飛竜の群れ
エリック達は帝都でも高く評価をされているパーティである。その理由としては、一定の実力があることも当然なのだが、それ以上に荒くれ者達が集う帝都において、問題を起こすことが無いパーティだからだ。
「こいっ!」
振り上げられた爪の攻撃を躱し、前脚に剣を振るうエリック。強固な鱗を持つ飛竜の身体を一度で切り裂くことはできないが、深手を負わせることはできたようで、声を上げた飛竜にエリックは魔法で炎を飛ばし、目くらませをした上で追撃を仕掛ける。
「ギャオオオオ!」
放たれた炎を受けるが痛みを全く感じなかった飛竜は、自らに突進してきたエリックに向け、その巨大な口を開き迎え撃つ。口の中から覗かせる無数の鋭利な歯に恐れずに脚を止めないエリック。そんな無謀な冒険者の上半身を飛竜はその歯で喰い千切った。
口を閉じた瞬間、飛竜は己の口内に冒険者の砕けた肉と溢れる血の味が広がるのを錯覚したが、その口の中には何も存在しない。不審に思ったが飛竜だが、その瞬間自身の首が落ち絶命する。その首は、飛竜が喰い殺したと錯覚していたエリックによって切り落とされたのだ。
「ふぅ、飛竜相手なら簡単に騙せるみたいだね」
パーティのリーダーである
「シルア、魔法を飛ばすぞ!気を付けろよ!」
「うん!」
ガーボンが空に向かい魔法を放つ。放たれた球は飛んでいる飛竜達の中心に向かい跳んでいくが、速度は無いため、容易に回避される。しかしその球は空中で留まり、強い光を放つ。一時的に視界を奪われた飛竜達の動きが鈍くなり、大きな隙が生まれる。
「いまだ!」
加えてそこに氷柱が数本放たれる。氷柱によって貫かれた飛竜は絶命し、翼に大きな傷を負った飛竜は地面へと墜ちていく。
魔術師であり、
「当たれ!」
地上から矢が空へと放たれ、未だに視力が戻っていない飛竜に命中する。しかし命中した矢は致命傷にはならず、視力が回復し、怒り狂った飛竜は地上へと突進する。
「飛竜の魔力耐性が強くないのは、本当なんだね」
突進してくる飛竜の事を無下にも介さず、次の矢を用意し、魔力を込めるシルア。そんな彼女に飛びかかろうとしていた飛竜だったが、速度を急激に落とし、地面へと墜落する。墜落した飛竜の翼と鱗はボロボロに腐敗し崩れ落ちていた。
シルアは腐敗魔法の使い手である
「その調子で空中の飛竜は任せたよ!」
「頑張るよ!」
「ああ、任せとけ!」
幻惑を織り交ぜ、翻弄しながら飛竜を相手にするトビアス。今の所は大きな損害も無く討伐を進めているトビアス、シルア、ガーボンだが、これは彼らの前後、洞窟方面と森方面で多くの飛竜を一度に相手にしている2人の存在が大きい。
「おらぁぁ!」
3体の飛竜に囲まれながらも、獣人の本能に備わった察知能力で攻撃を間一髪のところで躱し、反撃を与えていくミゲリア。本来であれば危険な状況なのだが、闘争本能の塊である彼女は寧ろ気持ちを高ぶらせ、飛竜達に挑んでいく。
「ほらっ!そろそろ動きが遅くなってきたんじゃない?」
その両手に持った短剣で、飛竜達の間を駆け抜けながら、攻撃を加えていくミゲリア。戦闘の最初の内は何度か攻撃を躱し損ねてしまったが、無尽蔵の体力と気力で攻撃を加え続け、いつしか形勢は逆転しつつあった。彼女の動きが変わらないのに対し、飛竜達は徐々に動作が遅くなっていく。それは飛竜達の体力が無くなってきているのではなく、彼女の魔法によるものだった。
「これでぇ……1体目!!!」
振り下ろされた爪が肩を掠め血を流しながら、飛竜の首に短剣を突き刺すミゲリア。そのまま飛竜は地に伏し動かなくなる。全身が傷だらけだが、鋭い光をその瞳に宿したミゲリアは、残る飛竜達に休む間も無く突進していく。
純粋な肉弾戦であればエリックをも上回る
「――ガーボン、回復のポーションを!」
