闘技大会

「この俺、勇者ウォラプス・ベンドルフがここで宣言する!!!対魔黒竜グロスノア討伐隊参加を賭けた、闘技大会を開催する!!!」


 「うぁぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 「―――はぁ?」


 冒険者達の雄たけびがギルド内に響き渡り、ギルドの前にも多くの人が集まっている中、冒険者に囲まれたリクは唖然とした表情で口を開いていた。リクはそのままウォラプスの後ろに立っている4人に眼を向ける。リンドは無表情、アメリアとエリックは困惑、ルナの表情はフードに隠され見られない。


 「そんな事してる場合じゃないだろ……」


 討伐隊が早い段階で組まれ、魔黒竜グロスノアが監視されている事には満足どころか、帝国の素早い対応に関心をしていた。だが今発表されたことは、余りにも呑気であり、危機感が足りていないと言わざるをえない。

 突然、帝国の勇者が現れたことや闘技大会の発表で頭が追い付いていなかったが、冷静さを取り戻すと同時に怒りが込み上げてくる。


 「――ふざけやがって」


 リクは込み上げた怒りのままに、2階から冒険者達を煽り続けるウォラプスを見る。あの纏う空気とからも彼が強者なのは納得がいくが、事態を軽く受け止め、祭りのようにしか思っていない彼をリクは勇者とは認める事ができなかった。リクは苛立ちを抑えられず、ウォラプスを睨みつける。


 「――何をそんなに怒ってるのさ?」


 「うわっ!?」


 突然耳元で響いた声に驚き、リクは思わず叫び、それを聞いた冒険者達がリクの方を振り向く。


 「兄ちゃん、どうかしたのか?」


 「いや、大丈夫だ――どういうつもりだ、ルーチェ」


 落ち着きを取り戻し、他の冒険者からの注目を回避したリクは静かに呟く。


 「久しぶりだね、リク。元気にしてたかい?」


 フード内の耳元で突然発せられた声の主、精霊のルーチェはいつも通りの能天気なトーンでリクに話しかける。


 「質問に答えろよ。何しに来た」


 小さな声で周りに気付かれないように喋るリクは、顔を上げ2階を見ると、フードで隠れているがルナがこちらを見ているような気がした。


 「僕はルナの伝言係だよ。話したいことがあるから、後で来てほしいんだってさ」


 「それは……いきなりだな」


 「まあ、ルナが君をここで見つけたのも、偶然だったからね。だから僕がこうして、こっそりと来たわけだよ」


 「ああ、わかったよ――ちなみになんだが、お前の毛が擦れてくすぐったいんだけど」


 フードの中で動き回るルーチェの毛並みがリクの首元や、耳元を擽る。


 「ルナに会うまで僕はここに居るから、我慢だよ~」


 けらけらと笑う小さな精霊の能天気さに小さく溜息をつきながら、リクはギルド内が落ち着くまで待ち続けるのだった。

 



 * * * *




 リンドとウォラプスの発表が終わり、現在ギルド内では討伐隊に参加する資格を得るための闘技大会の登録が始まっていた。報酬金を欲した多くの冒険者達が列をなしていた。


 「ルナ達はあそこの部屋にいるよ」


 そんな冒険者達を尻目に、リクはギルドの中を進んでいた。


 「――今日もか」


 「あれ~?来たことがあるのかい?」


 「色々とあったんだよ」


 リクがルーチェに案内され、教えられた部屋は昨日彼がエリックと会話をした部屋だった。


 「リクの話も聞きたいけど、ほら早く入りなよ。ルナ達が待ってるからさ、早く早く」


 耳元で喋りながら首をぺちぺちと叩くルーチェ。リクには何故この精霊がアメリアからそんな敬意を払われていたのかが微塵も理解できなかったが、催促されたままに部屋の中に入る。


 「お、来たか」


 「……」


 部屋の中ではフードを外しているルナとアメリアが席についていた。リクが部屋に入ると、フードからルーチェが飛び出し、ルナの肩に乗る。


 「ルナ、言われた通りにリクを連れてきたよ」


 「ん」


 「リク、久しぶり……か?まあ、取り敢えず座れ」


 「久しぶりだな、ルナ、アメリア」


 ルナとアメリアは帝都で分かれた時とは何も変わっていないように見えた。ただアメリアはローブを外しており、騎士らしく鎧に身を包んでいる。一方でルナは今もローブを着ている。


