イレギュラー

 森方面から出現する多くの飛竜達を請け負い、5人の中で最も多く飛竜を討伐していたリクだったが、彼の意識の片隅には常に何かが引っかかっていた。魔物に対しては、第六感故の索敵能力を有する彼自身の本能が洞窟の中に対して警告を鳴らし続けていたからだ。

 そしてその警告から生じた違和感は、洞窟の中から咆哮が轟き、飛竜の様子がおかしくなったことで確信へと変わったのだった。


 「こいつは飛竜だけど、飛竜じゃない――魔物になってる」


 洞窟の中から現れた漆黒の巨体に紅い眼を光らせた飛竜。リクの本能が奴はただの生物なのではなく、魔物なのだと警報を鳴らす。


 「どういうことなんだ!?飛竜が魔物になるなんて聞いた事がないぞ!」


 困惑したエリックが叫ぶが、リクも内心は同じ気持ちだった。魔物とは魔王が生み出したとされる存在であり、元々生息していた生物とは全くの別物だと考えられている。それ故に飛竜が魔物化するのはあり得ない事だった。


 「魔物だろうと、飛竜だろうと関係ない!私はこいつを倒すだけだ!」


 「ミゲリア、待つんだ!リク、彼女を頼む!」


 「わかってる!」


 エリックの制止を無視し、飛竜へと接近するミゲリアにリクが続く。


 飛竜は雄たけびを上げ、その巨大な前脚を振り下ろす。


 「なっ、速いっ!?」


 これまで戦っていた飛竜を凌駕する速度で繰り出された振り下ろし。ミゲリアは回避するが、風圧によって吹き飛ばさ地面を転がる。


 「ちょっと……何なのよ……」


 「ミゲリア!!!逃げろぉ!!!」


 地面を転がったミゲリアが身体を起こそうとする間もなく、ガーボンの叫びが彼女の耳に入る。そのまま顔を上げると、彼女の眼には、これまで以上に眼を光らせた飛竜が大きく身体を仰け反らせているのが写る。


 「な、なに……そ――」


 「加速Ⅳアクセル・フィア


 そのまま身体を勢いよく突き出した飛竜の口から黒炎が放たれ、ミゲリアを呑み込みながら背後にあった森を焼き尽くす。放たれた黒炎による衝撃は離れていたエリック達にも襲い掛かった。


 「うわぁ!!」


 「きゃあ!!」


 衝撃が終わり、煙が晴れる。地面は焼け焦げ、黒炎を喰らった森の木々も全て跡形もなくなり、そこには誰もいない。


 「そ、そんな……」


 「嘘……だよね、ミゲちゃん」


 「ん?何が?」


 「きゃぁぁぁぁ!?」


 仲間が消えたことで泣きそうなシルアだったが、突然横から声をかけられ、悲鳴を上げる。


 「ミゲリア!?無事だったのか!」


 「間一髪ね、リクのお陰よ」


 「焦ったけど、何とか間に合ったよ」


 先程までは飛竜の傍にいたリクとミゲリア。彼らはシルア達が気付かぬ間に移動していたのだった。


 「ありがとう、リク。ミゲリアを助けてくれて」


 「リク、どうやってあの距離から私を助けたの?」


 「素早く移動した、それだけだよ。それに礼は後でいい……問題はあいつをどうするかだろ」


 リクに言われ、エリック達は一斉に飛竜の方を見る。飛竜は今でもこちらを睨みつけており、奴が再び攻撃してくるまでに時間はかからなそうだ。


 「敵は1体だ。今回はリク、ミゲリア、僕の3人で一気に勝負を決める。シルアとガーボンは援護を頼むよ」


 「本当にやるのか?」


 「大丈夫だよ、ガーボン。無理だと思ったらすぐに撤退する……行くよ、2人とも!」


 エリックが合図を出し、一斉に駆け出すエリック、リク、ミゲリア。


 「でかいの、行くぞ!」


 そこに後ろからガーボンが巨大な氷塊を放つ。氷塊は難なくと受け止められるが、一瞬の時間稼ぎには成功した。


 「リク、あいつと戦う前に言っておくわよ」


 「何をだよ」


 「2回も助けてくれてありがとう。それと……私、あんたみたいなの結構好きよ」


 「えっ!?――それ、今言うのかよ」


 「ふふっ、今だからよ」


 「何話してるの2人とも!行くよ、三手に別れて、攻撃を!」


 エリックの声に合わせ3人がバラバラに別れ、攻撃を開始する。飛竜も攻撃を仕掛けるが、攻撃の速度をミゲリアは既に体験しているし、リクとエリックも見ていた。一度知ってしまえば、直線的な攻撃を仕掛ける飛竜の攻撃を避けるのは難しくはない。


