第8話 そういうところ、好きだよ


「それじゃあ……詳しく話を聞こうか」


 無風の物理室で、両肘を机につき顎を両手で支える作間がにこやかに問う。

 作間と机を挟んで座るのは、生雲と猫塚、そして波留だ。


「こっちが猫塚くん、彼女は安住さんです」


 簡単に生雲が紹介すれば、二人ともぺこりと頭を下げた。


「うんうん、名前は何でもいいよ。ほんのちょこーっとしか時間が経ってないけど、生雲ちゃんが連れてきたってことは、二人が一緒にやるってことでいいのかい?」


 作間にとって、名前に意味はない。好き勝手にあだ名をつけて呼ぶのだから。猫塚とはすでに顔を合わせており、覚えがあるはずだがそれを呼ぶことはない。

 作間の声は明るいが、どこか声が暗い。すべてを見透かされるような眼に背筋を伸ばす。

 猫塚はそんな彼に戸惑い、隣に座る生雲に目を送って助けを求めたがすぐに無理だと察して縮こまった。


「あ、わたしは別件です」


 異様な作間の空気感におびえる二人に目もくれないのは波留だ。顔色ひとつ変えない波留は、すんとしながら手を挙げる。


「別件? 生雲ちゃんに任せた部員探し以外ってこと?」

「はい」

「ふーん。とりあえず、聞こうか。どーぞ」


 上級生に対し、物おじせずしっかりと許可を得てから波留は話し始める。


「軽音楽部ってことで、いろんな機材があると思うんですが、そのメンテナンスを私にやらせてほしいんです」

「……わお。そこまでの知識や技術があるってことかい?」

「はい。そもそも、ここの機材は私の叔父がメンテナンスをしていました。必要であれば叔父の手を借ります。演奏はしないけれど、裏方として入部できるならそうしたいです」


 どうして彼女が一緒に物理室に来たのか疑問だった。

 教室でのやり取り後、夏菜は吹奏楽部へ向かったのに波留は帰ろうとしなかった。猫塚を紹介したかったが、付随してきた彼女とは何も話していない。まさか、そんな理由があったなんて。


「へえ、面白いね。バンドメンバーじゃないけど、軽音楽部ってことかい?」

「そうなりますね」

「いいねえ、君。それならまずは今、任せようか。最近触ってないからさ、見といてくれる? その間に俺は生雲ちゃんから事情聴取するから」

「了解しました。勝手に拝借して、叔父に確認してみます」

「よろ〜」


 波留はスッと立ち上がり、物理室後方にある布がかけられた機材の方へ向かう。何も道具を持っていないが、片手にあるスマートフォンで写真を取りながら何かを始めたようだ。


「はいはーい。生雲ちゃん、注目〜」


 作間は手を叩き、生雲と猫塚の注意を自分に集めてから話す。


「猫ちゃんは本当に軽音楽部うちに入る予定? それとも冷やかし?」

「僕は……入る気です?」


 怖じ気ついて疑問形になってしまったために、更に作間の眼が厳しくなる。


「ふぅん。生雲ちゃん、どうしてこのコを連れてきたんだい?」

「どうしてって、誘ったらいいって言ってくれたから? 人が必要ですし?」

「……そ。生雲ちゃんってさ、今しか見てないね」

「えっ?」


 何か間違えただろうか。

 生雲は言われたことを理解できていない。それを分かっていて、作間は続ける。


「部員を集めるってことは、その人を仲間とすること。何よりバンドメンバーになる。メンテ頼んでるアズミちゃんちの子は俺もちょっとは知ってるからいいかな〜って思ったけど、生雲ちゃんはこのコの何を見てメンバーにいいと思った?」

「何を、とは?」

「キミが見惚れたところだよ。だって、バンドはひとりじゃない。複数でやるものだもん。気に入った人じゃなきゃやっていけないよ。人生かけてやっていくんだ、生雲ちゃんがイイと思わないとやれないよ?」


 普段ふざけているように見えても、必要なときにはわざわざ噛み砕いて説明してくれる。作間はそれほど真剣に向き合っている。

 自分はそれだけ音楽と、バンドと向き合っただろうか。いや、向き合えていない。

 今までずっと、「羽宮の軽音楽部に入って、Walkerみたいになれたらいいな」というフワッとした願望で動いていたのだから。

 入学してまだ数日。何度も何度も過去を悔やんで来たが、ここに来てまた悔やむ。

 出来ていないこと、やってこなかったこと。それを考えても、過去は変えられない。生雲は首を横に振り、顔を上げる。


「ね、猫塚くんのいいところは! 音楽に興味があるところ! です!」


 どうにかして上げた自分なりの猫塚のいいところは、作間を驚かせるには充分だった。


「ふっ……あはははは! ごめんごめん、イジワルさせちゃったねえ。入学直後に、いいところあげろなんて無茶だったよね。どんなに無理難題でも、まずやってみるのは生雲ちゃんのいいところだよ。頑張った、えらいえらい」


 幼い子どもを褒めるように言う。それでも張り詰めた空気は和らいだ。

 生雲は胸をなでおろし、隣の猫塚に目をやればちょうど彼と目が合う。すると、猫塚は苦笑いを浮かべた。


「猫塚くん、なんかごめん」

「ううん。僕は何ともないし、謝らないで」


 嫌そうな顔を見せない彼に、生雲は素直にその言葉を受け入れた。


「うんうん。猫ちゃんは寛大だねえ。心が広そうだ。そんな君はどう、ベースやってみない?」

「ベース、ですか?」


 二人の様子を見ていた作間が唐突に言った。


「そ。俺がドラムで、ここにいないツンデレラの智哉がギター。生雲ちゃんがベースを持つよりも、猫ちゃんが持った方が華やかだし、似合いそうだなぁって思ってさ」

「わかりました。やってみます」


 安直すぎる言葉にすぐ頷く猫塚に、生雲の顔が強張った。


「二つ返事なんていいねえ。それじゃあ、さっそくやってみよっか。ほら、後ろに一応あるからさ」


 そう言われて後方の機材を見てみれば、波留が準備はできていると言わんばかりに親指を立てていた。

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