおかげで彼のことはすぐに見つけられるだろう。
そんな立花と比べれば、まだまだ成長途中の生雲がずいぶんと小さく見える。
立花の口からでた『軽音楽部の顧問』というワードに反応し、生雲の肩がピクリと動いた。見上げるようにして、生雲は立花を目を合わせると立花の方が求めていたことを口にする。
「軽音楽部のことですが、実は今、あるけどない。そんな状態なんです」
「……え? ない? ほんとに……? ない? ない……」
一瞬の喜びから一転、崖から落とされた気分だ。いつまでも地につかず、重力に従って体が落ちていく。いつ、どこに地面があるかわからない。抵抗もできぬまま、絶望の底へと向かうようだった。
茫然としたまま、言われた言葉を繰り返す生雲へ、立花が説明を加えていく。
「正確にはまだ、ギリギリあります。ただ、三月で三年生が卒業してしまい、部活として認められる人数には足らないんです。加えて、しばらく活動もしていないので、残っている部員に確認が取れ次第、廃部予定となっています」
「……予定、ってことはまだあるんっすよね?」
「はい。あくまでも、今は、ですが」
軽音楽部は存在している。だったら入るしかない。
それが目的だったのだから。
安心と同時に決意の炎が大きくなっていく。それをどうにか落ち着かせるよう、深く息を吐いてから生雲は言う。
「俺、軽音部に入ります」
声のボリュームは大きくなかった。なのに、職員室にいた教員全員がぎょっとしたような顔で生雲を見ていた。
なぜ注目されたのかわからない。急に集まった視線に対し、唇を噛んで堪える。
すると。
「わかりました。顧問に拒否権はありませんので。入部届があれば受け取ります。ですが」
視線を背中から感じているであろう立花であったが、顔色声色ひとつ変えずに優しい声で続ける。
「今の部員は二年生の二人。部活とするためには最低五人が必要です。彼らを含めても足りませんし、君が入ると伝えたら彼らが何と言うか……一癖も二癖もあって。君が入部すると聞いたら、どうなるか正直予想ができません」
「部活するにはもっと人を集めろってことすか?」
「それもあります。過去にもいた部員と彼らは揉めてしまい、次々辞めてしまいまして。わたしは君が彼らと上手くやれるかが心配です」
生雲は頭を働かせる。
生雲が入部したとして、部員が三人。部活動になるためにはあと二人必要である。さらに、軽音楽部ともなればバンドを組む。部内での交友関係は重要だ。その点については、生雲に自信があった。
胸を抑える立花へ、生雲は胸を張った。
「人と仲良くするのは、得意なんで! 早速挨拶してきます!」
「ええ!? ちょっと待っ――」
突然走り出した生雲に立花は手を伸ばすが止めることはできなかった。
職員室を飛び出して向かうは本校舎の二階にある二年生の教室。今日は入学式に合わせ、上級生たちも新学期を迎えて登校している。二階の廊下には、少しだけ大人びた生徒が放課後の時間を様々な形で過ごしている。
友人と話したり、ふざけあったり、中には記念の写真を撮る人も見かけた。
この中に、軽音楽部の部員がいるだろう。その人に挨拶をして、部活について訊こう。そう思いやって来たのだが、ここにきてハッとする。
部員の名前を聞いていない。
失態だ。気持ちばかりが前に出てしまった。きょろきょろしながら、ゆっくりと廊下を歩く。
上級生の階に、まだ残る幼さと異なる学年カラーの上履きが生雲の存在を際立たせている。
すれ違う上級生が振り返って二度見したり、不思議そうな目を向けている。
「あれれー? 一年生がこんなところでどうかしたのかい?」
教室からひとりの男子生徒が顔を出すと、生雲に声をかけた。
バッグを肩にかけている様子からして、これから帰ろうとしているところだったようだ。
色の抜けたような明るい色の髪の隙間から見える吊り眉とたれ目。上級生らしく着崩した制服。一見不良なのかと疑うも、今の時間まで残っていたあたりそうでもないようだ。
「人探ししてるんですけど。軽音部の人って知りませんか?」
この人なら教えてくれそう。そんな気がして、生雲は訊いた。
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