 「それで、話って何だ、ルナ?」


 「……」


 リクが話しかけてもいつも通りに無言で彼をじっと見つめているルナ。無言の空気が流れる個室。因みにルーチェは既に消えてしまっている。


 「あー、私が代わりに要件を伝えよう。――リク、闘技大会に出場してくれないか?」


 「――理由を教えてくれ」


 何も言わないルナに代わり、突然アメリアから打診された、闘技大会への参加。


 「できれば、断りたいんだけどな。闘技大会なんかやっている場合じゃないだろ――ふざけやがって」


 2人は申し訳ないと思いながらも、この判断をした皇帝への苛立ちを隠すことができないリク。


 「俺は既にその魔黒竜グロスノアって奴と戦った。だから奴の危険性は分かっているつもりだ。――奴が帝都ではなく、王国に侵攻する可能性だってあるんだぞ!」


 怒りを抑えきれずに、思わず声を荒げるリク。魔黒竜グロスノアは帝国だけでなく、王国にとっても問題となりうるのだ。にもかかわらず、王国の勇者と騎士である2人にも闘技大会に参加してほしいと言われ、リクの心はかなり荒れていた。


 「その魔黒竜グロスノアが、王国にとっても脅威になるのは分かっている。それにそのような魔物が王国領内にも出現する可能性はある」


 「それは、分かってるさ。でもそれが大会に出るのと関係はないだろ」


 「それが、必ずしも関係ないとは言えないんだ。実は王国と帝国の同盟の交渉が難航していてな」


 顔をしかめるアメリア。ルナもどこか落ち込んでいるようにも見える。


 「皇帝は、王国と組むことによる、兵力の低下を懸念している。わかりやすく言えば、私達王国の力は信用されていないという事だ」


 兵力として1番の力を持つ帝国が他国と同盟を組む場合、帝国は他国に対して兵力を割き、時刻の防衛が疎かになる恐れがある。それが皇帝が危惧している問題であり、それを解消するためには王国側の力を示す必要がある。


 「闘技大会で王国側の人間が優勝でもすれば、帝国は私達の力を認めざるを得ない」


 「だから俺に闘技大会で勝てってことかよ」


 「申し訳ないが、私達がこの帝都内で信頼を置けて、実力がある王国の人間はリクだけなんだ」


 自分のような一般人が実力を示した所で、皇帝が考えを本当に変えるつもりなのかは眉唾物なのだが、リクとしても、王国には同盟を通して防衛力を高めてもらわなければ困る。


 「――わかったよ、ただ俺が本当に勝てるかどうかは分からないからな」


 「感謝するよ、リク」


 自分が村に戻れるようになるまでの間、外部からでも村の安全を固くしていこうと考えるリクは、闘技大会への出場を決めた。


 「……あり、がと」


 「――ああ、気にしないでくれ」


 アメリアに続き、ルナが感謝の言葉を口にしたことに驚きリクの反応が少し遅れる。これまで彼は意識していなかったが、前回別れた時に比べ、ルナの表情は多少だが明るくなっているように見える事にリクは気付く。


 「ルナ、少し変わったか?」


 「……うん」


 「それ、自分でいうのかよ」


 「この王都に来てからだが、姫様にも色々とあったのだ。特に帝国の勇者とな」


 「帝国の……勇者」


 その名前が出たことで、リクの頭には先程見た獣人の冒険者が思い浮かぶ。


 「帝国の勇者は獣人なんだな。帝国は他国との関りがあまりないと思ってたんだけどな」


 「帝国にとっても、獣人は例外だ。かつて魔王を封印し、この帝国を築いた狂戦士ブルートがそもそも獣人だからな」


 狂戦士ブルート、それはルナの先祖でもある剣聖ミカエラと共に戦った5人の勇者の一人だ。彼は勇ましくも、その激しい戦いぶりから味方からも恐れられたと言われている最強の戦士である。


 「その勇者のウォラプスについてなんだけど、家名が皇帝と同じだったよな?もしかして――」


 あの勇者の名前ウォラプス・ベンドルフ。それはこの帝国の名前であり、現皇帝であるブラキム・フォン・ベンドルフと一部が異なるが殆どが同じであった。


 「現在では冒険者と皇帝という立場の違いがあるが、彼らの先祖は狂戦士ブルートとその弟。だから血縁関係がある」


 言い伝えによると、約500年前、魔王を封印した後、ブルートは帝国の礎を築いたが、政治方面が苦手な彼は自身の弟に国を任せることにしたとのことだ。それでも現在では冒険者であるウォラプスに政治的な力が無いかと言われればそうでは無いらしい。


 「いずれにせよ、あのウォラプスって奴は一度ぶん殴らないと気が済まないな」


 「物騒だな……頼むから問題は起こさないでくれよ」


 「流石にな、多分大丈夫だよ……多分な」


 今日のギルド内での出来事を思い出し、再び身体から怒気を発するリクにアメリアは苦笑いをする。その国の勇者に何かをしでかしたら、それこそ国際問題に発展し、同盟などは夢のまた夢になる。


 「そうだ、2人共、これから少し時間あるか?」


 「……うん」


 「ああ、どうかしたか?」


 「闘技大会に参加する代わりってわけじゃないんだけど、頼みがあるんだ」

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