 「まずは手始めに、いくよ!」


 エリックは幻惑魔法を使用し、自身の分身を3人生み出す。事前に魔力を集中していたエリックの放つ幻惑魔法は、一目では見分けがつかない程に精密であり、気づくことができるとしたら、それは高い魔力感知能力を持つ者だけである。


 「「はぁぁぁぁ!!!」」


 まずは分身が2人囮となり、攻撃を仕掛ける。分身の攻撃では本当の傷を負わせることはできないが、敵の注意を引くには十分だ。飛竜はエリックの狙い通り、分身に攻撃を仕掛ける。


 「脚を奪う!」


 その隙にエリックは飛竜の脚の健を斬ろうとするが、鱗が固く、表皮から僅かに血が出るだけに終わった。


 「くそっ、鱗がこんなに固いなんて!」


 「だったら、何百回と攻撃するだけよ!」


 一度は不覚を取ったが、次は無いと意気込むミゲリアは、短剣に雷魔法を纏わせ、攻撃を加えていく。ミゲリアの単発の威力はこの3人の中では最も低い事は彼女も自覚している。そこを彼女は手数で補う。


 「――っと!これだけ近ければ、黒炎は使えないでしょ!」


 紙一重の所で攻撃を躱しながら、反撃をしていく。それでも固い鱗によって鎧に守られているかの如く、強固な飛竜に大きな傷を負わせることは困難だ。それでもある程度の大きさの傷を作ることはできた。


 「シルアッ!!!」


 「うん、喰らえ!!」


 ミゲリアの合図に遠方からシルアが腐敗魔法を纏わせた矢を放つ。放たれた矢は傷口に命中しかけるが、僅かに外れ飛る。飛竜に矢は刺さるものの、傷に命中しなかった矢は浅く、飛竜は微動だにしない。


 「狙いはわかった。もっと傷を大きくするぞ」


 「当然!」


 ミゲリアとシルアの意図を理解したリクが、ミゲリアに動きを合わせ、特定の部分を攻撃していく。リクの桜楓おうかなら大きな傷を負わせることはできるが、致命傷にはまだ至らない。それでも的確に攻撃を回避し、反撃を取り続けることで確実に飛竜は消耗しているように見えた。




 * * * *




 「エリック、魔力ポーションだ」


 「ありがとう、リク」


 エリックに魔力ポーションを渡し、再び飛竜に接近する。今の所は、エリックの幻惑魔法が良く機能している為か、飛竜からこちら側への攻撃にあまり有効打はない。このままいけばこの魔物と化した飛竜を倒せるのかもしれないが、やはり違和感がある。


 「リク、気を付けろよ!魔法を飛ばすぞ!」


 ゴードンの合図で彼が飛ばした氷柱の射線から出る。連携も円滑に機能しており、飛竜の動きも鈍ってきている。それでもこいつが洞窟から現れる前から感じていた違和感。それを相手の攻撃を躱し、反撃を続けながらも考える。


 「当たれ!」


 シルアが放った矢が傷口に命中するが、腐敗魔法は今回も発動しない。それを見て遠くからシルアが何か叫んでいるが、恐らくはこの飛竜は魔物化した影響で魔力耐性が高くなっている。それ故に鉄階級アイアンクラスのシルアの練度では、この飛竜の身体を崩すには至らない。肌で感じたが、あの口から吐いた黒炎は魔法の一種で間違いないだろう。


 「魔力を持った飛竜」


 先程から加え続けている桜楓おうかの攻撃は有効のはずで、鱗ごと奴の肉を何度も断ち切っている。それでも未だに奴には倒れる気配が一切ない。奴の身体は傷ついているが、血は全く流れていないように思える。


 「――時魔法を使うべきか?」


 奴の体力も無限ではない。だったら時魔法を使用し、手数を増やすことで一気に勝負を決めることもできるだろうか。それでも時魔法の使用にはリスクが伴う。既にミゲリアを黒炎から救う為に1度使用した。これ以上の使用は状況を考えなければいけない。


 「いや、駄目だ」


 時魔法は自分にとっての最終手段であり、できるのであれば使用は避けたい。仲間と共に戦っている中で過度の使用は、最悪の場合、パーティの連携を崩す可能性が高いからだ。ここは一旦距離を取り、回復ポーションを飲み、息を整える。


 「喰らえっ!」


 ミゲリアが傷口から雷魔法を勢いよく流し込んだ。体内に雷が流れ込んだ飛竜の動きが止まり、これまで黒炎を吐く時を除いて、常に上げていた頭が遂に地面へと落ち、エリックが叫ぶ。


