予選開始

 「それじゃあ、その優勝候補ってのはもう1人いるんだな」


 「うん、彼はまだこの予選では呼ばれていない。リクと同じグループになる可能性は高いだろうね」


 プリメラが暴れたことで荒れた闘技場の地面の修復は、間もなく終わりそうだが、それまでの間にリクはエリックから他の強力な参加者の情報を聞いていた。


 「リーダー、それって、あのヴィンスの事よね?」


 「ヴィンス?それがその冒険者の名前か?」


 「うん、プリメラと同じ、金等級ゴールドクラス冒険者だよ」


 エリックが言うには、現在の帝都には金等級ゴールドクラス以上は片手で数えられるほどに少ないらしい。というのも、近年は冒険者の実力の低下が際立っており、逆に過去にはもっと多くの金等級ゴールドクラスがいたらしい。


 「そういえば、ラヴァさんも……」


 リクは先日、ラヴァが似たようなことを言っていたのを思い出す。彼は最近の冒険者は見栄えばかり気にしていると言っていたが、それは実力の低下にも繋がっているのかもしれない。


 「それで?そのヴィンスってのはどういう奴なんだ?」


 頭に浮かんだ想像を一旦捨て、リクは予選に向け集中しなおす。仮にミゲリアの様に金等級ゴールドクラスと予選の時点で真っ向から衝突するのはリクにとっても得策ではない。


 「ヴィンスは、魔術師だよ――炎、水、風、土の魔力適性を持つ天才」


 「4種類か……それは聞いた事が無いな」


 この世界において、魔力適性は基本的に1系統が通常であり、2系統もそこまで珍しくは無いが、優秀な部類とされている。3系統もの適性を持っていればそれだけで、魔術師の素質としてはトップクラスと言われているなかで4系統となれば、それは天賦の才としか表現ができない程だ。


 「――そいつはどの魔法を主に使うんだ?」


 複数の適性を持っている場合、その中でその者に適している系統が存在し、その系統を極めていくのが魔術師だ。全体的に上げるのもいいが、それには異常なまでの鍛錬が必要になり、どっちつかずの器用貧乏になる事が頻繁に発生するからだ。


 「――全部だよ」


 「は?」


 「ヴィンスには、得意不得意がないんだ。彼は本当に全ての魔法を完璧に使いこなす」


 「だからアイツは天才って呼ばれてるのよ」


 「……なるほどな」


 4系統の魔法に適性を持ち、それら全てを完璧に使いこなす天才魔術師。それは考えられる限りでは、リクにとっての天敵の1つだった。魔法を使えないリクは圧倒的な魔法相手には回避しかすることができない。


 「魔力弾きは……厳しい、か?」


 ギルド内で使った悪趣味な魔導具によって、リクの魔力量は平均を超えていると判明していたが、相手がそれを上回る量の魔法を連発されては、いずれリクの方が先に魔力切れを起こしてしまうだろう。


 「でもね、リク、1つだけヴィンスについてはっきりと言えることがあるのよ」


 「何がだ?」


 「ヴィンスはね、目立ちたがり屋の馬鹿よ」


 頭を悩ますリクにミゲリアが告げた助言にエリックは苦笑いし、リクは対照的に無表情になる。


 「――どういう意味だ?」


 「そのまんまの意味よ。まあ、これ以上ヒントを上げるのも不公平だから、後は自分で頑張りなさい」


 「準備ができました!今から呼ばれた番号の参加者は闘技場に降りてきてください!」


 丁度いいタイミングで、ギルド職員が番号を読み上げていき、呼ばれた冒険者達が闘技場に降りていく。


 「――それじゃあ、いってくるか」


 呼ばれた番号の中にはリクの番号もあり、リクは闘技場の下へと降りていく。


 「頑張りなさいよ」


 「リク、気を付けてね」


 エリックとミゲリアの言葉に軽く腕を上げたリクは周囲の参加者を観察しながら、闘技場の壁際に立つ。


 「リクったら、壁際で大丈夫なの?」


 中央は危険地帯になりやすいルールだが、逆に壁に近づきすぎるのも常に脱落の危険性が付きまとう。リクを見てミゲリアが不満の声を漏らす。


 「ははっ、リクなら、大丈夫だと思うよ」


 自身の不満を軽快に笑い飛ばすエリックをミゲリアは横目で見る。


 「リーダーは、随分と彼を買っているのね」

 