「ほらよっ!」
「ありがとう!――ミゲリア、これを!」
ガーボンから受け取ったポーションをエリックがミゲリアに届け、2人は背中合わせに飛竜達を警戒する。
「ちょっと、こっちに来て大丈夫なの?」
「うん、あの2人もそんなにやわじゃないよ。ミゲリアだって知ってるでしょ?」
ポーションを一気に飲み干したミゲリアは武器を構え、今にも飛びかかってきそうな飛竜達を睨みつける。
「そうね。――それよりも、こいつら全員倒せると思う?」
「できる限りの事はするよ。この数の飛竜が帝都に向かうのは阻止したいんだ。だから撤退するとしても、数をできる限り減らしてからだよ」
帝都の兵力ならば飛竜の群れに襲撃されても撃退、もしくは殲滅することは可能だとエリックは考えてる。それでも被害は少なくとも受けるのは間違いない。その為にここでできる限りの飛竜を討伐する事、加えて今回の事をギルドに報告するのは必須である。
「それじゃあ、ここにいる奴らを、まずは全部殺さないとね」
「ああ、でも無茶は駄目だよ」
エリックとミゲリアが互いに地面を蹴り、飛竜達に再び攻撃を開始する。エリックは攻撃をしながら、シルアとガーボンの元に戻ろうとするが、新たに現れた飛竜達が行く手を阻む。
「くそっ、邪魔をするな」
飛竜達の向こうでは2人が飛竜達に応戦しているが、相手の物量に徐々に押されていく。
「シルア、次の魔法付与は」
「い、今やってるよ」
シルアの腐敗魔法は非常に強力だが欠点もある。魔法の発動には武器への付与が必須であり、その付与にも時間がかかる為、乱戦には向かない。先程からそれをガーボンが補っていたが、彼の魔法では向かってくる全ての飛竜からシルアを守ることはできない。
「こうなったら、奥の手だよ!」
シルアは懐から、帝都からの道中で用意していた付与を施した短剣を飛竜に放つ。短剣が刺さった飛竜は身体が部分的に腐敗していき、動きを止めるが、短剣の本数にも限りがある。
「くそっ、数が多すぎるだろ!」
「2人とも、今援護に!」
飛竜を斬りながら無理矢理にでも押し通そうとするエリック。切り伏せながら進んで行くが、飛竜の数は一向に減らない。そうしている間にシルアとガーボンは更に追い詰められていく。
「こうなったら……はぁっ!」
その瞬間エリックの周囲から大きな炎の壁が噴き出し、周囲にいた飛竜達は驚き一歩後ずさる。実際にはその炎は幻影であり、熱も無ければ触れることもできないのだが、この場を切り抜けるにはこれで十分だ。
「はぁ、はぁ、2人共、大丈夫?」
「すまねーな、エリック」
「うん、大丈夫だよ!」
シルアとガーボンには怪我はないものの、その顔からは疲労が隠せないでいた。ポーションで体力や魔力を回復することはできても精神的な疲労は蓄積していく一方だ。エリックの頭に撤退の2文字が浮かぶ。
「どうする……敵の数は未だに減らない。ギルドに報告するのが優先なのか?」
いくら倒しても洞窟と森の中から現れる飛竜達。この数ははっきり言って異常だった。この数の飛竜は1つのパーティに負える相手ではない。本来であれば、今すぐにでもギルドに帰還し、報告すべき問題だ。
「エリック、私はまだやれるよ!」
「そうだ、まだ魔力にも道具にも余裕はある!」
「そうだね……できる限りの事を――なんだ!?」
その瞬間、洞窟の中から何かが爆発したかの如く、大きな咆哮が響き渡り、3人の背筋に悪寒が走る。エリック達はその場で立つことができず思わず膝をつくが、一方で飛竜達はエリック達とは真逆の反応を見せた。
「な、なんなのよ、こいつら……」
鳴き声を聞いた飛竜達は同じ様に雄たけびを上げ、眼が紅く光り出す。紅い眼を光らせ雄たけびを上げる飛竜達は、エリック達に襲い掛かった。
「さっきまでとは……動きが全然違うぞ!?くそっ!」
