期待の大型新人

 「おい、モルド!優しくしてやれよ!」


 「すぐに終わったら詰まんねーぞ!」


 「ぎゃははは、任せとけ!今日一段とおもしれーのを見せてやるよ!」


 ギルドの奥にある訓練場。そこは想像していたよりかも広い場所であり、幾つかの場所に区切られている。ここでなら区切られたそれぞれの場所で各々が訓練を行えるはずだ。


 「ギルドって便利なんだな」


 「君、本当に大丈夫なのか?モルドは実際口だけの冒険者じゃないんだ。実力もある」


 後ろからエリックとか言う名前の冒険者が先程から何度も声をかけてくるが、いい加減鬱陶しくなってきた。早く模擬戦が始まってほしいのだが。


 「おい!模擬戦はまだ始まらないのか?」


 「へへへ、そう焦るんじゃねー。もうすぐ……お、やっときたか」


 モルドが顔を向けた方向に目をやると冒険者が続々と入ってきていた。


 「これは?」


 「モルド!お前はまたそうやって!!!新人との模擬戦は見世物じゃないんだぞ!!!」


 「何言ってんだ~?訓練場への立ち入りは自由だろ?偶然その時に模擬戦をやってたって、何の不思議もねーよなー?」


 モルドとエリックの2人が口論をしている間に、次々と冒険者が集まってくる。どうやら本格的にこの模擬戦は見世物となってきたようだ。どうやって集めたのかは知らないが、既に20人を超える冒険者達がこの場を囲っている。道場でも周りに見られながらの模擬戦は何度もやってきた。今更こんなことで緊張はしない。


 「よーし!!!それじゃあ銀等級冒険者として、新人との模擬戦を始めるぞ!!!」


 モルドの声に場が沸き立つ。どうやら奴の仲間が自分の事を期待の大型新人と吹聴して回ったのだろう。よくみると一部の人間はモルドに対して不満そうな顔をしている。彼らがここに来た理由はモルドが新人をいたぶるのを見たいわけは無く、むしろその逆か。


 「だったら、尚更真面目にやらないとな」


 「そうさ!直に終わったら詰まんねーだろ?お前の全力を見せてみろよぉ!」


 模擬戦を始めるために訓練場の真ん中へと歩き出す。その時誰かに名前を呼ばれた気がしたのでそちらを振り向く。あれは、竜車の中で知り合った冒険者だ。彼はこちらに手を振ってきていたので、こちらも手を振り返す。


 「なんだ、お友達か?精々情けない姿を見せないように頑張るんだな!ガハハハッ!」


 「……」


 これ以上、奴の無駄話に付き合う必要はない。自分は母親から学んだ教訓をただ実行するだけだ。


 互いに中央に距離を開けて立つ。モルドの武器は戦棍せんこん。所謂メイスと呼ばれる、打撃用の武器。訓練用の為、木製だが。直撃したらただではすまないだろう。


 「え、えー、それでは、これより等級確認用の模擬戦を行います。両者ともに準備はよろしいでしょうか?」


 「さっさと始めろ!」


 「……」


 訓練場に新たに現れたギルド職員が確認を始める。自分は無言で頷くが、職員はこちらを怪訝な顔で見つめている。


 「どうかしたのか?」


 「いえ、その、武器はお持ちではないようですが。大丈夫ですか?」


 「武器は必要ない」


 「はっ!雑魚が粋がりやがって!おい、さっさと始めるんだよ!」


 「は、はい。それでは模擬戦開始!」


 「おらおらおらおら!!!!」


 開始と同時にモルドが無数の岩を飛ばす、どうやらモルドは土魔法を使えるようだ。大した脅威ではないので、全ての岩を容易に躱しきる。


 「はっ!守ってるだけだと勝てねーぞ!」


 モルドが地面に手を突くと地面から岩が突き出しながら、こちらに向かってくる。さっきの魔法に比べれば範囲は広いが、発動速度はかなり遅い。横に跳び躱す。


 「喰らえやぁ!」

 

