そんなの、当たり前
退路を塞いでリクを囲む3人の男たち。残りの2人が奇襲をせず、丁寧に出てきてくれたことは不幸中の幸いだったが、それはつまり彼らからすれば、リクは下手な真似をせずに殺すことのできる相手であることを意味している。
母親のミズキがいればなんとかしてくれるのかもしれないが、助けを呼びに行くことはできない。現在リクにできることは、彼女が異変を察し、助けに来るまで耐える。若しくは―、
「こいつらを、殺す」
「はぁ?お前が俺達をころすぅ?はっはっは!!!頭がイカレちまったかこのガキ!」
「ひっひっひ、ボ、ボロボロになるまで、遊んでやるよ」
「実力差も理解できない程の雑魚か。遊ぶ価値もないかもな」
奴らが呑気にしている間に、リクは3人の敵の分析を終えていた。恐らく3人とも実力は銀等級。一番最初に入ってきて、父親を魔法で刺した男は杖を持っている為、魔法がメインの遠距離型。変な笑い声をしているあの男の装備は一見すると最初の男と同じように遠距離型に見えるが、動きやすさを重視した服装に加え、一瞬見えた腰回りにはナイフが何本もあった為、機動力生かした魔導剣士。最後の男は今のところは不明だ。目立った武器を装備してなければ、防具も平凡だ。もしかしたら一番警戒すべき相手なのかもしれない。
何はともあれ、数で劣っているのだから、早めに敵の数を減らさなければいけない。先手必勝だ、最初に攻撃するのは―、
「……」
「おぉ!?」
残して置いたら一番厄介なのは援護ができる遠距離型だ。身体強化を全力で発動し、リクは
「ひっひっひ、そう簡単にいくかよ」
事前に警戒していた方向から風切り音が聞こえたため、リクは咄嗟に跳んで来たナイフを刀で迎撃する。地面に刺さったナイフを見ると液体が付着している。これはさらに厄介なことになった。
「ちっ、毒か」
あのナイフだけは絶対に喰らってはいけない。毒の強さによるが、強さによっては掠り傷でも命取りとなりかねない。ナイフには細心の注意を払って戦わなければいけないようだ。
「おら!俺とも遊ぼうぜ!」
ついに3人目の男も動き出した。男は走りながら両手に剣を魔法で展開し、斬撃を繰り出してくる。リクは斬撃を受け止め、反撃の機会を伺いながらこの男の分析をする。この男の魔法は創造魔法。その人物の適性に合った物質を魔力を使い生み出すことができる魔法。2本の剣の猛攻を受けるが、リクは難なく受け止めていた。先程まで戦っていたレオの刀の方が遥かに鋭く、重い。
勝てるとリクは無意識に思った。この男達の実力は単体で見ればレオ程ではない。だがそれも1対1であればの話だ。
「おおっと!」
「くそっ!」
剣を相手にしていたら、横から氷柱が飛んでくる。警戒はしていたが全てを避けきる事はできず、数発喰らってしまうが。魔力を込めた防具のお陰で何とか凌ぐ。
「……マズい!!!」
氷柱を凌いだが、休む暇もなく正体不明の球が複数飛んでくる。速度は無いため一瞬は迎撃を考えるが、飛んできた方向から嫌な予感がしたリクは、迎撃はせずに回避に徹する。リクに躱され壁に衝突した球は弾き跳び、壁を溶かす。
「なるほどな」
「ひっひっひ」
こちらを見て笑う男の力の正体がわかった。奴は毒魔法の使い手だ。これで3人の男達の具体的な力も分かった。リクは思考を巡らせ、ここからの反撃の術を探る。
「へぇ、こいつ、雑魚の割に良い防具を付けてるじゃねーか」
「刀も金になりそうだな。楽な依頼にしては儲かりそうだな」
「ひっひっひ、殺しがいが、ある」
「……よし」
取り敢えずの算段はつけたリクは一気に勝負を付けに動き出す。まずは魔法使いの男の元へ行くが、
「はっ!また同じことの繰り返しか?」
奴に到達する前に創造魔法を有する男が立ちはだかる。今回奴は剣ではなく、2本の短剣を生成している。刀は一定の距離においては強いが、懐まで入られると不利になる欠点がある。男はそこを突いてきたのだ。それでもリクは慌てず、一定の距離を保ち続ける。そしてその間、自分と魔法使いの男の間に創造魔法の男が立つように立ち回り、氷魔法を使わせない。
