宿までの道のりは長く

 陽が落ちてきた夕方の帝都。昼間に比べ路上の人は減っていたが、その代わり昼間は閉まっていた店が開き人々はそこで食事を楽しんでいる。酔っぱらった冒険者達の大きな笑い声が聞こえる店があれば、上品な音楽の演奏が聞こえる店もある。この様々な層の人間達が1つの通りの店に集まっている光景。それこそが帝都を表していると、帝都に慣れ親しんだ人は言うだろう。


 「明日からは依頼だな。あと資料室にも行かないとな」


 そんな帝都を象徴するような通りをリクは歩いていた。模擬戦を行ったが、日頃の特訓で常人離れの体力を誇るリク自身には殆ど疲労は無い。多少の空腹感は感じていたものの、田舎育ちのリクには、大量に人がいる料理屋に入る勇気は無い。そんな本人は心の中で刀を取りに行くのだから仕方ないと言い訳していたりする。そんな風に空腹を誤魔化しながら、リクはラヴァの店に再びやって来たのだった。


 「ラヴァさん、終わりましたか?」


 「リクか。さっき終わったところだ」


 店に入り、軽く挨拶をするリク。小さな店の机の上には、先程調整が終わったばかりの桜楓おうかが置かれている。リクは刀を手に取り、ゆっくりと引き抜く。


 「――これは」


 新たに磨き上げられた自らの刀を見て、リクは思わず言葉を失った。鋭く輝く刀身はリクが今まで見てきたどんな刀よりかも美しかった。こんなに美しく刀を磨き上げられるラヴァの腕がどれ程のものなのか、リクには想像ができなかった。


 「言っとくが、俺の腕だけじゃねーぞ。その刀を作った鍛冶師も相当な腕だ。刀その物が悪かったらこうはいかん」


 レオが桜楓おうかは王都の鍛冶師に作られたと言っていたのをリクは思い出し、彼が今後王都に行くことが可能なのであれば、やることが1つ増えた形となった。その鍛冶師に礼を言う事だ。


 「ありがとうございました。値段なんですけど、いくらですか?」


 「はっ!金なんかとらねーさ。こんなのは老いぼれの道楽よ」


 これ程までに素晴らしい仕事してもらったのにも関わらず、無料だと言われ、リクは唖然とする。良き働きをしたら、それ相応の報酬を受け取るべきだとレオから教わったリクは、たとえそれで自分が得をするとしても引き下がることはできない。


 「そういうわけにはいかないですよ。こんなにしてもらって無料なんて」


 「まあ聞け、リク。なんで俺がこんな場所に店を開いてるのか分かるか?」


 「え?分からないですけど」


 リクからすれば、鍛冶師としてこの腕前があるラヴァが、冒険者が多い帝都で何故こんなに分かりずらい場所に店を構えているのかが理解できなかった。


 「俺だってな、昔は帝都の中心で店を開いてた。だが今はこんな場所で商売してるのさ」


 「それは……なんでですか?」


 「そりゃあ、冒険者の意識が変わったんだよ。お前、中央通りにある武具店は見たか?」


 「はい」


 中央通りにある武具店、いくつもあるが、1つの店には今日の昼頃に入店し、散々だったとリクは思い返す。


 「その店の武器や防具は、お前にはどう見えた?」


 どう見えたか、それは抽象的な質問だとリクは考える。綺麗な店に陳列されていた武器や防具。それら全て煌びやかで美しかった気もする。しかしリクにとってはあの店の武器よりも、この寂れたラヴァの店にある武器の方がより美しく見えた。


 「……何というか、冒険するための武器や防具と言うより、貴族が着るドレスみたいな、そんな感じに見えたような、気がします」


 何となくの感覚を言葉にしながらリクは気付く。あの店の中で、自分に剣と鎧を売ろうとした男は、それぞれの装備は、他の有名冒険者が身に付けていたのと同じものだと言っていた。改めて考えれば、それはなんと滑稽なのだとリクは笑う。装備はそれぞれの人に合った物を使う。それがリクにとって当たり前だ。だがあの店や他の一部の店ではそうでは無かった。


