姫様

 「加速Ⅲアクセル・ドライ


 キラービーの大群が向かって来る瞬間に時魔法を発動する。数は多いが1匹ごとは強くないキラービーならばⅢで十分だ。発動したことで自分以外の世界の時の流れが減速し、1匹ごとの動きがはっきりとわかる。こうなれば後は攻撃を全て回避しながら敵を殲滅していくだけだ。残りの使用回数も考えれば、できるだけ少ない持続時間で全ての魔物を殲滅する。身体強化の魔法も重ね掛けし、更に速度を上昇させる。


 「き、貴様は一体」


 残りの魔物の数が少なくなってきた所で、女騎士の驚いている顔が横目に映るが今は構っている暇はない。残りは僅か数匹。キラービーは下手に取り逃すと巣から増援を連れてくると聞くから絶対に逃がさない。逃げるキラービーに追いつき胴体を両断し、これで全員討伐完了だ。


 「残り使用回数は……うん、大丈夫そうだな」


 今回は数が多いだけの魔物が相手だった為、そこまで消費せずに済んだようだ。それよりかも気になるのは、


 「ほら、大丈夫か?」


 「だ、大丈夫だ!1人で立てる」


 手を差し出すが、無視されてしまう。どうやら無事に動けるようになったようだ。改めて彼女の観察する。顔つきは整っており、如何にもな騎士と言った感じだ。装備もかなり上質なものだろう。それこそ庶民にはそう簡単には手が出なさそうな物に見える。


 「そ、それよりもだ。貴さ―いや、君の名前を教えてくれないか?」


 「リクだ。そっちは?」


 「私の名前はアメリア。リク、先程の無礼をお詫びする。申し訳なかった」


 アメリアと名乗った騎士は気を取り直したようで、先程まで罵詈雑言を叫んでいたとは思えないほどにしっかりとしている。あまりにも別人過ぎて少し引いてしまうが、それは心の中にしまっておくとする。


 「あ、ああ、気にしないでくれ。それより―、」


 「実は君の実力を見込んで頼みたいことがある。報酬は弾むぞ」


 「――あまりにも、唐突だな」


 「すまないが、時間が無いのだ。今ここで決めてほしい」


 身なりからしても、彼女は一定の信頼を置ける可能性はある。それでも先程知り合ったばかりの人物の頼みごとをその場返事で了承するのはどうなのだろうか。自分はこれでも指名手配されている身だ。無闇に力を貸すのが得策かどうかは分からない。


 「最初に依頼の内容、それとアメリア、あんたの身分を教えてくれ。話はそれからだ」


 当然ながら依頼の内容が分からない限り、受けるべきかどうかは不明だ。自分の目的地はベンドルフ帝国だ。これから王国に引き返すのは無理がある。次に彼女の身分。言葉遣いや装備から察するに貴族やその関係者だろうが、確認は必須だ。


 「了解した。依頼内容は賊達に捕まった我が姫の救出。そして私の身分だったな。私の名前はアメリア・ハイゼンベルク。ルクス王国に仕える王宮騎士団所属の騎士だ。」


 家名を持っているところからして貴族は間違いない。それは良いが問題は、


 「……王宮騎士団所属」


 これは余り関係を深めすぎるのも良くないのかもしれない。騎士団所属ならば彼女は指名手配のリストを覚えていてもおかしくはない。既に刀で戦闘を行うことは知られてしまっている。

だったら尚更フードで隠している顔を彼女に見せるわけにはない。それに加えてだ。我がの救出とアメリアは言った。ルクス王国と関りを深めるほど、いつ自分の情報が王国に行くかは分からない。


 「姫って言ったよな。もしかして……王族なのか?」


 もしその囚われの姫が本当に王族だとすれば、申し訳ないがこの依頼に関わるのは遠慮したいところなのだが、


 「いや、彼女は王族ではない。ただ……私がそうお慕いしているだけだ」


 少し顔を赤くしながら伝えてきたアメリア。思わず笑みがこぼれてしまいそうになったが、今一度真剣に考える。アメリアは王宮騎士団所属であり、囚われの姫とやらは王族ではない。そうなると問題は、


 「王宮騎士団所属ならアメリアに聞きたいことがある。黒い髪に青い瞳。そして刀を使用する男に聞き覚えはあるか?」


 「なんだ?探し人か?」


 「まあ、そんなところだ」


 「そうだな、私が知っている限りでは、そのような特徴の男は王宮では聞いた事が無いぞ」


 アメリアは自分の指名手配の情報を知らないことは恐らく本当だろう。そうなればこの条件もクリアされたとみていいだろう。これでこの依頼を断る理由は無くなった。


 「分かった、その依頼受けよう。姫様を助けに行こう」


 「そうか!君が力になってくれるなら心強い。よろしく頼む」


 微笑みながらアメリアがリクに手を差し出す。色々考えていたリクだが、正直な所、彼はこの依頼を断る気は無かった。その為、思考を巡らせながら無意識的に依頼を拒否する口実を潰していたリクだったのだが、彼にその自覚は無い。それにリクもどこでも常に顔を隠せるとは思っていない。しっかりともしもの為の対策は取っている。


 「ああ……よろしく、アメリア」


 「ほう、ようやく顔を見せてくれたな、リク」


 リクはフードを取り、と青い瞳を見せ、微笑みながらアメリアと握手を交わすのだった。




 * * * *




 この世界には魔力適性が無くとも魔法を使えるようになる魔道具が存在する。それはスクロールと呼ばれる紙の巻物であり、紙を開き魔力を込めることでスクロール内に封じられていた魔法が使えるようになる、と言うものだ。リクは護衛をしている商人から、幸運にも幻惑系統魔術の一種である擬態魔法のスクロールを複数入手することができた。そのスクロールを利用することでリクの髪色は現在、本来の黒ではなく紅である。それでも彼が基本的にフードを被っているのは、ルクス王国にいる間は常に警戒を怠っていない為である。


