愛くるしい見た目の白い狼
「騎士ってのは、案外野営に馴れているんだな」
リク、アメリア、ルナの3人は野営の準備を進めていた。リクが以外だと驚いたのはアメリアの手際の良さだ。そこら辺に散らばっていた草、木材、石を使い、彼女は無駄のない動きで焚火を組み立てていく。
「舐めてもらっては困るな。騎士団は遠征に出ることも多々ある。この位はお手の物だ」
あっという間に完成した焚火。そこに火をつけようとリクが火打石を取り出そうとしたのだが、静かにアメリアが静止する。怪訝そうにするリクの前で得意げな顔のアメリアは懐から小さな道具を取り出した。
「なんだそれは?」
「ふっ、まあ見て驚くがいいさ」
そう言いアメリアが手に持つ道具に魔力を込めると、道具の先端から火が飛び出し、草に引火。そのまま火は木に燃え移った。驚くリクを見てアメリアはニヤリと笑う。
「今のは魔法か?でもアメリアは炎は扱えないはずじゃ」
「ふっふっふ、これこそがこの世界でも限られた数しか存在しない代物。魔導具だ」
「魔導具?聞いた事が無いな」
興味深そうに魔導具を見るリクにアメリアが説明をする。魔道具と言うのは魔力を込めるか、魔石を使うことで誰でも魔法を発動できる道具であり、非常に希少な物だ。その製造方法は不明であり、誰が作ったのかも知られていない。年月によって劣化することも無く、永久に使用することができる。王国内では昔から保管されている物が僅かに存在しており、時折採掘場や森の中で発見された場合、途方もない程の金額が動くらしい。
「要はスクロールの上位互換って事か?」
「ああ、そうだな。まあこの魔道具は戦闘などには使用できない物なのだがな」
アメリアが言うには魔道具にも多くの種類があり、野営や日常生活でしか使えない物から、必要な魔力は多いものの、戦場で使用できる魔導具もある。
「もしも魔道具を皆が使えれば、生活はもっと豊かになるんだけどな」
「それは同感だ。だが先程言った通り、魔道具の作り方は分からない。そもそも、どうしてこのように魔力を込めるだけで機能するのかも不明だ」
王国内でも日夜魔道具の研究が続いているが、未だに分からないことだらけらしい。
そんな他愛もない事をリクとアメリアが話している中、気になったことをリクが尋ねる。
「そういえば、ルナ。さっきの得体の知れない白い狼は何なんだ?」
「リ、リク!?その言い方は……」
「――ルーチェ」
ルナへの質問を聞き、おどおどするアメリア。そんな彼女を気にせずに、ルナは一言だけ呟いた。
「ルーチェ……いや、名前を聞いてるんじゃなくて、あのよく分からない動物は――」
「得体の知れないとか、よく分からないとか、さっきから君は失礼じゃないかな」
急に声が聞こえたかと思ったらルナの眼前で魔力が集まり、そこから先程の白い狼が現れた。声のトーンの割に怒ったぞと言わんばかりにその狼は座りながら前脚を組んでいる。
「悪かったよ。でも余りにも説明が無い中、急に現れるもんだからな」
「そうか、そうか。それじゃあ自己紹介と行こうじゃないか!僕の名前はルーチェ。ルナの精霊さ!」
「精霊、か」
精霊と言うのは読んだがある。詳しくは知らないが、人の目には見えないがそこら中に存在しているとか。時には人と精霊は契約を結ぶ。そして結んだものは精霊を有する精霊術師と呼ばれる。ただこのルーチェと言う精霊は自分が読んだのとは随分と異なる。
「俺が本で読んだ精霊は、そんな動物の姿はしてなかったんだけどな」
「お、おいリク!ルーチェ様が相手だぞ、少しは口の利き方を」
「気にしないでくれよ、アメリア。彼には気を遣わずに僕らに接してほしいんだ」
「はっ!失礼しました」