 「そうだ、今の奴らはな、良い装備を付ける事が能力を表すと思ってやがる。だから自分に合ってるかどうかじゃなく、見栄えを意識するんだよ」


 「見栄え、ですか」


 「そうだ、見栄えだ。だから馬鹿な店も馬鹿共に合わせて無駄に装飾を付けた物を売る。そんな装飾を付けたって、より重くなるわ、敵に見つかりやすくるわで良い事なんてこれっぽっちも無い」


 見栄えと言う単語を聞き、リクは自分が持っている桜楓おうか、そしてローブの下にある防具を見る。その刀と布の防具は、どちらもそこら辺の店では買うこともできない一級品だ。それでも見た目だけで考えれば、黒を基調とした非常に地味なものと言わざるを得ない。


 「見栄なんてのは邪魔なだけだ。俺が若い頃、冒険者達は必至だった。今みたいに帝都も発展してなかったからな。だから、その日その日を生きるために、命を懸けてたんだ。そんな中で冒険者達が必要とするのは使える武器だ。見た目なんぞはどうだっていい」


 そこまで言われ、リクは理解した。卓越した鍛冶師であるラヴァが、こんな場所に店を構えている理由。ラヴァは冒険者達の考え方が変わっても、己の信念を変えることは無かった。それ故に質は良いが、見た目が悪い装備は見向きもされず、この場所まで追いやられてしまったのだろう。


 「だからな、お前みたいに武器の良し悪しを判断できる冒険者はな、珍しいんだよ。だからな……」


 「ラヴァさん……」


 リクとラヴァが互いに黙り込み、店に沈黙が流れ、中央通りからの喧騒が僅かに聞こえる。その沈黙の中、リクは暫く考え込んだ後、口を開く。


 「ラヴァさん……」


 「なんだ……リク」


 「俺みたいな冒険者が少ないってなら、尚更無料は無理ですよ」


 ラヴァ自身がこの店に来る冒険者が少ないという事を自白した以上、リクの桜楓おうかの代金を払うという意思は更に強固となっていた。リクの今までの流れを叩き切るような発言にラヴァは暫く目を丸くしたが、徐々にその顔が赤くなっていく。


 「てめぇ、この小僧が!今の俺の感動する話を聞いてそれを言うのか!?どんな神経してんだ!!!」


 「何言ってるんです!ラヴァさんが、自分で客が少ないって言ったんじゃないですか!」


 「黙れぇ!これでも昔は名の知れた鍛冶師だったから、金は十分にあるんだよ!!!小僧が大人に気を使ってんじゃねーぞ!!」


 「そんなの関係ないです!ここで引き下がったら俺は父さんに顔向けできません!」


 頑なに代金を受け取ろうとしないラヴァと父親からの教えを貫こうとするリク。その数分の間、人通りの少ない路地裏に2人の叫び声が響き渡り続けたのだった。


 ちなみに口論の結果、本来の代金が銀貨2枚であることをラヴァが口から滑らし、ここだと言わんばかりに店の机に銀貨2枚を叩きつけ、礼を叫びながら出ていこうとしたリクにラヴァが叫びながら銀貨を投げ返し、一触即発となった中、他の冒険者が店に入って来たことで落ち着きを取り戻し、銀貨1枚をラヴァが受け取るという引き分けに終わったのだった。




 * * * *




 「くそ、父さんに怒られるな」


 リクは露店で買った串焼きを頬張りながら呟いていた。結果的に父親から教わったことの半分しか実行できなかったことが心残りとなり、いつかこっそり銀貨を1枚店の中においてやろうかとリクは企む。すると向こうから2人の男女が息を切らしながら走ってくる。服装からして牧師か、司祭か。


