新たなる一歩
「俺、そろそろ師範代になろうって考えてるんだけど」
家での食事中、リクは唐突に口を開いた。彼の言葉を聞き、レオとミズキの手が一瞬止まる。
「なぜ、今なんだ?」
「今まではあんなにやらないって言ってたのに」
両親がリクの突然の提案に疑問を呈するのも無理はなかった。リクはこれまでも何度か師範代になる事を薦められていたのだが、実力不足を理由に断っていた。そんな彼が突然意欲を示したのだ。
「なんというか、俺も前に進まないとなって思って」
リクがこの決断をした理由は、ツバキの目標を聞いたからだ。彼女は新たな目標を見つけ、そこに向かって既に進み始めている。そんな彼女を見て、リクも新たな一歩を踏み出そうと決意したのだった。
「深い理由を詮索はしない。その決意は本物だな?」
「うん、もう決めたから」
リクの言葉を聞いてレオも覚悟を決めたようで、ミズキと目配せをする。少しの間、眼を閉じたが、それは一瞬だ。すぐに眼を開き、リクと同じ青い瞳を彼に向け。レオは静かに口を開く。
「試験は明後日の夕方、道場で行う。これは刀術を見る試験だ。魔法の使用は一切禁止とする」
彼の言葉にリクは静かに頷いた。
* * * *
「―というわけで、明日、試験をすることにしたよ」
「え!?」
翌日、いつもの丘の上でリクはツバキに試験の事を伝えていた。リクとしては軽く伝えたつもりだったのだが、ツバキはかなり驚いているようだ。
「師範代になったら、今までみたいに毎日模擬戦はできなくなるかもしれないけど。そこは諦めてくれよ」
「……そっか~、でもそれはしょうがないよね」
残念そうにツバキは言うが、師範代となればこれまでと違って、刀術を指導する立場となり、己の鍛錬のみに使える時間は必然的に減ることとなる。そうなれば模擬戦を毎日行うのも厳しくなるだろう。
「それじゃあさ!今から時間あるかな?付いてきて欲しい場所があるんだけど」
立ち上がったツバキはリクに尋ねる。リクが了承すると、ツバキは走り出した。
「で?どこに行くんだ?」
「へへ~ん、着いてからのお楽しみ、ってやつ?」
そう言いながらツバキ達は村から出て、近くの森の中へと入って行く。道中は木々が生い茂り、険しい山もあったが、そこをツバキは難無く飛び越えていき、リクもその後に続く。
「結構訓練になる道じゃないか。いつもここを通ってるのか?」
「ふふん、まあね?」
自慢げに鼻を鳴らすツバキ、険しい道中を会話しながら軽く駆け抜けていることからも、彼女が日頃からかなりの鍛錬を積んでいることがよく分かる。
そのまま暫く走り続けると、リクとツバキは少し開けた空間へと辿り着いた。そこでツバキが足を止めたのでリクも止まる。
「ふぅ~、ここね、私の秘密の訓練場」
「へ~、いい場所じゃないか」
そこは開けただけでなく、近くには川が流れていて穏やかな雰囲気が流れている。それでも穏やかでありつつ、どこか不穏な気配もする。
「おい、ツバキ。まさかこの辺りは……」
嫌な予感がして顔を強張らせるリクだったが、ツバキは笑顔を崩さない。
「よくわかったね。この辺は時々魔物が出るんだよ」
魔物。当然リクも知っている。どこかの魔王とかいう奴が原因で発生している獣の総称だ。奴らはなりふり構わず人を襲うので、このルクス王国内でも危険視されている。
「それも、冒険者になるためってことか」
笑顔で頷くツバキ。冒険者の主な以来としては魔物の討伐だ。その為にも早い段階で魔物を相手にすることに慣れた方がいいと彼女は判断したのだろう。とはいえ、冒険者登録もしていない人が魔物を単身で相手にするのは、常識外れなのだが、彼女の破天荒ぶりから言わせれば問題が無いのだろう。
「でも今日は魔物はいなさそうだね」
「そうだな、近くには何も気配を感じない」
リクの言葉を聞いてツバキは感心したかのような顔をして彼の事を見る。
「へー、そんなことまで分かるんだ。凄いねリク。魔法を使っているわけでもないのに」
「まあな、魔物の気配は何故か昔からわかるんだ」
嬉しい特技ではないのだが、リクは幼いころから魔物の気配に敏感だった。リクは覚えていないが、両親と遠出をした際も、移動中に突然泣き始めたことが多々あったそうで、そういう場合は必ずと言っていいほど魔物が出現したらしい。魔物が出現したところで、あの両親は一瞬で魔物を倒していた為、危険はなかったらしい。
「私よりよっぽど冒険者に向いてるんじゃい?」
「はっ、勘弁してくれよ」
冒険者に向いている特技ではあるが、冒険者に興味が無いリクとしてはありがた迷惑な話だ。そんな変わった特技などより、一般的に普通である魔力適性の方が欲しかったとリクは思う。
「それで?魔物はいないらしいけど、どうするんだ?」
「うん、魔物はいなくていいんだ……むしろいなくて良かった」
そう言いながらツバキの雰囲気一気に変わる。これまで模擬戦をしていた時にでさえ感じ取れなかった冷たい雰囲気にリクは一瞬だけ身震いしかけるが、すぐにいつもの態度を取り戻す。
「リク、刀は持ってきてるよね?」
「――ああ、刃引きしてるのだけどな」
リクは事前にもしも為と言われ、木刀ではなく、刃引きした刀を持ってきていた。ただ魔物もいなかったため、必要ないと思っていたのだが、ツバキの雰囲気から考えるにどうやらそうはいかないらしい。
「それじゃあ――手加減は無しだよ」
「!?」
瞬間、放たれた無数の炎が、リクに襲い掛かった。
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