金等級冒険者

 「実際の所、ミゲリアは予選突破はできそうなのか?」


 ミゲリアの参加する予選を観客席から見ながらリクはエリック質問をする。彼から見てもミゲリアは一定の実力はあるように見えた。それでも帝都全体の冒険者の実力が分からないリクからすると、彼女が本選に出場できるかどうかは不明だ。


 「断言はできない。でも、チャンスはあると思うよ」


 開始の合図と同時に近くにいた冒険者に攻撃を仕掛けたミゲリアは、瞬く間に冒険者を戦闘不能にしていく。


 「ただ、当然だけどこの闘技大会にも、優勝候補はいる。彼らとの戦闘をいかに回避するかが大切になるだろうね」


 「優勝候補?それは誰なんだ?」


 「見ていけば、分かると思うよ」


 視線を競技場に戻すリク。ミゲリアは上手く立ち回っているようで、参加者の数は徐々に減っていく。


 「これは、良くないぞ……ミゲリア」


 エリックが渋い顔で見るミゲリアは現在3人の冒険者達に囲まれていた。今の所は上手く距離を取っているが、徐々に壁際に追い込まれていく。そのまま壁に触れれば、脱落となってしまうミゲリアは、決死の覚悟で3人の冒険者達に突っ込む。


 「傷は大丈夫そうだな」


 「リクが治してくれたからだろ」


 3人の攻撃を上手く捌き、ミゲリアは包囲網を突破する。彼女は追撃を回避するため、そのまま闘技場の中央に向かって逃れていく。


 「なあ、エリック。このルールだと中央にいた方が有利だよな?」


 この予選においての脱落の条件は壁に触れるか、戦闘不能になることだ。要は壁から離れて闘った方が有利と言えるだろう。それでも参加者によっては壁際で戦っている者達も多くいる。


 「そうなんだけど、そうとも言えないんじゃないかな?この条件だと仮に強い相手でも、相手を壁に触れさせれば勝ちなんだからね」


 このルールは必ずしも実力が反映されるわけではない。実力で劣っている者でも、徒党を組んだり、立ち回りさえ上手くいけば、生き残れるルール設定になっている。


 「どんなに強い奴でも、不意を突かれて壁に触れさせられたら終わり。つまり――」


 「そう、闘技場の中心には、その中で一番強い人がいる」


 周りの誰よりかも実力で勝っているのであれば、壁から最も離れている中央にいれば負けることはあり得ない。だが、それは相手が保守的であった場合の話だ。


 「――まずい!ミゲリア、逃げろ!」


 急に焦った顔で叫び出すエリック。リクも声のままにミゲリアの方を見ると、彼女の周りには他の冒険者がおらず、先程まで追撃していた冒険者達は追撃をやめるどころか、逃げるように彼女から距離を取り始めた。


 「リク――彼女が、この競技大会の優勝候補の1人だ」


 「あれは……どういう装備だよ」


 ミゲリアへと近づく長身の人物は、背丈の倍以上の長さの鉄槌を肩に担ぎながら。まるで予選などしていないかのように悠々と歩きながらミゲリアへと近づいていく。エリックが彼女と言ったことから、女性なのだろうとリクは推測したが、リクにはその人物の性別は全く分からなかった。


 「どうやったら、あんなにバカでかい防具と武器で動けるんだ」


 その人物の規格外の装備は武器だけでなく、防具もだ。分厚い鎧で全身を隙間なく覆ったシルエットは、もはや人のそれではなく、一種のゴーレムのようにも思える。


 「彼女はプリメラ。帝都にも殆どいない、金等級ゴールドクラス冒険者」


 「金等級ゴールドクラス……」


 金等級冒険者、それはリクからしても未だに計り知れない力の冒険者達だ。リクはこれまで元金等級ゴールドクラスのミズキと戦闘をしたことはあった。リク自身、あの時に比べ、現在の方が遥かに強くなった自信はあるが、当のミズキも全盛期から比べれば多少は衰えていた部分もあったことは彼にも想像ができた。

 あのプリメラという冒険者は全盛期の母親と同格と考えると、リクはその力は凄まじいものだと思いながらも、ここでその闘い方を見れることは幸運だと感じる。


 「ミゲリアに勝ち目は?」


 「――残念だけど。プリメラの実力は本物だ」


 会話の向こうでプリメラが、その長重量級の装備を物ともしない速度で駆け出し、ミゲリアに向かって鉄槌を振り下ろす。なんとか躱すミゲリアだが、鉄槌が振り下ろされた地面は大きく陥没し、周囲には亀裂が入っている。


 「おかしいだろ……あの破壊力を出す武器を、あんな簡単に振り下ろせるか?」


 質量は力となる。重いものを空中から落とすだけで、それはとてつもない破壊力を持った凶器となる。プリメラが放った一撃は、それを体現したような威力を伴っていた。それでもリクには理解ができなかったのは、それ程の重量を持つ鉄槌を先程から軽々と振り回しながら攻撃を続けるプリメラだった。


