帝都の武具屋

 「よし、暫くはここを拠点にするか」


 適当にお手頃な価格の宿見つけ、ベッドに寝転がる。事前にアメリアから話を聞いていたが、帝都が混沌としているのはどうやら本当らしい。ここに来るまでの間に今まで本の中でしか見たことの無かった獣人が道を歩き、ドワーフが店を開いていた。冒険者の数のかなりのもので、それに応じて飲食店や宿もそこら中に存在していた。


 「冒険者同士の争いも多そうだな」


 少ししか歩いていないが、既に冒険者同士が争っているのを何度も見かけた。大抵の争いは兵士によって鎮圧されていたが、人目が付かない所ではそうはいかないだろう。慣れてないこの土地で不用意に路地裏を歩いたりするのは控えようと思う。再び問題を起こして帝都からも追い出されてしまっては、どうしようもない。


 「えーっと、冒険者ギルドはどこだ?」


 ここまでの道中の地図屋で買った帝都の地図を広げ、場所を確認する。買った地図は銀貨1枚であり、想像以上に高かった。話を聞くと、これは魔導具で作成された地図であり、購入時に魔道具が紙にその時点で登録されている帝都のギルドや店などの情報を正確に書き写すという仕組みらしい。しかも一度買えばそれ以降は銅貨5枚でいつでも情報を上書きできるという優れ物だ。一方で手書きの地図もあり、それは大体銅貨15枚程度で買えるらしい。銀貨1枚が銅貨50枚であることを考えると、かなり安く済むが、魔道具の地図に比べれば正確性に欠けるのに加え、情報の上書きはできない。短期滞在なら手書きの地図でもいいかもしれないが、自分は今回、帝都を活動拠点とするつもりなので高い方の地図を買った。


 「ギルドは帝都の中心にあるのか。ここから結構遠いな」


 地図で見てわかったが、帝都は自分の想像以上に入り組んでいて広い。帝国は帝都以外に村や町はあまり存在していないと聞いていたが、本当にこの帝都に全てが集まっているのだろう。


 「少し休んでから、出発するとするか」




 * * * *




 リクは帝都の喧騒の中を歩いていた。路上では多くの店が立ち並び、商魂を燃やしている。店の中には冒険者だけでなく、買い付けに来た商人や、護衛を付けた身振りがよさそうな者もいる。


 「ギルドは、もう少し先か」


 ギルドはこの道をもう少し先に歩いたところにあるようだ。何の問題なく登録ができればいいのだが。現状の持ち金は銀貨5枚と銅貨18枚。当分は暮らしていける額だが、いつ何が起こるか分からないので、早めに生活を安定させるのは大切だ。


 「ん?あれは、武器屋か?」


 ふと路上にある豪華な武器屋が目に入る。多くの冒険者が立ち寄っており、一見するとかなり人気のある店のようだ。興味がわいたので自分も立ち寄ってみることにする。時間はまだあるので大丈夫だろう。


 「……剣に、盾。それに鎧がメインか」


 店内に置かれている武器と防具は残念ながら自分には合わないものが、武器を見るのは意外と楽しいものだ。店内に陳列されている武具を一通り見る。


 「これは……」


 何というか、どれもこれもが性能以上に高く見える。物によっては柄の装飾のせいで値段が跳ね上がっているようにも感じられる。これらはボッタくりなのでは、とも思うが、他所の商売に口を出すのも野暮な気がする。お陰様で自分にはどれも手が届かない値段だ。そもそも買う気などないのだが。


 「これはこれは!お客様、何かお探しでしょうか?」


 「い、いや、俺は――」


 「見た所、お客様は剣士とお見受けします。もしや剣をお探しで?だったら私がお客様に最適な剣を見つけて差し上げましょう!」


 「ちょっと、俺の話を――」


 「例えばこれなどはいかがでしょうか!これはかつての帝都の金等級冒険者シラフが使用していた剣と同じデザインの剣でございます!どうですか?もしお客様が金等級の冒険者を目指すのであれば、やはり武器には拘らなければいけませんねぇ!そう!この剣を使いこなせればお客様もすぐに金等級の冒険者になれますとも!因みにお値段は金貨3枚ですがいかがでしょうか!?」