 「そこの冒険者君、ここらへんで、その、如何にも宗教に関係していそうな服装をしている女性を見なかったか?」


 その男女の内、男の方がリクに近づいて質問をしてきたが、リクは質問の言い回し方に違和感を持つ。その男の様子から見ても、相当に焦っているようだ。


 「いや、見てないですけど」


 「ジルク!!!あっちにいるかもしれないってさ!!」


 「よくやった、クローネ!それじゃあ、協力感謝するよ!」


 ジルクと呼ばれた男は、リクに礼を告げると走りにながら行ってしまった。


 「迷子探しか?こんな広い帝都で大変だな」


 リクはこの広い帝都の中で特定の1人を見つけるという苦行を行っているあの2人に同情をし、残った串焼きを口に入れながら宿に向かう。


 「さっきの人達は、煌龍こうりゅう教かな?」


 リクにはこの世界での宗教と考えると、煌龍教しか浮かばなかった。煌龍教とはこの世界の多くの人が信仰する宗教であり、伝説と言われてい煌龍ゼトワールを神として信仰しているそうだ。因みにだが、リクの住んでいたサクラ地方では、万物に神が宿ると言われており一神教である煌龍教とは相性が悪かったりする。


 「子供の時から物は大事にしろって、母さんによく言われてたな」


 懐かしい記憶を辿りながらリクは宿に向かって歩き続ける。串焼きも全て食べ終わり、あと少しで宿だという所でリクは立ち止まった。


 「ん?何か聞こえたような」


 耳を澄ますと、何か声が聞こえた。声が聞こえた方にリクは少しずつ近づいていくと、それは女性の声だという事が分かる。


 「多分、あっちだよな?」


 「――て――い!――て!」


 「路地裏かな?」


 声の発生源が路地裏と判明し、リクはもう一度聞き耳を立てる。すると今度は、はっきりと声が聞こえた。


 「止めて下さい!お願いします、止めて!」


 「おいおい、なんだよそりゃ!」


 聞こえた女性の助けを求める声にリクは走り出す。そのまま路地裏をしばらく進むと、2人乗りの男性冒険者が女性を掴み、壁に押し付けていた。モルドと言い、今日だけで帝都の冒険者の質の悪さを2回も目の当たりにしたリクは頭が痛くなりそうになるが、雑念を振り払う。


 「おい、何してるんだ?」


 「あ?なんだ子供はさっさと失せな」


 「ここは大人の空間なんだよ」


 リクが声をかけた瞬間、あからさまに虫の居所が悪そうに吐き捨てる2人の男達。そんな2人に拘束されている女性はリクの事を潤んだ瞳で見ている。


 「1つだけ確認したいんだけどさ、その女の人はお前らに何かしたのか?」


 「ちっ、うっせーガキだな。こんな時間に1人でここを歩いてるんだ。俺達に襲ってくれって言ってるようなものだろ?なぁ?」


 「そうそう、だから俺達も仕方なくなんだよ、ギャハハハハ」


 一応、冤罪の事も考えて確認をしたリクだったが、どうやら2人の冒険者は完全に見知らぬ女性を襲っているようだ。後は今にも泣きそうな眼をしている女性がどう感じているかが大切なのだが、先程から叫び声を聞いていたリクはその点でも迷わない。


 「お願い、助けて」


 「ああ、わかった」


 「へっ、ガキが調子に――ぶっ!?」


 女性が助けを求めた瞬間、リクは急加速。そのまま近くにいた方の男に跳び蹴りを喰らわせた。跳び蹴りを脇腹にもろに喰らった男は、完全に気を失い地面で伸びている。


 「お、おい!不意打ちとか卑怯じゃねーのか!あ゛ぁ゛?」


 「真剣勝負ならそうだけど……これは、な」


 何故犯罪者相手に正々堂々と勝負しなければいけないのか分からないリクだったが、不意打ちを受けたことで、残った男は完全に動揺しているようだ。


 「どうするんだ?逃げるなら見逃すぞ。まだこの人に危害は殆ど加えてないんだろ?」


 「誰が、誰が逃げるか!なめやがって!」


 男は剣を取り出しリクに斬りかかる。それでも未だに動揺を隠しきれていない冒険者の剣を容易に喰らう程、リクが弱いわけはなく。呆気なく撃退し、男は未だに意識が戻らない仲間を引きずりながら逃げ、それをリクは眺めるのだった。

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