 エリックが優しく、誰にでも分け隔てなく接する器の持ち主であることはミゲリアも知っているが、彼が他人の実力に関しては過大評価することは無いというのも知っているつもりだった。


 「リクは……僕よりも強いよ」


 エリックは帝都内でも強者として名前が挙がることもある。適正魔法が幻惑魔法であるため、対魔物特化であり、この闘技大会のような形式には向かないが、彼の実力は本物だ。


 「――それ、本当に言ってるの?」


 そんなエリックが、あっさりとリクを格上だと認めたことがミゲリアにとっては驚きだった。


 「本当だよ。模擬戦とかの形式ならやりようがあるかもしれないけど、本気の実戦なら――僕は手も足も出ないだろうね」


 エリックからすれば、仮にリクが本気で自分を殺しにきたとすれば、なすすべもなく殺されることを確信していた。彼には、横にいる仲間をあの魔黒竜グロスノアから一瞬で救ったリクの速度から繰り出される攻撃を防げる自信は皆無だった。


 「へぇ、そこまで言うなら、楽しみにさせてもらおうかしら。もしかしたら、本選でやるかもしれないからね」




 * * * * 




 リクは階段を降り、壁際の方面に移動しながら周りの参加者たちを観察していた。

 

 「……」


 帝都内の冒険者達の情報が無いリクは、彼らの魔法や、戦い方がわからない故に予想外の攻撃に対処しなければいけない可能性を危惧していた。その可能性を排除するためにリクが選択をしたのが、壁の近くで戦闘を開始するという手だった。


 「ここからなら、全体がよく見えるな」


 常に全体が見える位置にいれば、戦況を把握でき、場合によっては他の参加者たちの戦い方を確認でき、複数人を相手にする時も全方位ではなく、同方向からの相手だけを見ればいい。


 「それよりも気になるのは……」


  参加者全体を見て、リクが気になっていたのは、中央に立っているカラフルなローブを着た魔術師だった。他の参加者達は程度に差はあれど、緊張感を出している中、その魔術師は緊張感を一切出さず気楽にしている。


 「ってことは……あいつが」


 この距離では戦うことはそう簡単には無いだろうが、一応警戒しておくに越したことは無いとリクはその魔術師の事を頭の片隅に置く。


 「それでは予選を開始したいと思います!」


 ギルド職員の声が響き、闘技場全体に緊張感が張り詰める」


 「それでは……始めっ――うわっ!?」


 「――!?」


 開始の合図と同時にリクは大きな魔力と危険を感じ取り、守りを固める。その瞬間激しい突風が闘技場内に吹き荒れる。


 「うわぁぁあぁ!!!」


 防御が間に合わなかった参加者たちが次々と壁に激突し、脱落していく。そのまま吹き荒れる風の中、リクは魔力を制御し、身体の表面に魔力を分厚く展開する。優れた魔力制御力で作られた魔力鎧のお陰で、リクは吹き荒れる突風を何とか耐えきる。


 「――くそっ、いきなり派手な奴がいるみたいだな」


 突風により、開始して10秒も経たない内に残りの参加者は10人程度になっており、各々が防御に使用した魔法を解除していく。


 「はっはっは!よくぞ我の攻撃を耐えきったな、選ばれし戦士たちよ!」


 そんな中、静かだった闘技場に一際大きな声が響き渡る。声の主は闘技場に立っているカラフルなローブを纏った魔術師。それはリクが事前に注意していた人物だ。


 「お前たちは洗礼を乗り越え、我に挑む権利を得た!!!この帝都一の大魔術師、ヴィンスが相手をしよう!どこからでもかかってくるがいい!!!」 

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忘却の時魔術師 東雲潮音 @shinonome_shion

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