 「いや、俺は別に剣を探しているわけじゃ――」


 「おっと!これは失礼いたしました!では盾?それとも鎧をお探しでしょうか?鎧であれば、かの金等級冒険者センリが着用していたのと同じデザインの、この機動性に優れた上でアダマンタイト並の硬度を誇ると言われている我々が開発したこの特殊金属の鎧などはいかがでしょうか!?どんなに攻撃が優れていても、防御も必要な場面はありますよね?ええ、ありますとも!!!そんな時でもこの鎧があればどんな攻撃からもお客様を守ること間違いなし!!!こちらの鎧ですが、本来であれば金貨5枚ですが!!!……もしお客様が、先程の剣と御一緒に購入して頂けるのであれば!?本来なら剣と鎧で金貨8枚の所、特別に、お客様だけに!!!金貨6枚で差し上げましょう!!!……あぁ、こちらの心配はしないでください、このような販売をしたら私はオーナーに首を斬られてしまうかもしれません……ですが!!!私は心よりお客様の事を思って、特別にこのような値段でお譲りしたいと思います!!!さあ、いかがでしょうか!!!」


 「……」


 この店員は何を言っているのだろうか。余りの速い口調に何を言っていたのか半分も理解できなかったが、そもそもこの装備にそこまでの価値があるのかどうかすら疑わしい。帝都ではこういう接客が当たり前なのだろうか。村出身の自分には理解できない感覚だ。


 「えーっと、持ち合わせは、銀貨数枚だけなんだけど」


 「……」


 到底買えるはずもないし、買う気も無い。それでもはっきりと拒絶するのは何か申し訳ない気がするので、金額が足りないことを冷静に伝える。それを伝えると笑顔が固まった店員だったが、見る見るうちに表情が変化していく。


 「なんだよ、貧乏人の餓鬼か。冷やかしはお呼びじゃないんだよ。さっさと失せな」


 「――え?」


 「はぁ、聞こえなかったのか?貧乏人は失せろって言ったんだよ」


 周りに聞こえないようにこちらに圧をかけてくる店員。先程までからの変わりようが半端ないのだが、帝都ではこれが普通なのだろうか。


 「はぁ、すいません……でした」


 「ちっ、余計な体力を使わせやがって」


 訳も分からず軽く謝罪をし、店を出る。今の事は忘れて今度こそギルドに向かうとしよう。今度は寄り道などはせずにギルドに真っ直ぐ向かって――、


 「あれは……」


 出てきた店の脇から入った路地裏の樽に何かが刺さっているのが見えた。あれは刀だ。何故路地裏の樽に刀が刺さっているのか不思議に思い、樽に近づいていくと、小さな店を見つけた。看板は無く、地図にも載っていない寂れた店だ。それでも自分には先程の豪華な店より、この寂れた店の方が遥かに魅力的に見えた。


 「なんだ、小僧。勝手に触るんじゃない。冷やかしなら帰るんだな」


 樽に刺さっている刀を抜いて見ていたら、店の奥から声が聞こえ、小さな初老のドワーフがでてくる。一見すると呼ぼついているように見えるが、その眼は力に溢れている。


 「すいません、この刀……素晴らしいですね」


 「けっ、こんな汚い樽に刺さってる刀がか?」


 多くの者は、この刀の事をそこらの店に売っている剣よりかも劣る品と言うかもしれない。だが幼い頃から刀に触れてきた自分にはわかる。


 「この刀に使われている素材。多分ですけど、特に精錬もされてない、ただの鋼ですよね?」


 「……」


 こちらの問いかけに無言のドワーフ。だが彼の眼がそのまま続けろ、と伝えている気がした。


 「そんな素材から、この質の刀を作れるだなんて。信じられないですよ」


 「ほう」


 精錬されていない鋼では耐久性は期待できない。それ故にこの刀は、切れ味に特化しているのだ。これ程の切れ味を並の鋼で作ろうとしたとしても、大抵は作成途中で折れてしまうだろう。それを並以下の鋼で作ってしまうなんて、


