君の名前は
「取り敢えず、ツバキの家でいいか?」
リクは現在、夜の村の中を歩いていた。この村は夜に出歩く人は殆どいないので。路上にいるのはリクである。しばらく歩いていると、向かい側から誰かが来た。1人ではない、3人組のようだ
「この時間帯に3人組ってことは、兵士の人かな?」
各村には王国から派遣された兵士達が滞在している。彼らは村の警護。時には村の周辺に現れた魔物や賊の討伐、撃退を目的としている。リクは道場の関係者であり腕も経つということもあり、彼らとは友好的な関係を築けている。このまま彼らの宿屋に泊めてもらうのも良いかもしれない。
「あの、すいません。ちょっといいで――」
「お前!!!何者だ!!!」
声をかけようとしたら突然剣を抜かれた。一体どうしたというのか。もしかしたら夜に防具を付けているせいで自分が誰か分からないのかもしれない。
「セイヤ!!!直に応援を呼んで来い!!!侵入者だ!!!」
セイヤと呼ばれた兵士が颯爽と去って行ってしまった。どうやら完全に誤解をされてしまっているらしい。これは本格的に早く解かないと、村中が大騒ぎになってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください!俺ですよ……リクです」
「そんな人物はこの村にはいない!」
この兵士は何を言っているのだろうか。もしかしたら最近新たに配属された新しい人なのか。確かに最近は村の周辺も平和であり、兵士の人達と会ってはいなかったのだが。何かがおかしい。
「……いやいやいや、リクですって!あそこの道場の師範レオとミズキ。その2人の息子のリクですよ!」
「馬鹿なことを言うな!レオさんとミズキさんに子供などはいない!」
「――は?」
父さんと母さんの間に子供はいない?それじゃあ自分は何なんだというのだ。真剣に状況の理解ができない。
「隊長!応援を連れてきました!」
「しかもお前……その血は魔物の物ではないな?」
「え?あ、いや、これは……」
「全員でこいつを取り囲め!待機所にも連絡を、賊が1名侵入。標的は既に殺人を犯している!」
混乱している間に兵士が自分の周りを取り囲んでしまった。おかしい、中には最近まで仲良くしていた兵士もいる。それなのに、彼らは自分を本当に殺人をした賊だと言わんばかりに睨み、警戒している。
「おい!無駄な抵抗をするな!」
理解できない話だが、彼らは本当に自分の事が分からないらしい。
困惑しながら周囲を見渡していると、周囲の民家からこちらを除いている人たちが何人もいる。全員見知った人たちなのだが、何故か彼らもこちらを警戒や恐怖の眼で見ている。その中にはジンとその家族がいた。道場に通うジンならばきっと―、
「おーい、ジン!ちょっと助けてくれないか!」
「ひっ!?」
名前を呼ばれたジンはびくりと身体を動かし、窓を閉めてしまった。どうやらジンですらも自分が誰か分からないらしい。
「――ちょっと……待ってくれ、よ」
信じられないし、意味も分からない。だがこの状態が全て物語っていた。今の自分に何が起きているのか。もしかしなくてもこれは確定の事実だ。自分は皆から、
「忘れ、られてるの、か?」
「よし、全員で賊を捕えるぞ。生死は問わん!」
「なんで……だよ……なんでなんだよ!!!!」
剣を抜き襲い掛かってくる兵士達の攻撃を何とか躱しながら耐え凌ぐが、このままでは殺される。個人の力では自分の方が勝っているが、多勢に無勢だ。それに何故か忘れられているとはいえ、村を守る兵士の彼らに危害を加えることはできないのだが、
「こうなったら」
攻撃を掻い潜り、何とか兵士の包囲網から突破する。多少打撃を加えてしまったが、鎧を装備している兵士なら問題はないだろう。包囲網は突破したが村を抜けるには彼らを越えていかなければいけない。残り1回の時魔法を使うしかないのか。
「あ!あそこですね!!!」
「待つんだ!!!我々だけで対処はできる!!!」
「いやー、一応私もこの村では実力者ですから!!!」
兵士達の外から元気な少女の声が聞こえた。緊迫している空気に水を差すような大きく、そして元気な声は夜の村に響き渡っている。忘れるはずもないこの声の主は。
「待つんだ!ツバキちゃん!」
「私にも貢献させてくださいよ!……とう!」
兵士達を飛び越え、月明かりの光を反射する綺麗な明るい茶髪を揺らしながら着地した少女―ツバキは顔を上げ、リクの方に視線をやる。
「侵入者!覚悟しな……さ、い」
リクの事を見て固まるツバキ。彼女を守るように兵士達が剣を構えながら前に出る。
「村の民に後れを取るな!我々の職務は、この村の防衛である!」
兵士達が再び迫ってくる。こうなっては埒が明かない。やはり時魔法を使って突破するしか、
「ま、待ってください!」
兵士達が攻撃をする直前、自分と兵士の間にツバキが割って入り、叫んだことで兵士達が攻撃を中断する。
「邪魔をするんじゃない!」
「ち、違うんです!この人を、捕まえるなって言ってるわけじゃなくて!で、でも何というか、なんか悪い人じゃないって感じがして。私も、知らないんですけど、他人じゃないって言うか……なんか……」
「いい加減にするんだ!君の戯言に構っている暇はないんだ!」
兵士に叫びながらも自分の前から動こうとしないツバキは、自分自身が何をしているのか理解していない様子だった。それでもツバキは自分の前から動かず、兵士達は動けずにいる。
「もう……いいんだよ、ツバキ。俺の事は気にしないでくれ」
「そ、そんな事言わないでよ。わ、私だって君の事なんて、全く知らないのに。それでも、守らなきゃって……リクを守らなきゃって思ったんだよ!」
「――ツバキ、お前」
不意の出来事に自分だけでなく、ツバキ自身も驚いていた。彼女は、はっとしながら自分の口に指をあて、たった今自分自身が無意識に口から出した名前を復唱する。
「私……なんで、君の名前、忘れてたんだろう」
その瞬間、心の中で何かが変化したのが感覚でわかった。時魔法をの使用限度が回復したのだ。さっきまでは
「もしかして……私は、君に……リクに会ったことがある、の?」
「……」
そういうことか。時魔法、魔力を消費しないが何かを消費している感覚はあった。それが
「でも、」
「あ、あれは!?」
背中から莫大な殺気を感じ、そして自分の後方にいるそれを見て恐怖した兵士達の反応を見て確信した。もうなりふり構ってはいられない。
「時間切れだな」
「今度こそ、殺す」
振り返ると、そこには刀を構え、自分を睨みつける母親が迫っていた。あの眼を見れば選択肢がもうない事は明らかだ。ここで彼女と対峙することは死を意味する。彼女の事はツバキでは止めることはできないし、これ以上、村に被害を出すわけにはいかない。
「待って!ミズキさん、リクは―、」
「もういいんだ」
ミズキの前に立つツバキにそう告げ。兵士の方に向かって歩き出す。何十人もの兵士達は全員剣を抜き、警戒しているし、後ろには鬼の形相をした母親だ。
「ありがとうな、ツバキ」
一度振り返り、ツバキに礼を言う。彼女が来なければ八方塞がりになっていただろう。だが、光明は見えた。
「待って、リク!」
「逃がさない。ここで殺す」
「総員警戒!」
「
ミズキの刀を躱し、そのまま兵士達に向かって駆け出す。剣を振ってくるが、遅い。そのまま兵士達の間を駆け抜け、村の外へと走り出す。後ろからミズキが
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