 「それは、僕にも分からないよ。彼女は帝国出身ではないからね」


 途方もない怪力の持ち主なのか、それとも何か特別な力があるのか。それはここから見たリクには判別がつかない。


 「あの速度の攻撃に加えて、あの威力……厳しいな」


 リクがそう呟いたのはミゲリアの事を心配したわけではない。リクは頭の中で、プリメラとの戦いを描いていた。彼女の一撃が必殺ながらも、止まることの無く押し寄せる暴力の嵐。それにどう対処するかをリクは自身をミゲリアの位置に投影して考える。


 「安易な反撃はできない……」


 回避に徹しながらも追い詰められていくミゲリアを心配するエリックをよそに、リクはその思考を更に巡らせていく。相手の動きの癖を見抜き、次に攻撃を予測。更にそこからの反撃の流れ。だが反撃をしようにも、あの分厚い防具を通す術が中々に思いつかない。


 「やっぱり魔法なのか」


 一通りプリメラの動きを見たリクは、続いて彼女の力の正体を考える。あの重量の装備を軽々と動かすためには身体強化では足りない。身体強化は魔力制御力次第では、瞬間的に爆発的な力を発揮するが、持続力には欠けるからだ。


 「何か特殊な……」


 そうなるとリクが考えられる線は、生まれ持った優れた身体能力か、魔法の一種。そこでリクは昨日、ギルドの資料室で読んだ本を思い出す。


 「――固有魔法」


 プリメラは何かしらの固有魔法を持っているのは間違いないとリクは確信する。


 「あれのタネが固有魔法なら……」


 小さく呟きながらリクは、仮にプリメラと対戦した時の対策を考えていく。実際に戦ってみないと分からない事は多く、分析だけで勝てる程金等級ゴールドクラスは甘くない事はリクも理解している。


 「終了です!!!!」


 リクの思考を遮るかのように声が響き渡る。ギルド職員の声が闘技場内に響き渡り、残っていた冒険者達の動きが一斉に止まる。


 「現在脱落していない4名が本選出場となります!!!」


 「エリック、ミゲリアは?」


 「――よく、頑張ったよ」


 ミゲリアの方をリクが見てみると、疲労困憊のミゲリアは仰向けに倒れ、今にも死にそうなほどにの表情を浮かべている。一方でプリメラはそんなミゲリアに何か一言告げ、リク達がいる観客席の方へと歩き出す。なんと上体を起こしたミゲリアは、エリックの方を見ると笑顔で腕を掲げたのであった。


 「まさか、4人になるまでプリメラの攻撃を躱し続けるだなんてね」


 「まだ予選を行っていない参加者は、地面の修復が終わるまで少々お待ちください」




 * * * *




 「ミゲリア、凄いじゃないか!」


 「はぁ……まあ、こんなもんよ」


 観客席に戻ってきてからも疲労でぐったりとしているミゲリアだが、彼女はなんとか予選を突破したのだった。


 「よくあのプリメラの攻撃を凌いだね」


 「まあ、ちょっとでも終わるのが遅かったら、確実にやられてた……運が良かったのよ」


 本来なら金等級ゴールドクラス冒険者相手に耐え続けたことは誇らしい事なのだが、獣人の戦士としてのプライドが高いミゲリアはどこか悔しそうに呟く。そのまま深く深呼吸をしたミゲリアはリクの方を向き、自慢気に微笑む。


 「どうよ?この予選の難しさが分かった?」


 「最初から油断なんてしてない。相手の力量を見誤るなと親に教わってきた」


 「へぇ……と良い事言うじゃない」


 ミゲリアのどこか挑発的な物言いにエリックは再び言葉を挟みたくなったが、リクが微笑んでいるのを見てエリックだけでなく、ミゲリアも意外そうな顔をする。


 「そうだな……最高の親よ」


 微笑みながらも、どこか寂しそうな口調で呟くリクと2人の間に沈黙が流れる。今となっては両親からも忘れられたリクからすれば、自身の記憶の中のレオとミズキの事を褒められるだけで、まるで自分と2人の間に繋がりがあるかのようにリクは感じられる。


 「――悪かったわね……余計なこと言っちゃって」


 リクの反応から彼と彼の両親の事を察したミゲリアが謝罪の言葉を口にする。そのままミゲリアはリクに手を差し出す。


 「さっきは……予選前の緊張で、少し言葉遣いが良くなかったわ……ごめんなさいね」


 「いいんだ、わざわざありがとうな」


 差し出された手をリクが握り、2人は握手を交わす。ミゲリアとリクの相性は決して悪くないと思っていたエリックは、それを見て微笑む。


 「改めてよろしく、ミゲリアよ」


 「リクだ」


 「予選、頑張りなさいよ、リク」

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