 「――あの、俺の刀を見てもらえますか」


 「……中に入りな」


 ドワーフの老人に誘われ、店の中に入る。店の中には僅かに武器が置いてあるが、お世辞にも見た目が美しいとは言えない武器達だ。それでもその見た目に反して素晴らしい質をしているのがわかる。


 「お前さんのを貸してみな」


 「はい」


 彼に言われ、桜楓おうかを渡す。彼は受け取った桜楓おうかを鞘から出すと、じっくりと観察する。日頃から手入れは怠っていないはずなのだが、少し緊張する瞬間だ。


 「なるほどな……よく手入れがされている良い刀だ。それに使ってる奴が刀の事をよく理解してやがる。変な歪みも見当たらねーな」


 手入れが行き届いていると言われ安心する。もしこれで手入れができていないと言われたら、刀の事を教えてくれた両親に顔向けができなかった。


 「だが、惜しいな。この刀は完璧じゃない」


 「え!?」


 老人の言葉に思わず声が出る。先程まで言っていたことは嘘だったのだろうか。


 「この刀そのものは悪くない。問題は、こいつの魔力線だ」


 「……魔力線」


 魔力線とは、文字の通り、魔力が流れる線であり、自分はその魔力線を通して桜楓おうかに魔力を流している。因みに体内にも魔力線は存在している。自分が日頃から鍛えている魔力制御は、如何に素早く精密に身体の各部位の魔力線に魔力を移動させることができるのかが肝となる。


 「恐らくだが、お前さん、相当に魔力制御が得意だな」


 「鍛えてはいます」


 「こいつの魔力線は恐らくだがわざと複雑に組まれてやがる。この魔力線を簡単にすればこいつの切れ味はもっと上がるだろうよ」


 桜楓おうかの魔力線は意図的に複雑なものにされている。確かに自分も桜楓おうかに魔力を綺麗に流せるようになるまでは少し時間がかかった。事実、この刀を始めて使った戦闘では魔力を流すことができず、氷の鎧にかなり苦戦したため、自分の力不足を実感したのだが、


 「その刀の魔力線を簡単にできるんですか?」


 「ああ、ちょいと時間はかかるが、再構築してやれるぞ」


 桜楓おうかの魔力線を再構築してもらえば、更に切れ味が増し、これまでの様な複雑な魔力制御も必要となくなり、戦闘をより優位に進めることができるだろう。周囲の人間にも扱えるようになる。そこまでのデメリットではないはずだ。だったら自分は、


 「魔力線はそのままで大丈夫です。刃の調整だけお願いできますか?」


 「ああ、それでもいいが……本当にこのままでいいのか?」


 再度確認してくる老人に無言で頷き答える。これが偶然によるものだったら再構築してもらっていたかもしれないが、意図的だというのなら話は別だ。これは今まで気づかずにいたが、両親から自分への鍛錬を怠るなと言うメッセージだ。だったら桜楓おうかはそのままでいい。彼らの想いを蔑ろにはできない。


 「そしたら少し時間をつぶしておいてくれ。夕方には終わる」


 「ありがとうございます。それじゃあ」


 刀を老人に預け、店の出口に向かう。武器は無いが、一旦このままギルドに向かい、登録を済ませてから戻ってくれば丁度良い時間になっているはずだ。と、その前に聞きたいことがあった。


 「すいません」


 「あぁ?なんだ?」


 「俺はリクって言います。名前を聞いても良いですか?」


 「……ラヴァだ、よろしくな、リク」


 「ラヴァさん、ありがとうございます」

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