報告

 ギルドの扉を勢いよく開けたエリックは受付へと進んで行き、その後ろにリクも続く。依頼から帰ってきたと判断したのか、他の冒険者がエリックに近づいていく。


 「よう、エリック。そんな険しい顔して――」


 「後にしてくれ」


 ここにいる冒険者達がこれまで見たことが無い形相をしたエリックは、話しかけてきた冒険者を半ば無視したような形で、歩いていく。


 「あ、エリックさんと――えーっと……」


 受付にいたセレンはエリックの顔を見て通常通りの営業笑顔を見せた後、後ろにいたリクを見ながら怪訝な表情を浮かべる。


 「彼の事はいい、リンドさんを呼んでくれ。緊急事態だ」


 「――承知しました。少々お待ちください」


 エリックの表情から、ただ事ではないと察したセレンがすぐさま奥へと消えていく。


 「あの表情……リク、彼女も他の皆と同じように」


 彼女がギルド長のリンドを呼びに行った事を確認してから、エリックは振り返らずにリクに投げかける。エリックはたった今、帝都に帰還した際に何故リクが自分の名前を呼び、眼を見てきたのかを理解した。眼は口以上に物を言う。


 「ああ、もう、覚えてないんだろうな」


 リクの発言でエリックは、自分の周りに起きている事態をリクは理解しているのだと確信した。


 「――君は、一体何者なんだ」


 「……来たぞ」


 リクが質問を答える前に、セレンがリンドを連れて戻ってくる。リクが昨日会った時のリンドは穏やかな表情をしていたが、現在の彼はギルド長としての重圧を感じさせる表情をしている。


 「聞きましょうか、エリック君。――なにが、起きましたか?」


 「自分達は先日報告があった飛竜の群れの討伐をする為、ここから南方にある現在は使われていない鉱山に赴きしました。ですが――」


 そこからエリックは様々なイレギュラーを説明していった。今まで報告されたことが無い、飛竜の群れによる待ち伏せを受けた事。飛竜の様子が突然おかしくなったこと。そして、魔物化した漆黒の飛竜と戦闘し、ミゲリアが瀕死の重傷を負い、帰還してきたこと。


 「ミゲリアさんは、今どこに?」


 「彼女は無事です。恐らくですが、今は2人の仲間と共に安静にしているかと」


 「そうですか。死者が出なかっただけ、幸運だったと言えるでしょう」


 「はい。そして、彼女に傷を負わせた飛竜。奴こそが緊急事態です」


 エリックは帝都に帰って来た今でも、脳裏にあの飛竜がちらついていた。絶大な威力の黒炎を持ち、銀等級シルバークラス冒険者のエリック達ですら有効打を殆ど与えられず、持久戦を強いられ、最終的にはミゲリアの両腕を喰い千切った魔物。


 「魔物と化した飛竜、ですか」


 「その飛竜が、今回の異常の元凶です」


 一歩前に進み、エリックの横に立ったリクが発言をすると、リンドはリクの顔を見る。エリックは思わず冷汗を垂らしながら、リンドの反応を待つ。


 「――あなたは、誰でしょうか?」


 無慈悲にも告げられた一言にエリックは思わず声を荒げそうになるが、リクは片腕でエリックを静止する。


 「俺は、彼らと一緒にその飛竜と戦闘をしました。その中で、幾つか気づいた点があります」


 「え?エリックさん達の依頼受注時の申請は4人でした。申請していない人、ましてや冒険者登録もしていない人と依頼に行くのはギルド規定違反で――」


 「セレンさん、その話は後ですることにしましょう。――話してみなさい。その気付いた事を」


 セレンの発言を制止し、リクに続きを促すリンド。


 「まず1つ目、通常の飛竜は魔力を持ちませんが、奴は膨大な魔力を持っています。恐らくは魔物化の影響」


 これにはエリックも気づいていた。あの飛竜が吐く黒炎は体内の膨大な魔力を集中させ、口から発射したものである。森を燃やしていた為、炎魔法の一種である可能性が考えられるが、それは定かではない。


 「次に奴は、他の地竜に対しても影響を与える能力を持っています」


 「それは、どういう意味ですか?」


 「さっきエリックが言った、飛竜達の様子がおかしくなった時、俺ははっきりと感じました。あの瞬間、飛竜から漂ってきた気配は――魔物と同じでした」


 「つまり、奴は他の飛竜を自分と同じ魔物にすることができる。そう言いたいのか?」


 エリックの発言にリクは同意し、エリックは青ざめる。要するにこのまま放置しておいたら、あそこにいた普通の飛竜達が、全てあの魔物の飛竜と同じ存在になるという事だ。1体でもあの強さを持った個体が、何十体と発生すれば、それは帝国どころか世界の滅亡を意味すると言っても過言ではない。


 「そして最後、奴の知能は飛竜達の統率を取るだけじゃなく、奴自身が戦闘をする時にすら遺憾なく発揮する」


 これはミゲリアがやられた時にリクが確信したことだった。あの飛竜はミゲリアの雷魔法による痺れが殆ど無かったのにも関わらず、雷魔法が有効な振りをし、リク達全体の油断を誘った。つまり奴は冒険者に待ち伏せを仕掛ける事を飛竜達に指示をし、これ以上の損害を出さない為に途中で飛竜を撤退させ、自身は相手の隙を突く作戦を立てた。


 「――エリック、お前は見てたか?俺達が帰還する時の奴を?」


 「……いや」


 ミゲリアが瀕死の状態で帰還する瞬間まで、リクは最後まで飛竜から眼を放さずにいた。仮に奴が何かをして来た時に対応するためだ。


 「あいつ――笑ってたんだよ」


 自分達が光に包まれる瞬間、リクが目にしたのはこちらを見ながら笑みを浮かべた飛竜だった。まるで弱者を嘲笑うかのような、自身の絶対的な強さを見せつけ、敵に敗北を実感させる笑み。


 リクが告げた事実にエリックは黙り込み、考える。本当に自分にあの飛竜を倒せるのかどうか。そもそも、あそこで戦おうとしたこと自体が失策だったのではないか。


 「報告ありがとうございました。以降はギルドの方から皇帝陛下に伝えたいと思います。――では」


 礼を述べるとリンドは足早に去って行き残されたリク、エリック、セレンだが、エリックが真っ先に口を開いた。


 「それじゃあ、リク。説明してもらおうよ」


 「――わかってるよ」


 「あのー、エリックさん、先程言った規約違反に関してなんですけど」


 「罰金でも、等級ランク降格でも良い。ただ、後にしてくれ。――個室を借りるよ」


 ギルド内には会話が周りに盗み聞きされない為の個室がいくつか存在し、冒険者は自由に使うことができる。その内の1つにエリックとリクは進んで行く。


 「あ、あの!冒険者登録してない方の個室の使用も、基本は禁止で……」


 2人の気圧されながらも、セレンは彼らを呼び止めようとするが、エリックとリクは構いもせずに個室に入ってしまったのだった。


 「はぁ、なんでこうなるのかな~?」

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