第3話 真面目ちゃんかい?
「軽音? ……って、軽音かっ! 君は軽音部に入りたいってことなのかい?」
「へ? そうですけど……?」
「はははっ。そりゃ面白いねぇ! 部活動紹介もパンフにも載せないぐらい、なぁーにもしてない部活に入りたがるなんてさ! さては君、かなりの変わり者だね?」
何が面白くて笑っているのかわからない。置いてけぼりになってもなお、生雲は続けて訊く。
「どうしても軽音に入りたくて
「それを知ってどうするんだい?」
「さっき先生に、部員足らなくて廃部になるかもって聞いたんです。足らないなら集めようと。ひとりでやるより、みんなでやったほうが集まりそうじゃないですか?」
「……へえ、やっぱり変わり者だ君は。そういう子ってちょっと興味あるんだよね。そうだなぁ~俺が知ってるのは、部長の人はすっごく人見知りで、俗に言うコミュ障で〜。あとあと、まっすぐなんだよねぇ」
指を折りながら特徴を言っていく。
生雲が欲しかったのは、そのような特徴よりも名前やクラスについてだったが、ひとまず特徴を頭に入れていく。
「それでもって副部長はねぇ、んもうカッコよさ百点満点! はなまるだよ〜!」
「コミュ障の部長と、カッコイイ副部長……」
「ぷぷっ、あははははっ!」
忘れぬよう繰り返せば、真面目に聞いているのが更にツボにハマったようで、彼はお腹を抱えて笑い始める。
「あのー……」
「いやいや、ごめんね! 面白くなっちゃってさ! どう、特徴は覚えられたかい?」
「あ、はい。しっかりと」
「うんうん。いい子だ。それじゃあ登場してもらいましょう、部長の
「え?」
じゃじゃーんと、口で効果音を表現して一歩横にずれる。すると、先輩の背中に隠れていた別の男子学生が姿を表した。
目の下まで伸びた真っ黒な髪で、表情が読み取れない。ただ、異様な圧を放っている。
「おい、
低く小さな声だった。怒りとも戸惑いともとれない声。
部長ということは、本人の眼の前でコミュ障と口にしてしまったのでは?
生雲はとっさに口を手で覆う。
「そしてそして。副部長がこの俺。
どうぞ、よろしくと響は社交ダンスのようなお辞儀をすると沈黙が訪れる。
上級生たちの楽しげな声はするが、この場の三人は誰も喋らない。葬式かと疑うほどの虚無が約一分続いた。
「あれ? あれ? そこはもっとさ、わぁ! びっくり〜ってなるところじゃない? もしかして君って反応薄いタイプ? 冗談通じない真面目ちゃん? 助けてよ、智哉ぁ〜」
「知らん」
「ええ? 相変わらず、そっけないなぁ。俺たち、公のあつぅーい関係じゃん? 手助けしてよー」
「そんな関係になったつもりはない」
「だってだって、裸の付き合いでしょ?」
「水泳の授業だろ」
「裸のなのは間違ってないもんねー」
茶番を見せられているのだろうか。
夫婦漫才とも言い難い、火と水、天と地のような対局なやり取り。
テンションの差が激しいにも関わらず、二人からは険悪な関係は感じられない。だが、いつまでも一方的な絡みを続けていくので、今一度生雲は確認をする。
「ええっと……お二人が軽音楽の部長さんと副部長さんで?」
「そ、俺たちが君のお探し中だった軽音楽部の部員。ま、しばらく部活行ってないけどねぇ」
「どうしてですか? 羽宮といえば、バンフェスに名前を残した軽音楽部の名門でしょ? なのになんで……?」
「あらら……そこ、聞いちゃう? 君、ずいぶんと踏み込んでくるねぇ。かなりの真面目ちゃんかな」
作間響と名乗る飄々とした先輩がやっと表情を引きつらせた。困ったというよりも、驚いている。踏み込まれたくない領域のようだ。
過去の「優等生」の仮面を身に着けていた頃の癖か、人の顔色に敏感な生雲。ヒヤリとしたが、すぐにいつもの調子を取り戻す。自分の目的のために逃げてなどいられない。
真っ直ぐな眼で見つめるが、作間はすぐさま先程までの飄々とした態度を取り戻してから言う。
「こればかしは、おとなの事情ってやつさ。ねー? さぁーって、帰ろーっ……って、智哉くぅーん? その手は何かなぁ?」
作間の肩に食い込む堀の長い指。作間は首をゆっくりと回して目を堀に向ける。
その視線を生雲は追った。
「お前、俺が書いた退部届はどうした? お前が一緒に出しておくって言うから、年末には渡しただろう?」
「えへっ、なんのことかなぁー? 俺、わっかんないなー?」
斜め上を見ながらピューピューと口笛を吹く姿はかなりしらじらしい。
「お前……!」
「やっばい、怒った? にっげろ〜!」
生雲を押しのけて、作間が逃げるように走り出す。
追いかけようと堀が踏み出す前に、堀は低い声で言う。
「俺たちはここでバンドをやらない。お前ひとり、勝手にやってろ」
理由もなく、冷淡に述べられた言葉。生雲の熱意を凍らせるような、冷え切った言葉は場を凍らせた。
動けば首を斬られそうで、生雲は身動きをとれない。
「ふんっ……」
堀は追いかけていく。他の生徒たちがクスクスと笑って見送る姿はすぐに見えなくなった。
「ええぇ……どうしよ」
生雲はひとり、彷徨うこととなった。
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