貴方の導
「大きい街は治安が悪いのかな」
仲間を引きずりながら逃げる男の事を眺めながら、リクはふとそんなことを思う。リクが住んでいた村は帝都のように、何でもそろっているわけではなかったが、誰かが誰かに襲われる事件など滅多に起こりはせず、例え事件が起きたとしても、それは魔物が原因であることが殆どだった。
「あの……助けてくれて、ありがとうございます」
「気にしないでください。怪我が無くて良かったです」
襲われた女性は、どこも怪我をしていないようでリクは安心する。ただこの女性は何故こんな時間帯に路地裏に1人でいたかがリクにとっての疑問だった。
「なんでこんな所に1人でいたんですか?」
その女性は、誰が見ても絶世の美女だと言うであろう容姿をしており、その服装も、まるで服のサイズが合っていないかのように見え、彼女の身体のラインが強調されていた。それ故に、人目が少ない路地裏で冒険者に絡まれてしまったは必然とも言えた。
「私、実は探し物をしてたんです」
「そうなんですか?じゃあ、俺も探すのを手伝って――」
「大丈夫です――もう見つかりましたから」
美しく笑う女性。探し物のために路地裏に入り、戻ろうとした道中で冒険者達に絡まれてしまったのだろうとリクは予想し、そんな不用心な事をする彼女に多少呆れた彼だったが、それを口にするのは良くないと判断をし、口を閉じた。
「それじゃあ、通りに戻りましょうか。そこなら安全ですから」
リクはこの女性を通りまで送り、早々に宿に戻って休みたかった。体力的には問題の無いリクだったが、今日だけで色々とあった為、精神的には多少疲れていた。オーガを討伐してから帝都に入り、ルナとアメリアと別れてからラヴァの店を見つけ、ギルドでは悪趣味な魔導具のせいでトラブルに巻き込まれた挙句、つい先程はラヴァと激しい口論をした。
「――ん?あの、どうかしましたか?」
今日の起きた出来事を思い返しながら歩こうとするリクだったが、彼は、突然自分の手に何かの感触を感じ立ち止まる。そのままリクが振り返ってみると、助けた女性がリクの手を両手で掴んでいたのだった。少しその手が震えているような気がした為、襲われた時の恐怖心がまだ残っているのだろうかとリクは感じる。
「――貴方の、名前を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「リクです」
「リク、ですか」
リクが自分の名前を伝えると、女性は何かぶつぶつと呟いているようだが、声が小さいためリクの耳には届かない。
「リク様、私の名前はリリーと申します」
「あ、あぁ、よろしくリリー。それよりかも手を離して欲しいんだけ……どぉ!?」
手を離して欲しいと伝えるリクだったが、リリーと名乗った女性は、そのまま両手を離さないどころか、リクを思い切り引っ張った。なんとか倒れずに踏みとどまるリク。彼がそのまま顔を上げると、目の前にリリーの顔がある。互いの息が届く距離まで接近したことで、恥ずかしくなったリクは思わず顔を背けるが、リリーは全く動じていない。
「リク様、貴方は私の命の恩人です。もしよければ、これからお礼をさせていただきたいのですが?」
「い、いえ、大丈夫です。俺も、明日が早いので」
「――気にしないでださい。時間が無いというのであれば、私がリク様の部屋で、直接お礼をいたします。どんな願いでも聞き入れますよ?リク様は私の命を救ってくださいました。もしリク様が来なかったら、私はあの卑劣な冒険者2人に辱めを受け、この世界に絶望し命を絶っていたかもしれません。つまり私の命はリク様の物です。私の事は人とは思わずに、ただの物だと思って何でも命令をしてください。さあ、遠慮なさらずに、何なりとお申し付けください、リク様」
焦点が合っていない瞳で捲くし立てるように喋り続け、リクの恐怖心を煽り続けるリリー。初めて会ったばかりの女性に激しく言い寄られ恐怖を感じたリクは、これまで以上に強い力を込め、なんとか彼女の両手から逃れる。触れていた手が離れ、名残惜しそうにするリリーを見て、更に彼女への恐怖心を強くするリク。