 「それで?なんでその姫様は捕まっているんだ?」


 リクとアメリアは森の中を移動していた。正確な位置は不明だが、賊が進んで行った方向をアメリアが覚えていたので、取り敢えずそちらの方向に進んでいる。リクが何気なく出した話題だったが、尋ねられたアメリアの表情が一気に芳しくないものへと変わる。


 「うう、情けない話なのだが。実は賊共に奇襲を受けてな。ひ、姫様は果敢に戦ったのだが、私が奴らに、捕まってしまった、の、だ」


 喋りながら眼が潤むアメリアだが、涙はなんとか流さずに堪えて話続ける。


 「そしたら、姫様が私の身代わりになると言い出して、奴らは姫様だけを連れていき。私には怒らせたキラービーの群れを押し付けてきたのだ」


 「なるほどな。こんな森の中だと、普段からここを生業にしている連中の方に地の利が働く。それでやられたってわけか」


 「わ、私は、自分が情けない。姫様に仕える騎士であり……ありながら、こ、こんな失態」


 「大丈夫だ、一緒にその姫様とやらを助ければ解決だろ?それに……ほら、見つけた」


 リクは地面を見ながらアメリアに話しかける。リクが見つけた地面には数人の人物が歩いた形跡があった。足跡の大きさから大柄な男性。しかもこの足跡はつい最近の物だ。


 「おお、でかしたぞ、リク!つまりこの足跡を辿れば」


 「ああ、連中のアジトに辿り着け――なんだ!?」


 突如、森の中に爆発音が響き渡り、辺りが騒がしくなる。動物たちは逃げ出し。再び爆発音が響き渡る。


 「な、なんなのだ、この音は!」


 「アメリア!あっちの方から聞こえて来るぞ」


 爆発音がする方へリクとアメリアは駆け出す。彼らが向かっている最中にも音は響き渡り、進むほどにその音も大きくなっていく。


 「あそこが音の発生源か?」


 森を抜けるとそこは崖下だった。そこは多少開けた空間で、人工的に切り開かれたのだとわかる。更に洞窟のようながあるのだが、その洞窟内から爆音が響き渡っている。


 「おい、リク!あそこにいる連中が姫様を攫った奴らだ!」


 「あ、あいつらが、なのか?」


 アメリアが指を刺した方向を見ると男達がおり、彼女曰く彼らが姫様と攫った賊らしいのだが、リクにはそう見えなかった。


 「ひぃぃ!!!助けてくれ!!!」


 「なんだあの女は!!!俺達の手に負える奴じゃねーよ!!!」


 「逃げろぉ!!!さっさと逃げるんだよぉ!!!」


 「――なあ……アメリア」


 「はい、なんでしょうか」


 「えーっと、あいつらが……本当に姫様と攫った賊なの、か?」


 「はい、間違いないです」


 リクの眼には化け物を見て逃げ惑う冒険者にしか見えなかったのだが、一度戦闘しているアメリアが言うのなら間違いはないのだろう。


 「誰もいなくなっちまったな」


 そうこうしているうちに洞窟周辺には誰もいなくなり、辺りを静寂が支配したかと思ったが。リクは何か気配を捕えた。洞窟の中から誰かが外に歩いてきている。


 「これは、2、いや3人か?何かが変だ。アメリア、警戒を」


 「了解です」


 リク達は洞窟から出てくる人物達の妙な気配を感じ警戒を強化する。そのまま遠くの木の陰に隠れながら観察を続け、暫くすると洞窟の中から人が姿を現したのだが、


 「あれは……どういうことだ?」


 洞窟から出てきたのは自分と同じくらいの年齢の少女だ。長い金髪に青い眼をした少女。普通にしていれば王都にいても映えそうな見た目なのだが、リクがその眼を疑ったのはその少女の両手に持っているだった。


 「アメリア、あの子が両手で引きずっているのも賊なのか?」


 「――あ……あぁ」


 「おい、アメリア聞いているの――」


 「ああああぁぁぁぁ!!!!!」


 「うわっ!っておい!」


 急に叫び出したアメリアがそのまま隠れていた木から出て、全速力で走りだした。突拍子もない彼女の行動に驚いたリクだったが、直に彼女の後を追う。


 「待て、アメリア!まだそいつが味方かどうかも――」


 「ひめさまぁぁぁぁ!!!!」


 「――え?」


 走り続けたアメリアはそのまま彼女がその少女に抱き着き、涙を流す。


 「アメリア、重い」


 「は!?申し訳ありません、つい」


 「お前は、誰?」


 突然、目線を向けられリクは驚く。実際は未だに両手で引きずっている男達が気になるリクだが、まずは自己紹介だ、


 「俺はリク。そこのアメリアに頼まれて、君を助けに……来たんだけど、な」


 「そう、ありがと」

 

 「――あ、あぁ」


 礼を言われたがどう反応すればいいのかリクは悩む。助けてほしいと頼まれてきたのだが、囚われていた彼女は無事のようだ。


 「君の名前は?えーっと、アメリアからは姫様としか聞いてないんだけど」


 「姫じゃない」


 「それは、知ってるんだけど、アメリアがそう言って――」


 「あ、それじゃあ!私が姫様の代わりに自己紹介を!」


 彼女の横に座り込んでいたアメリアが元気に立ち上がり、彼女の後ろに移動し、肩に手を置く。そのままリクの方を向き、


 「姫様の名前はルナ・リースフェルト!剣聖ミカエラの末裔であり。現在のルクス王国の勇者です!」


 「ん、よろしく」

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