手加減無しで

 「くっそ、まじかよ……」


 放たれた炎を後方に跳躍し、なんとか躱したリクは呟いていた。今の魔法の威力は当たっていたら軽い怪我では済む程度のものではなかった。それを殆ど予備動作もなく放たれたことにも驚いたが、そもそも彼女が突然魔法を放ったこと自体にリクは驚愕を隠すことができずにいた。


 「――ツバキ、本気なの……か!?」


 動揺していたリクの元に土煙を駆け抜けてきたツバキが刀を抜き、一気に斬りかかる。それを寸前の所で受け止めたリク。刀の向こう側にいるツバキの眼は酷く冷酷なものとなっていた。


 「その程度なの?魔法を使われたら、手も足もでない?」


 淡々と告げるツバキの口調は、普段とは違い別人のように静かで、淡々としている。そのまま斬撃を何度も繰り出すツバキだが、リクは全てに対応し、隙をついて蹴りを繰り出す。それを軽く躱したツバキは再び魔法を展開する。今回の魔法は球ではなく弓矢だ。矢を引いて狙いを定めるツバキ。


 「くそ!」


 黙って狙いを定めさせるリクではない。リクは身体強化で俊敏性を一気に上げ、縦横無尽に駆けながら距離を詰める。彼女の殺気を感じ取り、弓矢が放たれるタイミングを合わせ―、


 「!?」


 弓矢が放たれた瞬間、弓矢が一気に分裂し、10本となりリクに襲い掛かる。弓矢が1本だと高を括っていたリクは、回避ではなく迎撃に徹する。魔力を制御し、刀に魔力を纏わせることで炎の矢すらも受けとめ、叩き切る。たとえ刃引きされていたとしても、炎の矢を斬ることなどは動作もない。

 そこに再びツバキが炎を放ちながら接近。リクは炎を回避しながらツバキを待ち構えるが、


 「なっ!」


 突如、自分が立っていた地面が赤く輝き始めたため、リクは横へ飛ぶ。その瞬間地面から炎が噴き出し、虚空を燃やす。リクがその場に立ち続けていたら、全身を燃やされていたであろう。一息つく間もなくツバキの斬撃をリクは弾き返しながら考えていた。ツバキは何故いきなり攻撃をしてきたのか。しかもこれまでとは違い、あんなにも殺気をだし、別人かのように振舞っている。この斬撃だってそうだ。まともに喰らえば軽傷では済むはずがない。なぜ彼女はいきなり―


 「―しまっ!?ぐはぁ!」


 斬撃を防いでいたリクだったが、一瞬の隙を突かれ、蹴りを腹に入れられる。そのまま後ろに転がっていく。


 「はぁ、はぁ」


 ダメージは少ない。そのままリクは立ち上がる。ツバキは今もリクの事を冷たい眼で見つめている。彼女は再び炎の弓矢を展開し、リクに狙いを定める。


 「リク、言ったよね……手加減は無しだよ」


 ツバキは弓を放ち、先程よりも多く20本に増加した弓がリクに襲い掛かった。



 * * * *



 「リク、その程度なの?」


 炎の矢を受け、土煙の向こう側へと消えたリクを見ながら、ツバキは静かに呟いていた。

 

 リクが師範代になると言ったあの時、彼女が感じたことは嬉しさと同時に寂しさでもあった。これまで毎日のようにリクと模擬戦をし、訓練をしてきた。彼が師範代となればそれはもうできなくなる。そうなる前に彼女は知っておきたかった。彼の本気がどれ程のものなのか。リクは今のところ、ツバキの攻撃を上手く防いでいた。完全に奇襲のような形で攻撃を開始し、これまで見せたことのない魔法での攻撃を含めても与えられたのは、蹴りを一発のみだ。それだけで彼の実力が如何に高いかが良く分かる。


 「……違うでしょ」


 だがそれでもツバキが知っている本当のリクとは程遠い。彼女が知っている全力を出しているリクは、当時幼かった自分だけでなく、


 「くそっ、わかったよ」


 土煙から悪態をつきながら出てきたリク。結局いまの20本の炎の矢すらも完全に防いだようだ。息は多少上がっているが、負傷はしていない。素晴らしい技量だとツバキは表情に出さないまま感嘆する。


 「……手加減は無し。お前がそういったんだからな。ツバキ」


 そう言いながら、リクの雰囲気が一気に変化する。それまでは戦いながらもどこか温和な雰囲気を残していた彼だったが、それが完璧に消え、今となっては殺気しか感じ取れない。

 それこそが、ツバキの知っている全力のリクだった。当時、ハッセンを気絶させ、幼かった自分だけでなく、周りにいた大人達でさえも恐怖した全力のリク。


 「……!」


 一気に駆けだしてきたリク。彼に対し、ツバキは先程と同じように炎の球を無数に放つ。これでリクが回避をしたところで一気に距離を詰め―、


 「え?」


 ツバキは一瞬だけ呆気にとられた。リクは刀を持たずに腰に刺したまま炎弾に向かって突進していたのだ。そのまま炎弾がリクに直撃する――はずだった。


 「はぁ!?」


 急にに向かって飛んできた炎弾を焦ってツバキは躱す。回避したことで体勢を一瞬崩したが、瞬時に立て直す。だがリクは既に彼女の目の前に迫っていた。


 「くっ!」


 振り下ろされた刀を受け止めるツバキだが、これまで模擬戦で受けてきた全ての攻撃よりも遥かに重い。受け止めることが精一杯で攻撃に反転することができない。


 「あぁぁ!!」

 

 受け止めていたが、重心を一瞬ずらされ、体勢が崩れ、そこにリクの回し蹴りが炸裂する。後ろに吹き飛び木に衝突したことで地面に倒れるが、まだツバキは諦めていない。


 「くっ!」


 地面に膝をつきながら炎の弓矢を展開、前回ほどの余裕は無いため放たれた矢は10本だ。それでも一瞬でも時間稼ぎになる。その間にツバキは体勢を立て直そうとする。


 「まさか、これ程とはね!」


 10本の矢が放たれたリクだが、今度は一切スピードを緩めずに最低限の動きだけで矢を全て躱していく。反対側から見ていたツバキは、まるで矢がリクをすり抜けていったかのように錯覚する。そのまま距離を詰めたリクはツバキへと刀を振り下ろすが。


 「まだよ!」


 ツバキは地面に両手を当て、自分の周囲に炎壁を発生させる。この魔法はツバキがリクを仮想敵とした際、防御に利用できるとして密かに訓練していた魔法だ。自分を中心として炎壁を発生させれば魔法を使用できないリクは自分に近づくことができない。彼女はそう考えていたのだが、


 「嘘でしょ!?」


 リクは炎壁などまるでないかのように一気に壁を突破してきた。動揺を隠せないツバキをよそにリクは刀を抜き、


 「……俺の勝ちで、いいよな?」


 ツバキの首元に刀を当て、勝利を宣言した。どうしようもなくなったツバキはその場で両手を上げながら敗北を認めたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る