「いや、本当に大丈夫だから!!!一度落ち着いてください……お願いします」
一度は叫ぶも、これ以上彼女を刺激しないように静かに、優しく語り掛けるリク。そんな焦った顔のリクを惚けた表情で見ていたリリーだが、暫くすると瞳の焦点が合い、慌て始める。
「あ……ごめんなさい!私、勝手に思い込んじゃう悪い癖があるんです……本当にすいません!」
「そ、そうですか……」
気味の悪い雰囲気は消え去り喋り始めるリリーにリクは少し安心するが、先程までの異様さを忘れることができず、一歩引いてしまう。
「お礼と言ってはなんですが、占いなどはどうでしょうか?私、結構得意なんですよ」
えへんと胸を張るリリー。胸を大きく張ったことで、彼女の服が悲鳴を上げるかのようにみしみしと音が聞こえる。本来なら男性だけでなく、女性でさえも見惚れてしまいそうな体勢をしているリリーだが、リクは既に彼女に恐怖心しか抱いていなかったりする。
「まあ……占いなら、いいですけど」
早く宿に帰りたいリクだったが、このまま無視して帰ると何が起きるかわからない怖さを感じるので、了承する。因みに、占いの際に身体に触れる必要は無いとリリーが補足したのはリクにとって重要だったりした。了承されたことで、やったと笑顔で喜んだリリーは眼を閉じ、何かを呟き始める。リクは占いは余り信じないタイプなのだが、そのせいで余計なことを言い、何度かツバキの事を怒らせたことがある。
「世界を見守る光よ、彼の龍よ、過去から現在、未来へと紡がれるこの者の歩む道。その導を今ここに表さんとする」
凄まじい程の魔力が高まっていることをリクは感じ取り、驚愕する。占いと聞いて、リクは星の位置や、カードを利用するのだと思っていた。しかし、リリーが行っているのはそのような遊びではなく、魔力を使ったかなり大規模な魔法だった。彼女の魔力量に冷汗を掻くリクだが、その魔力は次第に小さくなり、息を切らしたリリーがその場に座り込む。
「あの、大丈夫ですか?」
思わず先程までの警戒を無くし、手を差し伸べるリク。リリーは一言、大丈夫だと告げると、リクの手を取ることは無く1人で立ちあがった。
「リク様、貴方の未来はこれまでと同じように、出会いと別れに満ちています。ですが、その中に無駄なものは1つもありません。貴方は何が起きても、今の貴方でいてください。それが貴方の導です」
* * * *
「あ~、疲れた……」
あの後、リリーを無事に通りまで送ったリクは彼女と別れ、それからは何のトラブルに巻き込まれることも無く、ようやく宿に帰って来たリクはベットに身体を預けていた。肉体的というよりかは精神的に疲れていたリクは、そのままベッドに顔をうずめながら、明日の予定を考える。
「パーティ……大丈夫かなぁ」
リクはこれまで集団で戦闘を行った経験があまりなかった。レオとミズキ、またはツバキと共に森に入り魔獣を相手にすることはあったが。その時も皆で戦うというよりは、それぞれが個人戦をしているようなイメージだった。
「父さんに聞けたらなぁ」
リク、ツバキ、ミズキ、レオの4人で戦う場合はそれぞれが勝手に動きながら、周りを見るのが上手いレオが常に全体に気を配りながら動いていた。リクとしては、レオに連携のコツを尋ねたかったのだが、それはもうできない。
「はぁ……まあ、何とかなるか」
連携に不慣れな分は、仲間と常に依頼をしているであろうエリック達に補ってもらおうと決めたリク。考えてもどうしようもない為、一旦は楽観的な姿勢で明日は挑むつもりのリクだった。
「新しい仲間、か」
明日、新しい仲間達と出会うことになるだろう。それがリクにとっての帝都での生活における新たな一歩となる。
「出会いと別れ、俺の導」
リリーに言われたことがリクの頭を掠める。占いなど気にしなくてもいいのだが、どうしてもあの時に言われたことが、リクの頭からは離れずにいた。
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