「くそが!魔法が打てねーじゃねーか!そんな雑魚にてこずってんじゃねーよ!」
「ひっひっひ、俺に任せろ」
氷魔法が位置的に使用できない為、代わりに毒魔法の男が毒球を放つ。着弾する直前、創造魔法の男が距離を取る。毒魔法は氷魔法以上にもしも味方に当ててしまった場合のリスクが高い。その為、不用意には打てないのだが、痺れを切らした奴は打ってきた。ここがリクにとっての勝負だ、
「……っふ!!!」
両手の魔力量を調整し、毒球と同じ魔力量に瞬時に調整。そのまま毒球を全て創造魔法の男の元に殴り飛ばす。
一瞬呆気にとられた創造魔法の男だが、防御を使用と盾を創造しようとする。だが、殴り飛ばされた毒球は本来の射出速度よりも速く、防御は間に合わない。
「ぎゃぁぁああああああ!!!!!」
毒球をもろに喰らった奴は悶絶して動けなくなる。リクは勝機を逃さずに氷魔法の男へと詰め寄る。
「くそがぁ!」
奴は氷魔法で迎撃しようとするが遅い。魔法の射出などがされる前に
「死ね」
「――なんちゃってなぁ!!!」
「な!?――ゴフッ!」
相手を斬りつける直前リクは腹に鋭い衝撃を受けそのまま反対側の壁まで吹き飛ぶ。リクには何が起きたのかがわからなかった。痛みを堪えながらなんとか立ち上がったリクだが、ダメージは大きい。事態は悪い方向へ向かっているようだ。
「あっはっは!!!ざぁんねぇん!!!魔法使い相手なら接近すれば勝てると思ったかぁぁ???」
リクは大声で笑う男を見て理解した。自分は分析を誤ったのだと。この男は氷魔法を主としているが、遠距離型ではない。むしろ―、
「俺はなぁ――接近戦の方が得意なんだよぉ!!!」
全身を氷の鎧で纏った男が高笑いする。
「くそがぁ!俺がこいつを殺す!!!お前らは邪魔すんな!!!」
顔の半分が毒によって焼け、怒り狂った創造魔法の男。どうやら奴も毒魔法で殺すことはできなかったようだ。
「ひっひっひ、もう手加減無し、だ」
毒魔法の男もナイフを両手に持ち戦闘態勢を取る。
「あぁ、そうだなぁ、こいつを雑魚と見くびった俺達がわりぃな――本気で殺すぞ」
これまでのような笑いは無くなり、リクの事を脅威だと認識した3人は一斉にリクに襲い掛かる。
「くそっ!」
「おらおら!逃げられると思ってるのか!」
創造魔法の男は槍を創造し、リクの刀が届かない距離からの攻撃を開始する。魔法が使えず、刀と体術以外での攻撃手段を持たないリクにとって槍は武器の中でも相性が悪い。
「俺の顔を傷つけた罪は!命で償ってもらうぞ!!!」
負傷したリクにとっては、槍の攻撃を躱すのにもかなりの神経を使う。だがそこに更に追い打ちが迫る。
「てめぇさぁ、さては魔法つかえねーな?」
槍を躱している横から氷の鎧を纏った男が突進してくる。男は両手に氷で強固で巨大な爪を作り、リクに打撃を仕掛ける。
「はぁ、はぁ、はぁ」
打撃もなんとか躱すリクだが、氷の鎧を砕くことができずに防戦一方となる。
「――ぐっ!」
その時、リクの太ももに激痛が走る。リクが見ると彼の太ももにはナイフが刺さっていた。同時に太ももだけでなく、全身に激痛が走る。
「あああああああ!!!!!!!」
「ひっひっひ、これで終わりだ」
激痛に苛まれて悲鳴を上げるリク。それを見て毒魔法の男が笑う。この全身の激痛は毒によるものだった。
「死なない程度の激痛の毒をこいつの身体に流してやった、ひっひっひ」
「ああああ、あああああ!!!!!」
痛みによってもはや動けなくなるリク。そのリクの前に顔が焼けただれた男が立つ。男の眼は憎悪に満ちおり、リクの事を睨みつけている。
「お、俺に!俺にこいつを殺させろ!!!」
「あー?まぁ好きにしろやぁ」
既に勝負はついたとして氷の鎧を解除した男は興味が無くなったようで退屈そうにその場に座り込む。毒魔法の男も同じで、リクに興味は無いようだ。彼らからすればリクは既に用無しである。
「へっへっ、じゃあある程度はいたぶらせてもらう……ぜ!」
「ゴフッ!」
男は毒で苦しむリクの腹を蹴り上げ、高笑いする。男にとってリクは自らの憎しみを発散するだけのおもちゃとなっていた。
「おらおらおら!!!まだ終わんねーんだよ!!!」
「……」
