固有魔法

 「ギルドの資料室を使いたいんだけど」


 「貴方は……昨日エリックさんと一緒にいた人ですね」


 部屋をでたリクはギルドで受付をしていたセレンに話しかけていた。先程までは闘技大会に参加する冒険者達の対応に追われ、忙しそうにしていたが、一通りの登録を終えたようだ。


 「申し訳ありませんが、ギルドの資料室は冒険者の方を含めたギルド関係者のみとなっております」


 笑顔は崩さずに事務的に淡々と答えるセレン。リクが昨日確認を取った通り、やはり今の彼には資料室に入る権利が無いようだが、それはリクが1人の場合だ。


 「すまないが、彼は私達の付き添いだ」


 「貴方達は……」


 「問題ないだろう?ギルド職員なら、私達の事は聞いているはずだ」


 リクの横に立っていたアメリアがセレンに告げながら、視線でルナを示す。ルナは相変わらず何も言わないが、それでも彼女達の立場を示すには十分だったようだ。


 「――失礼しました。どうぞ御自由にご利用ください」


 「感謝する。行きますよ、姫様、リク」


 アメリアが先頭を歩き、その後ろにルナとリクが資料室に入って行く。資料室の中はそこまで広いわけではないが、隙間なく多くの本が並べられている。


 「ありがとうな、アメリア、ルナ」


 「こんな事でいいのか?」


 「ああ、どうしても調べたいことがあったんだ。だが、ギルド職員は2人の事を知っているんだな。やっぱり有名なのか?」


 リクは実際にアメリアに言われるまでは、ルナが勇者だということには気づかなかった。ルナはフードを被っているとは言え、ギルド職員なら勇者と判断できるものなのかリクは疑問に思ったのだった。


 「いや、流石にギルド職員と言えど顔を隠していれば、姫様が勇者だとは気付かれない。ただ今回は私達も魔黒竜グロスノア討伐に参加するからな。まだ公には発表されていないが、ギルド職員には既に知られている」


 「2人も討伐隊に加わるのか。だったら俺も頑張らないとな」


 王国が帝国と同盟を結ぶ為には力を示す必要がある。ならば王国の勇者であるルナが帝都の脅威に助力し、実力を示すというのも必要不可欠だと言える。


 「それじゃあ、2人は好きにしててくれ」


 リクは魔法に関しての資料を漁り始める。今回リクが調べるのは基礎的な魔法ではなく、固有魔法と呼ばれる種類の魔法だ。固有魔法は一般的な魔法とは異なり特殊な魔法であり、リクは自分が使える時魔法は固有魔法の一種なのではないかと疑っていた。


 「……全然無いな」


 魔法についての本を探すが、固有魔法について書かれている本は中々見つからない。リクはこの時は知らなかったのだが、固有魔法を持っている人は少ない為、調査には困難を極める。それ故に固有魔法についての研究もあまり進んでいない。


 「お、あった」


 暫く探した後、ようやく固有魔法についての詳細が書かれた本を1冊見つけ、手に取る。それは古びた本であり、固有魔法の発現について書かれているようだ。


 「なるほどね……ん?どうした、ルナ?」


 「……」


 本を机に置き、読もうとするリクにルナが無言で近づき、そのままリクの隣に着く。


 「一緒に読むか?」


 「……うん」


 静かに頷くルナと共にリクは本を読んでいく。


 「なるほど、固有魔法は家系や血筋に影響されるのか」


 本によると、固有魔法は家系に紐づけされることが多く、全員ではないが、固有魔法を持っている者が先祖にいた場合、子孫にも偶発的に発現するらしい。


 「父さんからも母さんからも、固有魔法については聞いた事がないな」


 レオもミズキも自分達の親の事はあまり話さなかったので、リクも詳しい事は分からないが、身内に特殊な魔法を持っている者がいたというのは聞いた事が無かった。


 「ってことは……俺は例外?」


 そこから先はいくら読んでも、有力な情報は得られず、特に代償として記憶に影響を与える魔法は固有魔法であろうが、一般的な魔法であろうが存在しないという事が分かっただけだった。