いまのやり取りを見るだけでルーチェとアメリアの間にはルナと彼女のような関係性があるのがわかる。精霊と言うのはそこまで人から敬われる存在ではないはずのだが。
「いいってことさ。それでなんだっけ?そうそう僕の見た目の話か」
話しながらルーチェはルナの元を離れてこちらにやってくる。そのまま自分の周りを歩き回り、眼前で寝っ転がる。ちなみに動きは完全に狼のそれなのだが、当然のごとく空中を走り回っている。
「僕がこんなに愛くるしい見た目をしているのは、僕が大精霊だからさ」
「大精霊、か」
大精霊、それは精霊の上位存在であり、その力は国1つを滅ぼすことが可能とされている。ただ人への関心は無く、人前に姿を現すことすら極めて稀なはずだ。
「というか、自分で愛くるしいとか言うのかよ」
「でも実際こ~んな見た目してるわけだし。いいんじゃないかな」
遠吠えの真似をするルーチェは一見すれば大精霊には見えないが、さっきのルナの魔法を見ればその力はよく分かる。ただ分からないのは先程言った通り、無邪気で好奇心旺盛ともいわれる精霊と違って、知恵を持つ大精霊は自分達には無関心なはずだ。
「そんな大精霊のルーチェがなんでルナと契約を結んでるんだ?」
「まあまあ、そこは色々とあったのさ。別にいいんじゃないかな?いま僕がルナと契約関係にある。それが一番大切な事なんだから」
「確かに……それはそうだな」
わざわざルナとルーチェの過去を詮索する必要もないだろう。それにルナが勇者であると言うのなら、大精霊と契約を結んでいても納得できるような気もする。
「それじゃあ、僕はそろそろ休むとするかな。僕がこうしてここにいるだけで、ルナの魔力は消費しちゃうわけだし」
そう言いながら徐々にルーチェの姿が透明になっていく。
「精霊ってのは、そういうものなのか」
「まあね~、詳しい事はアメリアに聞けばいいよ」
「し、承知しました!」
全てを説明をするのが面倒だったのか、ルーチェはアメリアに話を振って消えてしまった。甲高い声で騒いでいた精霊が消えたことで、一瞬場が静まり返るが、咳ばらいをしたアメリアが再び話し始めた。
「えー、リクも知っていると思うが、ルーチェ様のような大精霊は本来、この世界に姿を自由自在に現すことができる。それは知ってるな?」
「ああ、それが精霊と違って大精霊についての情報が昔からある理由だろ?」
精霊は基本的に人の目には見えない。一部例外なのが、生まれつき精霊との相性が良い人だ。血縁も関係するが、それまで精霊と何の関りもなかった家庭に突然相性の良い子が生まれる場合もある。そんな彼らにしか見ることのできない精霊と違って、大精霊というのは自らの力で姿を現すことができる。
「そうだ、ただしそれは契約を行っていない大精霊の話だ。ルーチェ様のように契約を結んだ大精霊は、他の精霊と同じように基本的に自らの力で姿を現すことができなくなる」
「だから、ルーチェがここにいるとルナの魔力が消費されるってとこなのか?」
「それは欠点のように聞こえるかもしれないが、当然ながら利点もある」
この後アメリアから聞いた情報をまとめると、精霊術師が使用する精霊魔法と呼ばれる魔法は、通常の魔法とは大きく異なる。その最たる例は精霊術師自身が、精霊魔法の行使に魔力を消費しない事らしい。人は魔力を回復させるのに身体を休める必要がある。一方で、精霊は空気中に存在する魔素と呼ばれる物質を直接取り込み、魔力に変換。そこから魔法を発動できる。つまり精霊術師が魔力を使用し、精霊を顕現させている間、無尽蔵に精霊魔法を発動できるとのことだ。
「――待ってくれ。それって何か変じゃないか?」
「何がだ?言ってみろ」
「そもそもだ、精霊がその魔素ってのを直接取り込むことができるなら、変換した魔力で存在を維持すればいいんじゃないのか?」
