帝都4日目

 「思ってたよりも大きいな」


 闘技大会への登録を行った翌日、リクは帝都内にある闘技場の前にいた。昨日発表された闘技大会だが、帝都内で情報は瞬く間に広がり、既に闘技場の周辺には多くの屋台が立ち並び、まるで祭りのような光景が広がっている。


 「全く……呑気なもんだよ」


 帝都内の祭りのような雰囲気で忘れてしまいそうになるが、今も旧鉱山には魔黒竜グロスノアが潜んでいる。監視下にあるとはいえ、リクには奴の脅威を無視できずにいた。


 「入り口は、あそこか」


 リクは闘技場の入口へと進んで行き、昨日の登録時に貰った紙を見せる。


 「それでは、この先へ進んでください。最初に本選出場の為の予選を行いますが、詳しい説明は後ほどお伝えします」


 「ああ、わかった」 


 受付係に数字が書いた紙を渡されたリクは闘技場の中へと進んで行く。闘技場の内部は外見と同じように石材で作られているが、きちんと整備がされているのか、ひび割れなどは殆ど見受けられない。


 「こんなに大きいなんて、凄いな」


 階段を上りながら、実際に中に入ったことで更に大きさを感じ、リクは感嘆する。そのまま階段を上った後、暫く通路を進んで行くと、辺りが明るくなっていく。


 「ここが競技場の中央か」


 そしてリクが辿り着いた広大な空間には観客席に囲まれた闘技場が存在していた。観客席には既にリクより先に入場した膨大な数の冒険者達が腰を下ろしており、観客席の下にはリンドを含めたギルド職員達が立っている。


 「何人いるんだよ、これ」


 リクが来た時点で既に100人近い冒険者がおり、リクの後ろから続々と冒険者達が入ってきている。


 「やあ、リク。やっぱり君も来たんだね」


 冒険者達を眺めていると、リクに話しかけてくる冒険者がいた。


 「エリック、お前も参加するのか?」

 

 「いや、僕は参加しないよ」


 現在、帝都内でもリクの事を覚えている数少ない人物のエリック。現在、彼は防具を付けておらず、戦闘用ではない普通の私服を着ていた。


 「僕は魔黒竜グロスノアと戦闘したパーティのリーダーってのもあって、討伐隊に加わることは既に決定してるんだ。それで登録者のリストを見ていたら、リクって名前があったからね」


 「それで、わざわざ来たってことは、俺に何か用か?」


 「僕は君の実力をある程度は知っているから大丈夫だと思うけど――っと、予選の説明が始まるようだね」


 途中まで言いかけたエリックだったが、ギルド職員の男性が前に出てきたことで冒険者達の注目が彼に集まる。


 「これから闘技大会の予選を始めます。予選は参加者を4つのグループに分け、各グループで4人になるまで戦ってもらいます。本人が降参するか、壁に接触したら脱落となります」


 今いる冒険者達を4つに分けた場合、1つのグループの冒険者の数はおおよそ30人前後になるだろう。そこから4人にまで人数を絞ってから本選が開始される。つまり、本選に出場できるのは僅か16人となる。


 「予選のグループ分けは、受け取った紙に書かれている数字を基に行います」


 そのままギルド職員が数字を読み上げ、呼ばれた冒険者達は闘技場へと降りていく。リクは最初のグループでは呼ばれなかったようだ。


 「この予選について、一応忠告しておこうと思ってね」


 「忠告?」


 「帝都内でも冒険者達の繋がりが形成されているのは、君にも想像ができるだろ?」


 冒険者間の繋がりは、その場所で冒険者として活動するのであれば欠かすことはできない。人によっては不本意かもしれないが、他の冒険者達に嫌われると、情報を容易に手に入れることができなかったり、パーティを組むのも困難になる。


