約束
「取り敢えず、聞きたいことがあるんだけど」
戦闘を終え、一休みしているツバキは同じく休憩をしているリクに尋ねていた。今の戦闘でリクが見たことも聞いた事も無い事をしていたからだ。
「なんだ?」
「私の魔法が跳ね返ってきたんだけど!?あれはいったい何なのよ!?」
ツバキはいままで魔法を訓練するのに際して、魔導書を読んでいたが、素手で魔法を跳ね返す術は読んだことが無かった。魔法の中には反射の魔法もあるのは確かなのだが。
「あー、あれは母さんから教えてもらった方法で、俺は魔力弾きって呼んでる」
リクが言うには、リクの母親であるミズキが冒険者時代に特技としていたものらしく、相手の魔力と同等の魔力を纏うことで相手の魔法を弾き返すことができる方法で周りは
「日頃の魔力制御と肉体訓練の成果ってわけね」
「とは言っても、俺の魔力量はそもそも多くは無い。だから限られた相手にしか使えないけどな」
リクはこう言っているが、何も知らない相手からすれば完全な初見殺しである。彼がこんな技能を会得していたことにツバキは驚きを隠せずにいた。
「あとは最後にどうやってほぼ無傷で炎壁を突破したわけ?」
これが彼女にとってのもう1つの疑問だったのだが、
「ん?あれは一応身体強化の応用だよ。身体強化は全身に魔力を纏うだろ?その魔力を身体の表面上で凝縮させれば一時的に簡単な鎧になる。魔法相手限定の魔力鎧みたいなもんか」
しかも魔力鎧を発動している最中は身体強化が使えないらしく、欠陥技術だとリクは笑いながら言うが、魔法を鍛錬しているツバキからすれば、それは信じがたいほどの技術だ。相手の魔法を見た瞬間に魔力量を判断し、それに完全に魔力量を合わせる
「余りにも……常識外れね」
「でも訓練すれば誰でも出来るようになる技術だから大袈裟じゃないか?」
リクは恐らく魔導書を読んだことが無いのだろうとツバキは予想する。魔導書を読めばリクの言っている2つの技術が如何に常識外れなのかがわかるのだが、彼のような訓練狂は分からないのだろうとも彼女は思う。
「今回は俺の勝ちだな」
リクの発言に同意しながら、ツバキは頭の中でこれまでの戦績を思い出す。これで99戦42勝57敗だ。あと1戦で100戦となるのだが、その事に関して確認したいことが彼女にはあった。
「師範代になってもさ、すぐに忙しくなるわけじゃないんでしょ?」
「うーん、父さん達から聞く限りはそうらしいぞ」
師範代になったからとは言え、すぐに弟子たちに稽古をつけるわけではないらしい。教える側が急に変わると弟子たちも困惑しやすいため、最初の内はこれまでと同じように稽古を付けながら、徐々に比率を変えていくらしい。
「それじゃあさ、明日は模擬戦はお休みにして、明後日にまたやろうよ」
「ああ、それでいいぞ」
ツバキとしては記念すべき100戦目は、リクが師範代となる事が認められてからの記念すべき1戦としたい。リクは別に気にしないかもしれないが、ツバキからすればリクとの100戦目は非常に大切だ。
「そしたら100戦目は、俺が師範代になった後だな」
「あ……」
それはツバキにとって意外だった、リクはあまり回数など気にせず、自分に付き合ってくれてるだけだと思ってたからだ。
「なんだよ?」
「――いや~、リクって回数とか覚えてるんだな~って」
事実、本気を出したリクに彼女は手も足も出なかった。リクが自分との模擬戦を多少は煩わしく思っているのではないか。今日の戦いでそんな不安が急に膨れ上がったツバキは、思わずリクの言葉への反応が遅れてしまっていた。
「そりゃ覚えてるさ……大切な幼馴染と切磋琢磨した日々だ、忘れるわけがないだろ?」
「……」
キザな言い方に普段だったら笑っていたところだが、それまでの不安な思いがあった為か、笑い飛ばすことができない。むしろ普段では意識しないであろう言葉に脳が引っ張られ、思わず顔が熱くなる。
「――ツバキ?どうかしたか?」
「な、なんでもない!そ、それより私、決めたの」
「何をだ?」
「リクが師範代として指導を始めたら、私は村を出て、冒険者になる」
リクが明日、師範代として認められるのならば、彼が周りに指導を本格的に始めるまでは1月も掛からないだろう。即ち、それはリクとツバキが共に村にいることができるのは、残り僅かである事を意味していた。
「……村を出たら、どこに向かうつもりなんだ?」
「うーん、取り敢えずは王都かな?色々あるだろうし、冒険者ギルドも一番大きいから」
村から王都までは地竜を使っても半日はかかる。そう簡単に行ける距離ではない。
「たまには村に帰ってくるか?」
「月に1回位は帰ってくると思うよ。ママも寂しがるからね」
これまでは毎日会って、模擬戦をしていたのにそれが月1回となると最初の内は慣れないだろう。それでも互いに新しい道を見つけ、歩み始めたのだ。野暮なことをリクは言うつもりはない。
「な~に、リク?もしかして私がいなくて寂しいの?」
ニヤニヤしながらツバキがリクの顔を覗き込む。寂しいというのは事実だが、それを正直に伝えたら彼女は絶対に調子に乗るだろう。
「……まあ、違和感はあるかもな」
それはリクの強がりだった。それでも彼女の決意を揺らがせるつもりは無い。かと言って自分が師範代にならないという選択肢もあり得ない。
「それじゃあ、約束しようよ」
「約束?」
突然ツバキが立ち上がり空に刀を掲げた。彼女は子供の頃、何かとあっては空に向かって刀を掲げていたが、成長してからはめっきりやらなくなっていた。リクも彼女がこうしているのを久々に見たのだった。
「私は冒険者としてどんなに有名になっても、月に1回は絶対に村に帰る」
「……じゃあ、俺は道場を継いで、ツバキが帰る村を護り続けるよ」
「うん、それじゃあ!」
ツバキは唐突にリクに向かって握った手を差し出した。握られた手だが小指だけが変に立っている。
「これは?」
「パパは約束をする時、いつもこうやってやってたんだって。ほら、リクも!」
言われるがままにツバキの真似をして手を出すリク。差し出された彼の手の小指にツバキは自分の小指を絡める。
「約束だよ!」
「ああ、約束だ」
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