苛立ち
「てめぇは!!!ミゲリアに何をしやがった!!!」
「……」
リクの胸倉を掴みながら睨みつけるガーボン。その声と瞳には憎悪がはっきりと表れており、場は騒然としていた。兵士達もそうだが、それ以上にエリックは状況を呑み込むことができず、呆然としている。
「待つんだ、ガーボン!いきなりどうしたんだ!?」
その中でいち早く動き出したエリックは、ガーボンの両肩を掴み、リクから引き離す。
「離せよ、エリック!お前だって見てただろうが!」
エリックには理解できなかった。
「突然現れたてめぇが、ミゲリアの両腕を斬りやがったのか!?」
自分の仲間が何を言っているのかが、彼には分らなかった。
「――エリック」
「な、なんだ、リク」
拘束から逃れようとするガーボンを羽交い絞めにしていたエリックだったが、声をかけられ、リクの方を見ると目が合う。リクは僅かにエリックの眼を見ると、エリックとガーボンに背を向け、歩き出す。
「おい!待て!!!」
後ろから叫ぶガーボンを無視して、ミゲリアに近づくと、彼女の傍にいたシルアは、僅かに震えながらリクから庇うようにミゲリアの身体に覆いかぶさった。
「――こ、来ないで!!」
「……」
身体を震わせ、泣きそうな声で懇願するシルアの前に立ち、リクは両腕を欠損し、未だに意識の戻らないミゲリアに向かい手を伸ばす。
「大丈夫……運が良かった」
「……え?」
「
リクが呟くと、ミゲリアの身体が青い光に包まれる。それを確認したリクは無言で帝都の中へと向かう。
「ミゲリアッ!!!」
ようやくエリックの拘束から逃れたガーボンがミゲリアの元へと向かう。ミゲリアの身体は今もなお光に包まれている。
「な、なんなの……これ」
やって来たエリック、ガーボンと共にミゲリアの身体を見ていたシルアが呟く。光に包まれたミゲリアの身体は徐々に傷が癒えていっていた。
「う、腕が……」
傷が無くなるだけでなく、欠損した腕もまるで時が戻るかのように、断面部分から元の腕が修復されていく。やがて光が収まった時には、彼女の身体は元に戻っており、両腕の肘から下の部分も無傷であった。
「一体何が起きたんだ……こんなの治癒魔法でもあり得ないことだ」
傷を癒す治癒魔法を用いても、失った身体の部位を戻すのは非常に困難であり、それこそ帝都内でもトップの治癒魔術師しかできない芸当である。加えて、そんな類い稀な技術を持つ彼らであっても、可能なのは結合であって、ミゲリアの様に欠損した腕が無い状態では治療は不可能である。
「おい、エリック……あいつは何なんだよ」
完璧に修復されたミゲリアの身体を見ながらガーボンがエリックに問いかける。エリック自身にもリクが何をしたのかは分からなかった。それでも彼が自分達の仲間を救ったことは間違いない。
「そ、そうだ!早くリクを!」
「――待ってよ、エリック!」
帝都内に既に入ってしまったリクを追いかけようとしたエリックだが、シルアが叫んだことで足を止める。
「エリックは、あの人の事を知ってるの?」
「――何を、言ってるんだ?」
「そうだ、あいつは誰なんだ」
「――っ!何を言ってるんだよ2人共!ふざけてる場合じゃないだろ!?」
仲間の発言にますます混乱と苛立ちを募らせるエリックは、全てを振り払うかのように帝都の中に向かって走り出した。
* * * *
「――キャロル!」
「よう、エリック、そんなに焦ってどうしたんだ?」
「この辺でリクを見なかったか?」
「リク……誰だそりゃ?」
「昨日、モルドと模擬戦をした新人冒険者のリクだ。君も昨日は訓練場にいただろ?」
「模擬戦?昨日はギルドにいたけど、模擬戦なんかなかっただろ?」
「――嘘をつくな!君は、昨日訓練場にいたはずだ!!!」
「おいおい、そんなに叫ぶなって。そもそもだ、昨日の事なんて忘れるわけねーだろ?」
「あぁ……わかったよ!」
帝都の中で偶然出会った冒険者仲間のキャロルとの会話を打ち切り、エリックは再び帝都内を走り出した。エリックは既にキャロルも含め、帝都内で見つけた3人の冒険者仲間にリクの事を尋ねていた。しかし、彼らは昨日の模擬戦を訓練場で見ていたにも関わらず、誰もリクの事を知らない人物と述べていたのであった。
「くそっ!――どうなってるんだよ!!!」
大通りから路地裏に入り、エリックは走り続けるが未だにリクは見つからない。そのまま路地裏を進み続けると、行き止まりに辿り着く。エリックは踵を返し、大通りに戻ろうとするが――、
「ギルドはこっちじゃないだろ。道に迷ったのか?」
「――リク」
振り向くと、いつの間にか行き止まりの壁に寄りかかっていたリクが、これまでと同じようにエリックに話しかける。
「今やることは、あの魔物化した飛竜の報告だろ。あの飛竜は魔物化したことで強力な技だけじゃなく――」
「まずは説明をしてくれ」
「あのミゲリアがやられたのも、あいつは通常の飛竜よりかも遥かに優れた知能を――」
「この状況を!!!説明するんだ!!!」
リクの言葉を無視したまま、エリックはリクの胸倉を掴み、壁に押し付けていた。エリックの眼は激情に揺れ、普段の温厚な彼の表情は全く見えない。
「――ギルドへの報告が先だ。その後に全部、説明するよ」
「……」
少しの間を置き、エリックはリクから手を離した。未だに息は荒いが、少し冷静さを取り戻した彼はゆっくりと深呼吸をし、路地裏からも見える帝都の空を見上げる。
「ギルドに行こう。リク、君も一緒に来るんだ」
「わかってるよ」
2人はギルドに向かって歩き出す。ギルドまでの道中、彼らの間に会話は無く、終始異様な雰囲気が渦巻いていた。
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