 「今がチャンスだ!」


 その時、この依頼での異変が頭に幾つか浮かぶ。待ち伏せという統率された動きをし、咆哮によって様子が変貌した飛竜達。前代未聞の魔物と化した黒い飛竜。そもそも奴の存在がこの依頼においてのイレギュラーだ。奴が全ての異変の元凶と考えていい。


 「これで、終わりよ!!!」


 ミゲリアが飛竜の頭へと突進していくが、何かがおかしい。奴の魔物のしての気配は未だにはっきりと強く残っている。本来なら死にそうな魔物の気配は小さくなっていくものだ。むしろこれは―


 「死ねっ!!!」


 「――駄目だぁ!!!」


 急に気配が強くなり背中に悪寒が走る。そのままミゲリアに向かって駆け出すが、彼女は既に頭の目前にまで来ている。このままでは間に合わない。


 「――え?」


 ミゲリアが短剣を眼球に突き刺そうとした瞬間、それまで動きを止めていた飛竜が凄まじい速度で動き、その巨大な口を開く。口が開いた事で短剣は眼球に刺さることなく、そのままミゲリアの上半身は勢いのまま飛竜の口内へと進んで行く。


加速Ⅳアクセル・フィア!」


 時魔法を発動した瞬間、リク以外の時の流れがゆったりとしたものとなる。減速した時の中で、リクの眼には飛竜の口がミゲリアの上半身を噛み千切ろう、口を閉じていくのが写る。間に合ってくれと心の中で祈りながらミゲリアに駆け寄るが、飛竜の口は既に殆ど閉じかけ、口内にある彼女の腰から上はリクの角度からは見えなくなっていた


 「やめろぉ!」


 それでもリクは、寸前でミゲリアの腰に突進をする形で、彼女の身体を飛竜の口内から救い出す。間一髪の所で飛竜からミゲリアを助け出し、安堵の気持ちでリクはミゲリアをそのまま肩に担いだまま飛竜を振り返る。


 「――は?」


 未だに減速した時の中で、リクは自分と飛竜の間に繋がる赤い鎖を見た。部分的に茶色の毛が混じった鎖は飛竜の口からリクの肩に担がれたミゲリアへと延びていたが、地面へと落ちる。ミゲリアは未だに唖然とした表情をしているが、徐々に表情が変化していき――減速していた時間が再び流れ出す。


 「――あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」


 「――え?」


 呆気にとられたシルアとガーボンの横で、叫びながら暴れ出したミゲリアがそのままリクから離れ、地面へと落ちると、瞬く間に彼女の周囲一帯が赤く染まっていく。両腕の肘から下を完全に失い、苦痛に叫び続けるミゲリア。


 「ミゲちゃぁぁん!!!!!」


 状況を一歩遅れて把握したシルアが、すぐさま懐からポーションを取り出し両腕にかけるが出血はすぐには止まらない。


 「くそっ、なんだってんだよ!!!」


 青ざめた表情のガーボンは困惑しながらも、追加のポーションと包帯を鞄から取り出しシルアに託す。渡されたシルアは泣きながら治療を始めるが、その後ろで口内をミゲリアの血肉で真っ赤に染めた飛竜が咆哮をするが、飛竜は巨大な炎の壁に囲まれ、姿が見えなくなる。


 「ミゲリア!!!大丈夫か!!!」


 幻惑魔法で飛竜に対して時間稼ぎをしたエリックもミゲリアの元に駆け寄るが、彼女の状態を見て青ざめた表情を浮かべる。


 「――ガーボン……撤退だ……早くしろ!!!」


 「分かってるよ!!!」


 即座にガーボンがスクロールを広げると5人の周囲に魔法陣が発動し、光に包まれる。飛竜の鳴き声は変わらず聞こえていたが、声が聞こえなくなると同時に周囲の空気が変わる。光が消えた彼らは帝都の入り口の前にいたのだった。帝都に戻ってきたことで安堵し、思わずエリックとガーボンはその場に座り込む。


 「エリック達か!?何があった!?」


 入口に着くやいなや、帝都の兵士達が駆け付け、周囲を囲む。兵士達の問いを無視していたエリックだが、少しの間を置き、焦った気持ちを抑えながら、立ち上がり冷静に振舞う。


 「まずはミゲリアの処置。後、今の事はすぐにギルドに説明して――ガーボン?」


 エリックと同じく座っていたガーボンだが、彼はうなだれたままゆっくりと立ち上がり、のろのろと歩き出す。


 「――それじゃあ……そいつに、説明してもらおうか」

 

 彼の事を不審に思ったエリックをも無視し、


 「てめぇは!!!ミゲリアに何をしやがった!!!」


 リクに殴りかねない勢いで掴みかかったのだった。


 「……」


 そんなガーボンをリクは無抵抗で見つめていた。

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