飛竜達の攻撃をエリックは間一髪の所で防ぎ続けるが、彼らの攻撃は先程までに比べ、威力と速度が共に増しており、エリックも徐々に押されていく。1対1ならエリックにも対処できたが、一度に複数の相手をするのは非常に厳しい状況だ。
「エリック、ミゲちゃんが!!!」
シルアが叫び、エリックが洞窟の方を見ると、今にも倒れそうなミゲリアが飛竜達相手にぎりぎりの所で踏みとどまっていた。洞窟の間近で先程の咆哮を聞いたミゲリアは、意識が朦朧としながら飛竜の攻撃を防いでいた。
「大丈夫だ、俺がなんとかする」
「頼んだよ、リク!!」
飛竜達の猛攻を森側で防ぎ続けていたリクだが、エリック達の状況を確認し、瞬時にミゲリアの元に駆け寄る。ミゲリアに近づかせまいと飛竜達が行く手を阻むが、リクは攻撃を全てギリギリの所で回避し、ミゲリアの元に辿り着く。
「リクか……情けない所を、見せちゃったね」
リクがミゲリアの元に着いた時点で、ミゲリアの意識ははっきりとしていたが、負った傷のせいで動きが鈍くなっていた。リクはミゲリアを庇うように前に立ち、
「気にするな、俺達は仲間だろ――なんだ?」
リクが飛竜達を切り刻もうと一歩前に出した瞬間。飛竜達の動きが止まる。
「――今がチャンスか」
「ちょ、ちょっと!」
不審に思ったリクだったがこの機会を逃さず、ミゲリアを抱きかかえ、エリック達の元に合流する。エリック達の周囲にいた飛竜達も動きが止まっており、辺りには妙な静寂が流れていた。
「ミゲちゃん、大丈夫?」
「大丈夫よ……ってか、下ろしなさいよ!」
腕の中で顔を赤くして暴れるミゲリアをリクは下ろす。暴れる彼女を見て一同は彼女の負傷がそこまで深くないと知り、安心する。
「今度はなんだよ!!」
動きを止めていた飛竜達が一斉に雄たけびを上げ、今度は洞窟内に飛んでいき、思わずガーデンが叫ぶ。先程までは戦場となっていた採掘場だったが、今はリク達の5人以外は誰もいなくなっていた。
「取り敢えず、傷を治そう。皆ポーションを飲んで回復をするんだ。まだ何が起きるのかが分からない」
「どうするの、エリック。帝都に戻る?」
全員で疲労を回復させながら、これからどうするのかを考える。飛竜の行動や咆哮。どちらもこれまで聞いた事がない情報だったために、ギルドへは即座に報告をしなければいけない案件である。
「さっきの大きな鳴き声に、飛竜達が入って行った洞窟内の事が気になるけど、ここは無理をせずに――リクどうしたの?」
エリックがギルドへの撤退を皆に伝えようとしている中、リクは1人洞窟の方へと向き、歩みを進める。それを不審に思った他の4人がリクの背中を見る。
「エリック、撤退するなら今の内だぞ」
「え?それはどういう――」
リクの意味深な発言を問いただそうとしたエリックだったが、その言葉を止め、リクが見ている不審な洞窟の方を見る。
「おい……なんだよ、これ!?」
「地面が……揺れてる……?」
断続的に地面が震え、音が鳴り響く。その震えは徐々に大きくなっていき、リクだけでなく、エリック達も不穏な気配を洞窟の中から感じ取る。
「リク、これが洞窟の奴の正体ってわけ?」
「――ああ、ずっと感じてた気配の正体だ」
リクの隣にミゲリアが立つ。エリック達からは見えないミゲリアの表情は固まり、眼が見開いていた。これまでどんな状況でも戦場では常に眼を光らせていた彼女の眼が動揺によって揺らぐ。
「こいつは飛竜だけど、飛竜じゃない――魔物になってる」
洞窟から姿を現した漆黒の巨体、魔物と化した飛竜は紅い眼を光らせ、殺意の眼光を己の前に立っている5人の冒険者に向け、怒号のような激しい咆哮を轟かせた。
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