簡単な話だ。精霊が空気から魔力を吸収するというのであれば、その魔力で存在を維持できないものなのか。
「それについてはマギとゴアの違いだ。精霊術師と契約した精霊は、空中から吸収した魔素からはマギにしか変換できないんだ」
「――なんだそのマギとゴアってのは?」
「は?知らないのか?初級魔導書の最初に書かれてる常識じゃないか」
「あー、すまん。魔法に関してはあまり知らないんだ」
「そ、そうか。まさか今更マギとゴアの説明をすることになるとはな」
魔法を行使できない自分はいままで魔導書を殆ど読んだことが無い。読んだとしても、どのような魔法が戦闘に用いられているかを調べただけだ。それ以外の魔法に関する知識は皆無と言ってもいいだろう。
「いいか?マギというのは私達が一般的に言う魔力の事だ。私達はマギを使用することで魔法を発動する。一方でゴアは、魔法では通常消費されない魔力の事を言う。このゴアは私達の生命活動を維持するために必須な物と考えてくれればいい」
「なるほど、マギとゴア。面白いな」
「例えばだ、流石にリクも魔力切れを起こした時の症状は知っているだろ?」
「倦怠感と嘔吐感だろ?」
「そうだ、その2つもマギが足りない中で魔法を使うことによって、本来は消費してはいけないゴアが減少することによって発生すると言われている」
「なるほど、そういう事か」
ここまでの説明を受けて、これまで魔力切れで発生する倦怠感と嘔吐感の原因に納得がいった。自分は過去、身体強化の訓練で魔力切れとなったが、無理矢理に身体強化を再度発動させることができた。その時に魔力が残っていないはずなのに身体強化を発動できたことに違和感を持ったのだが、それはゴアを消費していたと考えれば説明がつく。因みに無理矢理身体強化を発動させた後、嘔吐しながらその場で意識を失った結果。悲鳴を上げたツバキがそのまま叫びながら道場に駆け込むという珍事が発生し、自分は両親にこっぴどく叱られた。
「つまり、ルーチェは存在を維持するためのゴアをルナのマギから変換しないといけない」
「ああ、そういうことだ」
精霊術師について知るついでに2種類の魔力についても知ることができたのは幸運だった。今後、自分の時魔法を調べる際にもこの2つは重要になるのかもしれない。
「よし、話は後にして、何か食べないか?」
「姫様!野営の為に私が王都から選りすぐりの食べ物を――って、ひめさまぁ!?何食べてるんですかぁ!?」
「……」
アメリアが元気よくルナの方を振り向くと、ルナはすでに焚火の横に座りながら口をもしゃもしゃと動かしている。その手には何か握っているのだが、干し肉だろうか。
「だ、だめですよぉ、姫様!そんな安全かどうかも分からない食べ物を!そもそもどこで手に入れたんですか!」
「盗賊」
そう言うとルナは、ローブの下から大量の食糧を取り出す。どの食糧も王都で仕入れた物には到底見えない干し肉や木の実の部類ばかりだ。
「盗賊って……まさか!?あのアジトから食糧全部取って来たんですかぁ!?」
「ん」
「じゃ、じゃあもしかして、私の身代わりになったのは……アジトに行くため、とかです、か?」
「ん」
今にも泣きそうな顔でルナに抱き着くアメリアだが、ルナは意にも介さず黙々と干し肉を食べている。よく考えればおかしかったのだ。ルーチェを有するルナほどの実力者が、あの盗賊達に遅れを取るわけがない。とは言え、食料を確保するためにわざと捕まり、奴らのアジトに案内してもらうとは。
「姫と呼ばれるには、ちょっとおてんばだな」
「ひめさまぁぁ!!!せっかく美味しいのを用意してたのにぃぃ!!!」
「ん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます