鬼姫の息子
「色々とありがとな、ツバキ」
村に戻って壊した道の謝罪も済ませ、リクとツバキはいつもの丘の上で休憩していた。礼を言うリクだが、ツバキの顔は曇っている。その理由も、
「あーあ、昨日は勝ったけど、今日は負けかー」
「まあ、同じ理由で2日連続負けはしないさ」
リクの言葉にツバキは不満げだ。ツバキは、ここ最近がリクが伝えていた癖を治したことで昨日の模擬戦で勝利をしていた。リクは今回はそこを踏まえた上で更に対策を積んだことで今日の模擬戦はリクの勝利に終わった。
「98戦42勝56敗か。あともう少しで100戦だね」
「もう、そんなになるのか」
リクはツバキと模擬戦を始めてからの事を思い返す。とはいえ、元からリクとツバキは時々だが模擬戦を行っていた。それでもツバキが毎日やろうと突然言い出したのだった。
「今更なんだけど、どうして毎日模擬戦をやろうだなんて言い出したんだ?」
「あー、言ってなかったっけ?」
リクは今までは特に何も考えていなかったが、彼女がどうして提案をしたのかは尋ねたことが無かった。ツバキは少し言いずらそうにしているが、これまで100戦近く毎日模擬戦をやっていたのだ。今更、言いずらいなどあるのだろうかと彼は不思議に思う。
「実はさ、私、冒険者になろうと思ってるんだよね」
「……それは初耳だ」
「あれ、意外と驚かないんだね」
「……」
無言でいたリクだったが、内心はかなり驚いていた。彼女が冒険者志望とはいままで一度も聞いた事が無かった。それに模擬戦をしているし、実力があるとはいえ、彼女はそこまで戦闘が好きなわけではない。冒険者になれば魔物と戦う必要も生まれるし、場合によっては人とも戦う必要があり、命の保証もない。
「どうして、冒険者になりたいと思ったんだ」
率直な疑問だった。なぜそんなツバキは冒険者を目指したのだろうか。
「うーんと、パパの影響、かな?」
「……カザネさんか」
「うん、そう!よく名前覚えてるね!」
自分がツバキの父親の名前を知っている理由は、ごく最近あった出来事がきっかけなのだが、そこは流して彼女に話を促す。
「ちょっと前にさ、ママにパパについて聞いたの。そしたらママからパパの冒険者としての武勇伝、って言うのかな?そういうのをたくさん聞いてさ」
自分の父親の事を話すツバキの眼は活き活きとしている。彼女自身も父親と過ごせた時間は短いため、自分が知らない父親の事を知るのが嬉しかったのだろう。
「そしたらもっとパパの事を知りたいなって思って……だから!冒険者になる事にしたの。いろんな所に行けば、パパを知ってる人がいるかもしれないでしょ?」
ツバキの話を聞いたリクは彼女がどうして冒険者になりたいのかに納得はいったが、1つだけ腑に落ちない点があった。それは最初の疑問と同じなのだが、
「で?それでどうして俺と毎日模擬戦なんだ?」
「えー、そりゃさ、リクに勝ち越せるくらいの実力じゃないと不安じゃない?」
「それ、俺の事を馬鹿にしてるのか?」
「逆よ、リクの事を褒めてるんだよ」
ツバキ曰く、リクの実力は冒険者全体の中で既に平均を遥かに超える程らしく、そのリクに勝ち越すことができれば一気に冒険者ギルド内でも上位の実力者になれるそうだ。しかもリクの実力に関してはリクの両親のレオ、ミズキのお墨付きらしい。
「まあ、俺は冒険者になんてなるつもりはないんだけどな」
「リクってずっとそうだよね、村からもそんなに出たがらないし」
「俺は道場を継いで、この村を護っていければそれでいいんだよ」
リクは今まで既に多くの人に勧誘をされたことがある。それは冒険者だったりもするし、王国内での貴族の近衛兵だったりもした。実際リクの実力ならば、村の外にでればより多く稼ぐことができるだろう。それでもリクには村の外に出る気が皆無だった。
「この村でもあんなに嫌なことがあったのに、全然気にしてないんだね」
「そういえば、そんなこともあったな」
リクは幼い頃から優れた刀術で将来を期待されていた。それでもある日、その状況は突然変わった。原因は彼の魔力適性にあった。
「ただ魔法が使えないからって、皆それまで褒めてたのに……」
そう言いながらツバキの顔が曇る。一定の年齢を迎えると行われる魔力適性検査において、リクの魔力はどの属性にも適していないことが判明した。誰しもが何かしらの魔力適性を持っているのが普通とされる中、魔力適性が皆無という事は蔑まれることである。その為、それまでリクの事を褒めていた大人たちは、掌を返したかのようにリクの事を軽蔑し始めた。大人の態度は子供にも伝わり、いつしかリクは村の多くの人から蔑まれる対象へと変化したのだ。
「あの時の俺は、泣いてばっかりいたからな」
苦笑いしながらリクだが、当時の自分を振り返るとそれはひどいものだった。周りの人から否定され、常に泣き、家から一歩も外に出ようとせず、それまでは毎日行っていた刀の訓練も一切行わなくなった。
「私が遊びに行っても、絶対に出てこなかったもんね」
「そうだったか?」
完全に引き籠っていたリクだが、彼の両親は意外と甘くなかった。
「いつかは忘れたけどさ。突然母さんが部屋に入ってきて、そのまま庭に連れていかれたんだよな。しかもあの鬼の形相で」
笑いながら喋るリクだが、それを聞くツバキの顔は完全に引いていた。
「ミズキさんにあの顔で急に部屋に入ってこられたら、私なら気絶しちゃうかな~」
引いてるツバキを無視してリクは話を続ける。
そのままリクは庭で無理矢理、自身の母親と戦う羽目になった。しかも彼女はリクに木刀ではなく、真剣を渡し、自身は木刀で彼の剣をひたすらに受け止続けた。
「それって……本当に受け止めてただけ?」
「いや?普通に撃ち込まれ続けて、全身痣だらけになったぞ?」
更に引くツバキだったが、リクとしてはそれもいい思い出だ。
「それで母さんに言われたんだ。魔法を使わなくても、身体を鍛え続けて、そこに魔力制御を駆使すれば、そんじゃそこらの連中になんて負けるわけがないって」
「それで立ち直ったってわけ?」
「最初は半信半疑ってとこだったかな?」
最初は母親が怖いという理由もあって、それまでとは違い、訓練を始めたリクだったが、成果は思ったよりかもすぐに表れた。
「でも、ハッセンに勝って実感したよ。俺は強くなれるって」
「あぁ、あのハッセンね」
当時、リクの魔力の事が知れ渡ると同年代のハッセンが急にリクに絡むようになった。元々、ガキ大将だったのに加え、魔力適性が2つもあった彼は、一気に村の中で存在感を放つようになり、彼のいじめの標的として選ばれたのは、魔力適性が無いリクだったのだ。
最初はハッセンに怯えていたリクだったが、訓練を続けていたある時、リクはハッセンが放つ魔法が非常に遅いものだと感じた。そのまま身体強化で一気に距離を詰め、彼の腹に一撃を決めノックアウトしたのだった。
「あの時のあいつの顔は今でも覚えてるわよ」
「ツバキ、嫌味な顔してるぞ」
ハッセンなどの多くの魔法適性を持つ者は、魔力制御ではなく、魔法の精度、威力、種類の方に重点を置く為、魔力そのものは蔑ろにしがちだ。それに加え、そもそもの身体が出来上がっていないと、身体強化の恩恵も受けにくい。仮に魔力量で無理矢理に身体能力を上げても身体の方がついてこないのだ。
「でもあれ以来、村の皆がリクを見る目も変わったよね」
当時村でガキ大将だったハッセンに勝ったことで、村の住民たちもリクの事を再び認め、軽蔑の眼はなくなった。それでもしばらくはリク自身もかなり苦労した。
「逆に俺が暫くは怖がられてたからな」
「いくら相手がハッセンだったとはいえ、お腹を思いっきり殴って吹き飛ばしたのは不味かったかもね」
「いや、あれは正当防衛だぞ。先に仕掛けてきたのはあっちだ」
リクはそう言っているが、当時の2人の喧嘩を外から見ていたツバキからすればそうではなかった。彼女はリクに言っていないが、当時のツバキはリクから恐怖を感じていた。ハッセンが放つ魔法を躱しながら、全速力で駆け抜け、一撃で近くの木まで吹き飛ばした上で追い打ちをかけようとしたのだ。しかもハッセンはリクの一撃を受けた時点で既に気絶していた。にも関わらず、リクは相手が気絶している振りをしているかもしれないと、倒れた相手にもう一撃加えようとしたのだった。結果的にツバキと大人達が寸前のと事で止めたため大事には至らなかったが。その時のリクの形相は、まさに鬼だった。
「おっ、噂をすれば……お~い!ハッセ~ン!!!」
話をしていると、タイミングよく丘の下の道をハッセンが通りかかったため、リクが声をかける。ハッセンは一瞬身体をビクつかせ、会釈だけするとそのまま歩いて行ってしまう。心なしか、声を掛けられる前より歩く速度が上がってるのは気のせいだろうか。
「……鬼姫の息子」
「ん?何か言ったか?」
「いや……別に」
リクはよく母親を怒らせるとヤバイと言うが、リクも同様にヤバいと感じるツバキだった。
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