 両手を地面ついていたモルドが魔力を高めると、自分の両脇から土壁ができ、一気に潰そうとしてくるが足に魔力を込め、跳躍。そのまま土壁の上に着地する。


 「おらどうした!守ってるだけか?そこから魔法を放ってみろよ!」


 「おい、モルド!魔法の威力が高すぎるぞ!」


 「うるせぇ、エリック!あいつは回避してるんだからいいだろうが!どうした、さっさと魔法を打ってみろ!」


 わざとらしく、周りに聞こえる程に大きな声でこちらを煽ってくるモルド。なるほど奴の狙いはそういうことか。


 「どうした?魔法は使わないのか?……ぷっ、くくく、そうだったなぁ!お前はぁ!使わないんじゃなくて、使えないんだよなぁ!!!」


 こちらに魔法を放ち続けながら笑い、大声で話し続けるモルド。エリックが言っていた、こいつが新人をいたぶるために模擬戦をやっているのは本当らしい。


 「お前は魔力適性が無いんだもんな!!!ギャハハハハ!!」


 モルドの発言に周りで模擬戦を見ていた冒険者達がざわめき始める。


 「え?魔力適性が無いなんてあるの?」


 「偶にいるんだよ。まあ、何というか、可哀相だよな」


 「でも、あの人は本当に使えないのかな?」


 「モルドの魔法を全部躱すだけで、まだ一回も魔法を使ってないぞ。多分本当だ」


 「あの動き。身体強化は使ってるのか?」


 「たかが身体強化だけじゃあ、無理だよ。魔法には勝てない」


 「まあ、近寄れないんじゃ意味が無いからな」


 散々な言われようだが、昔は村でも自分はこんな扱いだった。どこか懐かしく感じてしまう自分がいて、思わず笑いを堪える。


 「魔法も使えない雑魚がなぁ!冒険者なんかになれるわけがねえんだよぉ!」

 

 こちらの回避の着地位置にモルドが魔法を放つ。完璧な着地狩りだ。こちらが多少油断をしていたとはいえ、奴にはしっかりと隙を狙える程度の実力はあるらしい。これで大体わかった。


 「おらぁ!死ねぇ――は?」


 「……ふぅ」


 「お、おい、あいつ、何をしたんだ!?」


 「モルドの魔法があいつに当たったと思ったら、変な方向に?」


 「まさか反射魔法か?でもあいつは魔法が使えないってモルドが言ってたぞ!」


 「違うぞ、俺は後ろから見てたから分かった。あいつは魔法を殴ったんだ」


 意外と帝都でも知られていないのか。より多くの冒険者がいる帝国内であれば知られている技術だと思ったのだが。


 「なんだってんだよぉ!!」


 再びモルドが魔法を放つ。久しぶりに魔力弾きの訓練といこうか。




 * * * *




 「へ?エリックさん、魔法って叩き返せるものなんですか?」


 ざわめく訓練場内。その中心で行われている模擬戦を後ろから見ていたエリックと受付員のセレン。受付員は驚きながらエリックに尋ねる。だが質問をされたエリックも目を見開き、驚愕を露わにしていた。


 「い、いや、僕も聞いた事が無いぞ。魔力量が多ければ掻き消すことはできるかもしれないけど、跳ね返すなんて」


 「あれは、魔法反射マギカウンター、ですね」


 不意に隣から声がしたので、エリックとセレンは横を見る。


 「魔法反射マギカウンター?それは何ですか、ギルド長?」


 ギルド長と呼ばれた男性は、眼を細めながらモルドが放つ魔法を両手で跳ね返し続けるリクを見る。


 「私が冒険者だった頃、とある冒険者がやっていた技ですよ。それを我々は魔法反射マギカウンター、そう呼んでいました」


 そのままギルド長が説明した原理を聞いて、セレン以上に冒険者として、人とも魔法を用いて命を懸けた戦闘を頻繁に行うエリックの顔色が悪くなっていく。


 「――と、そのような技術です。言葉にすれば簡単そうですね」


 「そ、そんなのあり得ないですよ!不可能だ!相手の魔法と魔力量を瞬間的に一緒にするだなんて!一歩間違えれば、腕が吹き飛ぶんですよ!?」


 「そうですね、だから私達も、当時あれを当然のように行うその人物を恐れ、そして尊敬していました。まさか再び見れる日が来るとは」


 ギルド長はかつて王国の冒険者でありながら、帝国でもその名を轟かせていた冒険者を思い出す。


 「はははは、懐かしいですね。鬼姫ミズキ」


 エリックが青ざめ、ギルド長が懐かしそうに笑う中、訓練場の盛り上がりは最高潮となっていた。何しろ期待の大型新人と言われた冒険者が未知の技で銀等級冒険者の魔法を防いでいるのだから当然だ。


 「はぁはぁはぁ、糞野郎が、どんなイカサマをしてやがる」


 「訓練の成果だ」


 魔力を一気に消費し、息が上がるモルドに対してリクは己の両手を何度か握りしめ、魔力弾きの感覚が未だに鈍っていないことに安堵する。


 「よし、それじゃあ、行くぞ先輩」


 「あ゛ぁ゛!?」


 「今後暫く、いや一生魔力適性で誰かを見下せないようにしてやるよ。例え俺を忘れたってな」

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