激痛の中、何度も男に蹴られ、意識も朦朧としていたリク。命を炎として表すのならば、まさに彼の命は風前の灯火であり、最早痛みも何も感じなくなっていた。
* * * *
ああ、これで終わるのかとリクは朦朧とした意識の海の上に浮かびながら考えていた。自分の今までの努力は全て無駄だったのだろうか。村の皆から軽蔑されてから、努力して強くなって村の皆に、自分の事を認めさせた。それからももっと強くなって、師範代になった後、将来的には師範にもなって道場を継ぐ。全ては順調にいくと、これまで疑っても来なかった。それなのにこんなにあっさりと終わってしまうなんて。目の前で父さんを討たれ、自分もここで何もできずに死ぬ。
『ごめん、父さん』
母さんには悪い事したなと思う。今日の試験前に話して俺は負けないとかかっこつけた矢先にこれだ。この道場だって、カザネさんとの約束だったのに。自分が死んだら、カザネさんと母さんの約束はどうなるのか。自分以外にこの道場を継いでくれる人はいるのだろうか。ジンや、アカネ、シュンが継いでくれも嬉しいけど、やっぱり息子である自分がこの道場を―。
『ごめん、母さん』
奴らはこの後、自分の母親も襲うのだろうか。でも彼女なら奴らに襲撃されても返り討ちにしてくれるだろうと安心もする。彼女が父さんと自分の仇を討ってくれるのであれば―、
『ごめん、ツバキ』
ツバキとの約束も、果たせそうにない。
『守り続けるって、言ったのにな』
彼女の帰ってくる場所を守る。こんなに直に約束を破ったら、彼女は怒るだろうか、もしかしたら呆れられしまうかもしれない。でもそれも最早無意味だ。もう全て終わってしまったのだから。後悔も未練もあるがどうしようもない。だったら、この海の底に沈んで楽に―、
『本当にいいのかい?』
――誰かの声がした。聞いた事も無い男性の声だ。
『君には、やり残したことがあるんじゃないかな?』
やり残したことなんて無数にある。母さんの事も父さんの事も、それにツバキの事も。
『君には力がある。まだ自分では気付いてないだけでね』
力?力を付けようと、今まで常に訓練をしてきた。その結果がこれじゃないのか。結局何もできなかった。
『君の中に眠る力を受け入れれば、君の運命は大きく変わる』
それで自分は約束を守れるのだろうか。
『それは決して楽しい事ばかりではないよ。それでも君は前に進むのかな?』
『――そんなの、当たり前だろ』
* * * *
「はっ!もう死んじまったのか!?雑魚のくせに粋がりやがって!」
リクの身体を蹴る男は、叫び声もあげず、全く動かなくなったリクの身体を最後に1度大きく蹴り上げ、仲間の2人の方へと踵を返した。
「あぁ?満足したのか?」
「あのガキはもう死んだよ。お前の毒でな」
「ひっひっひ、あ、あの毒を喰らって生き延びた奴は、い、今まで、い、いない」
目的を殆ど果たした男達はのんびりと未だに意識が戻らないレオに目をやる。
「そんじゃぁ、こいつと?こいつの女を殺しに行った2人が戻ればぁ、依頼完了ってこったぁ」
実はこの男達は3人ではなく、5人で行動している、殺人を生業とした元冒険者集団であった。問題を起こしてギルドを永久追放されたのだが、全員が元銀等級という事もあって、多方面から暗殺の依頼は絶えないのであった。
「報酬の割には意外と楽な――、」
話しかけていた氷魔法の男が言葉を止める。彼は先程まで、創造魔法の男がいた方を見ながら目を見開いている。それを不審に思った2人も振り返り、言葉を失った。
「おいガキ!!!てめぇは死んだはずじゃ!?」
「ひっひっひっひっひ、あ、あり得ない!あ、あの毒で、し、死なないなんて!!!」
彼らが見ている先で、死んだと思われていたリクが立ち上がっていた。3人が驚愕の表情を隠さずにいるのには一瞥もくれずに、リクは自分の全身を触って確かめ、軽くその場でジャンプをし、調子を確かめる。そのまま少しの間目を瞑り、考え込むと目を開き微笑んだ。
「なるほどね、大体わかった」
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