 「だから皆が知らない君は、これから行われる予選で他の冒険者達に狙われやすくなるってことだよ。――予選が始まるね」


 ギルド職員の合図と同時に冒険者達が動き出し、乱戦が始まる。乱戦に対応できず、武器を失った者や、魔法で壁まで飛ばされた者が続々と脱落していく。


 「リク、あそこを見てごらん」


 「――そういうことか」


 エリックに言われリクが見た位置では、1人の冒険者が4人の冒険者達に攻撃されていた。その冒険者はリクの眼から見ても、その4人の冒険者より実力はあるように感じられる。それでも4人の攻撃に圧倒され、最終的には武器を失ってしまう。


 「自分達より実力がある相手を、あんな風に事前に手を組んでいた仲間と協力して倒す。それがこういう形式ではよくあることなんだ」


 「俺は帝都内で繋がりは全くない。あいつらからしたら、格好の餌ってわけか」


 「うん、だから注意してくれよ」


 「大丈夫だ、対集団は慣れてるつもりだ。それに相手が飛竜や魔物じゃなくて、人間なら尚更な」


 「そっか、それなら――」


 「リーダー、あんたこんなところで何してるのよ?」


 「――」


 女性の声が聞こえ、エリックは思わず口を噤む。


 「なによ、急に黙り込んじゃって」


 その声の主は先日、リクとエリックと共に依頼を行った冒険者。


 「――ミゲリア」


 「今度は何?そんな顔しちゃって」


 気まずそうな顔をするエリックを見て、怪訝そうな顔をするミゲリア。そんな彼女はそのままエリックが話していたリクの方へと顔を向ける。


 「――それで、アンタは?」


 「リクだ」


 「リク?なんか聞いた事があるような名前なんだけど……」


 リクの名前を聞き、頭に指をあてながら耳をひくひくと動かすミゲリア。そのまま暫く考え込むと、はっとしたように顔を上げる。


 「そうだ……この前エリックが言ってた友達よね」 


 「あ……うん、そうだね」


 「アンタもこの闘技大会に出るのね。やっぱりお金目当て?それとも昇給狙い?」


 「……」


 「黙り込んじゃって、図星かしら?言っておくけどね、魔黒竜グロスノアは本当に危険なのよ。報酬目当てって軽い気持ちで挑もうってなら……舐めないでよね」


 獣人ならではの鋭い目を細め、リクを睨みつけるミゲリア。当然ながら彼女の記憶では、4人で魔黒竜グロスノアと戦闘したことになっている為、そんな彼女にとって軽い気持ちであの漆黒の飛竜と戦うものは願い下げだろう。


 「止めるんだ、ミゲリア。ここでそんなこと言っても意味が無いだろ」


 「でもリーダーも本当はそう思ってるんでしょ?」


 「――っ!そんなことはない!それに、リクは――」


 「いいんだ、エリック」


 リクの事を侮辱したような態度を取るミゲリアにエリックが怒りをあらわにするが、それをリクは静止し、静かにミゲリアを見据える。


 「報酬なんかに興味は無い。俺は……奴の被害者をこれ以上出したくないだけだ」


 「……そう、まあ口では何とでも言えるわよね。実力でそれを示してみなさい――私の番ね、それじゃあね、リーダー」


 終始リクに対して喧嘩腰だったミゲリアだが、彼女の番号が呼ばれたため、闘技場へと降りていく。


 「――ごめん、リク。君が彼女を救ってくれたことは、伝えられてないんだ」


 「しょうがないだろ、どうせ信じてもらえない」


 申し訳なさそうに謝罪するエリック。彼の仲間であるシルアとガーボンがリクに対して不信感を持っている事に加え、ミゲリア自身の負傷前後の記憶が曖昧なこともあり、エリックはミゲリアに事の詳細を伝えていなかった。それを伝える事が事態を混乱させるとエリックが判断したからだ。


 「彼女は、自分が1度負けたことを気にしているんだよ。ミゲリアは戦士としてのプライドが高いからね」


 「そうだな、気持ちは凄く分かるよ」


 闘技場内に響き渡るギルド職員の声と共にミゲリアの予選が始まる。リクとエリックは静かに彼女の戦いを見守り始めた。


 「――俺も次は奴を殺すって決めてるからな」

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