第30話 やめたいの?
静かに、されど深く、自分の世界にのめり込んで悩む生雲は気づいていなかった。その背後に作間がにやけながらもしれっと座っていることに。
『――以上を持ちまして演奏を終了といたします。結果発表まで休憩となります。十五分後に再開いたします』
アナウンスが流れた。
ホールの明かりが灯り、次々と人が動き始める。今までに演奏していた人たちが緊張しつつも外へでていく。
そんな中でも生雲はずっと苦い顔をして座り込んだまま。
ついに作間がしびれを切らして、後ろから肩を叩いた。
「っ、はい?! せ、先輩っ!?」
生雲が振り返り、作間の顔を見ると驚きのあまり、立ち上がって声が大きくなった。
そのせいで周囲の眼が一気に向けられたが、ボリュームをすぐに下げて話す。
「いつから後ろにいたんですか?」
「いつって……結構前から? ステージ上がったら生雲ちゃんの姿が見えたからさあ~ついついノリノリでやっちゃったんだよねぇ。それよりもさ、どうして生雲ちゃんがココにいるワケ?」
「それは、先生に訊いて。すみません、勝手に……。それに、この前も先輩にいろいろとご迷惑をおかけしました。ごめんなさいっ」
いつもの作間の軽いトーンで訊かれると、いつものように答えてしまう生雲。しかし、本来伝えるべきだった謝罪を思い出して頭を下げる。
だが、作間はきょとんとしている。
「迷惑? なんかあったっけ?」
「え、その。だって、俺、沢山嫌なこと聞いちゃって。先輩、あんまり言いたくなかったはずなのに……それに、ここにも勝手に来ちゃったし……」
語尾がどんどん小さくなっていき、最後の言葉は聞こえないほどだった。けれど、作間は表情を変えずに言う。
「それはねえ、別に気にしてないかなあ。俺も休んじゃった理由、何にも言わないのがよくなかったね。智哉の言う通り、家庭の都合っていうのも間違いではないし。一通り終わったし、肩の荷もこれで降りたし、聞く? 俺のお話」
「……いいんですか? 聞いても」
「もちろーん。だって、生雲ちゃん、俺のこと好きでしょ?」
「はい――ん? それだと語弊が……」
「んもう。知りたがり屋さんなんだから。とっておきのお話をしてあげるよ」
いつもの作間だ。ふざけ半分、本気半分。何ら変わりない作間がいる。それだけでも生雲は泣きそうになっている。こみ上げてくるものを飲み込んで、眼の奥の熱さをぐっと目を閉じることで押さえつけた。
「ほら、この前ライブ行ったじゃん? それでいとこだって話をしたでしょ。みっくんのことは好きだけど、俺の親がどうしてもみっくんと比べちゃってさ。あの子にできるんだから貴方はもっと上にいけるでしょ、ってね。野蛮な楽器じゃなくて、綺麗な楽器をやりなさいーなんて勝手な持論展開しちゃってね。ちっちゃい時から色んな楽器をやってきて、今に至ると。ひとまずある程度の賞を取ってたら文句言われないからねえ。あ、結果発表やるみたい」
一気に過去を語られて呆気に取られていた生雲を置いて、作間はステージを指さした。
ステージにはアナウンスを担当していたであろう女性が登壇して、マイクの確認をしている。もう間もなく、再開するようだった。
なので生雲はこのまま振り返った状態で立っているわけにもいかず、ややしぶしぶ席に座る。作間も生雲の後ろに座るが、上半身は前の席の生雲に近づくよう前のめりだ。
『定刻となりましたので、これより結果発表、そして表彰式を行います。呼ばれた方はステージに上がってください』
その声から始まる。
いつの間にかホールは先ほどと打って変わって大勢の人で埋め尽くされている。一体どれだけの人が参加していたのだろうかと、生雲はもらっていたスケジュールを見た。
参加していた奏者は二十人以上いる。そのうち表彰されるのは上位三人。