 「はぁ、駄目か」


 ここまで来て、何の情報を得ることができず、無駄足に終わったと分かると一気に精神的な疲労感がリクを襲う。これ以上読む必要も無いと判断したリクは本を閉じ、天井を眺める。


 「……ラティス」


 「ラティス?――って、あぁ、この本の著者か。ルナは知ってるのか?」


 無言で頷くルナ。このラティスという人物の本はこの資料室にも幾つもあったが、魔術方面に疎いリクは聞いた事が無い名前だった。


 「アメリア、お前もこのラティスって人は知ってるのか?」


 「その人物は魔導研究において有名な本を何冊も執筆しているエルフだ」


 「エルフ、か」


 帝都内でリクは2,3回だけエルフを見かけたが、他の種族である獣人やドワーフに比べると圧倒的に見る事が無かった種族である。


 「ラティスはエルフにしては珍しく、かつては世界を旅しながら魔導研究をしながら本を執筆していたそうだ」


 「エルフってのは基本的に森の中に住んでるんだよな?」


 「そうだ、だからラティスはエルフとしては異質な存在であるが、その知識を広めたことによって、私達の魔導研究も飛躍的に進歩したんだ」


 世界の魔導研究を1人で進歩させた存在。エルフの長い寿命もあってか、ラティスが正解を旅したのは100年以上前らしく、ラティスに直接会った人物は他のエルフ以外に既にいないとされている。


 「エルフ達が暮らしている場所はどこにあるんだ?」


 「彼らはここから南西に進んだ先にある森の中に住んでいるらしいのだが、具体的なことは分かっていない」


 一般的に言われている通り、エルフという種族は非常に内向的で外に出てくることは滅多に無いらしい。だからエルフと接触をするのであれば、森に赴くしかない。


 「住んでる場所が分かってるだけでも十分だ。教えてくれてありがとうな」


 「……まさかとは思うが、エルフの森に行くつもりか?」


 「エルフは魔導研究に長けてるんだろ?俺は自分の魔法の事が知りたいんだ」


 「それは止めておいた方が賢明だ。エルフはただ内向的というわけではない。時には彼らは予期せぬ来訪者に攻撃を仕掛けることもある」

 

 エルフが住んでいる森は基本的に立ち入りが制限されており、要人がエルフ側を訪れる際は、各国がエルフ側に事前通告をする形で訪問が実現している。


 「まあ、行く時はよく注意していくことにするよ」


 「はぁ、お前という奴は……」


 諦める様子が全く見られないリクにアメリアは頭を抱えるが、彼には譲れない思いがある。


 「それじゃあ、情報収集は終わりだ。本を片付けて――あれ?」


 「……ん」


 本を元に戻し、帰ろうとしたリクだったが、机を見ると本が既に無くっており、本棚の隙間から出てきたルナがこちらに戻ってくる。


 「ルナが本を戻してくれたのか?」


 「うん」


 心なしか、ルナの表情が普段とは違い、眼が光っているように見える。


 「本を戻してくれて、ありがとう、ルナ」


 「うん」


 ルナに感謝を伝えたリクは、2人と一緒に外に出る。帰るついでにギルド内で明日行われる闘技大会の参加申請もする。昨日と今日の件で、受付にいたセレンには何とも言えない眼で見られてしまったが、気まずいリクはなるべく目を合わせないようにし、そのままギルドの外に出る。


 「それじゃあ、リク、明日は頼んだぞ」


 「……ん」


 「――王国の同盟の為なら、俺もできる限りのことをやるだけだ」


 闘技大会に出るのは不本意な部分もあるが、王国、正確には故郷の村を守る為にリクは己の力を闘技大会で示そうと決めるのだった。


 「それが、約束だからな。――なあ、ツバキ」

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