ホール内に座る人は奏者に加え、その関係者もいる。みな緊張しているのが伝播し、生雲までもドキドキして手汗をかいていた。
☆☆☆☆☆
「いやあ~まさかだよねえ! あはは!」
夕日が沈みかけている会場の外に出た二人。作間の手には賞状。くるくると細く巻いてコンパクトにして持っている。
「審査員の人が認めたってことじゃないですか? いや、審査員以外も? わかんないですけど」
作間は今回、二位として受賞した。
まさか自分が受賞するとは思っていなかったようで、名前を呼ばれた作間は何度も瞬きをし、司会者からは早く登壇するよう言われる終いだ。そして、「すみませーん」と軽い謝罪をして小走りでステージへ向かった。
表彰式の間ずっと作間が違和感のある表情を作っていたことも、生雲にとっては「いつもの作間」らしくてホッと胸をなでおろした。
今回は地域別の大会だったようで、優勝者のみが全国大会にいくらしい。それゆえ作間は全国にはいけない。
辺りを歩く他の参加者は悔しがっているというのに、最も悔しい思いをするだろう二位の作間は満面の笑みである。
「分かんない方がいいよ。いちいち分かったフリするのも面倒だもん。ま、とりあえずこれでバンドに専念できるってことだねえ」
「……いいんですか?」
「ん? なにが?」
「フルートに専念しなくても……」
生雲の懸念材料。フルート奏者としての人生、部活としてのバンド活動。どちらを選ぶのか。
確認するのにまたとない機会。意を決して出た問い。
「そりゃ、やるのはバンドでしょー。バンフェスにも出ないとねえ。生雲ちゃんも練習しないと! 智哉に怒られちゃうよ?」
「でも、先輩、フルートすごいうまいし……」
「俺がやりたいのはみんなとのバンドだよ? フルートは嫌いじゃないけど、俺はドラムでバンドしたいし、今のバンド好きなんだよねえ。後ろからみんなを見ているの、楽しいし、でっかい音出せるのわくわくするし」
彼の意見に同意し頷く生雲。されど残る不安はぬぐえない。
自分が、バンドが。作間の足を引っ張ってしまわないかと。
「知ってる? 演奏してるとき、あの仏頂面の智哉が笑ってるんだよ。今まで手一杯だった猫ちゃんは、余裕があるときには顔を上げてみんなを見てる、舌をぺろっとするんだ。あんなに唄えなかった生雲ちゃんはみんなに背中を向けながらものびのびと唄ってて。あ、楽しいなーって思えるのはそんなみんなを見ているときなんだよねえ。ひとりでフルートよりもずっとバンドやっていたいもん。生雲ちゃんはイヤ? 辞めたくなっちゃった?」
「そんなことはないです! だって、俺、バンドやりたかったんです。辞めたくなんてなりません。でも……」
「でも?」
「部活の空気悪くしちゃったし、堀先輩怒ってるし、作間先輩の将来潰しちゃってないかとか、俺だけ下手だしとか、足手まといとか。なんかもうぐちゃぐちゃに」
作間の軽い空気が生雲の口を走らせる。
改めて自分が悩んでいたことが何だったのか自覚した。
それを聞いていた作間が、すべてを吹き飛ばすような弾んだ声で返す。
「生雲ちゃんってば、考えすぎぃ! 俺のコトも智哉のコトも、気にしなくていいって。ネガティブマンだな、もう。だいじょーぶ、生雲ちゃんはうまくなるよ」
でも、と続けそうになる生雲。その口をふさぐかのように、作間が足取り軽く生雲の正面に立って言葉を続ける。
「俺が保証するって。フルート二位の実力舐めちゃダメだよ?」
「……フルートと別ですけどね」
フルートはフルート。
生雲たちが行っているのはバンド。
異なる楽器、異なる音楽。作間の保証はなんのあてにもならない。けれど、かなりの自信が込められた彼の言葉に生雲は何故か安心してしまい、笑みがこぼれていた。
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