全部あいつが悪い
「なっ!?待ちなさい!!!」
戦闘体勢に入っていたのにも関わらず、突然逃亡され、呆気に取られてしまった。このまま追跡をするかどうか考えたが、止めておこう。あの襲撃犯と自分の間には歴然とした差があった。相手は刀を抜くことなく、こちらの攻撃を全て躱した上、一瞬で勝敗を決せられた。本来であれば死んでもおかしくはなかったはずだ。
「取り敢えず、村に帰って報告かな」
奴は村とは反対の方向、王都の方向へと走って行った。となれば、警戒は抜けないが、即座に村を襲ってくることは無いのかもしれない。これは希望的観測であり、逆にあの方向に奴らのアジトがあり、そこから増援と共に再び村を襲撃するのかもしれない。一旦訓練は中止して村に戻るとしよう。
「伝えることは、逃げて言った方向と、他には、」
色々考えをまとめるが、1つだけ分からないことがある。
「一体何をしに私の所に……」
これが一番不明な点だ。奴は隠れる気もなく姿を現した。加えて戦闘の意思もなかった。攻撃も全てこちらの動きを止めるためにしたと考えてもいいだろう。奴が行った全ての行動を順を追って確認していく。最初に奴が行ったことは、質問だった。
「確か……俺を知ってるか、だったよね」
自分のことを知っているかどうかをあの逃亡犯は確認した。当然ながら今の村全体で道場の襲撃事件は話題となっているし、兵士が各家に手配書を配ってもいる。その特徴と同じ見た目、同じ装備をしていれば知っているのは当然だと言える。次の行動は戦闘だ、奴に繊維は無かったかもしれないが、それは関係ない。指名手配犯を捕まえるのは当然のことだ。そこで奴は回避に徹した上で一瞬でこちらを破った。
「しかも、上から目線のアドバイス!?意味不明よ!大きなお世話だっての!」
思わず森の中を走りながら叫んでしまった。思い出すだけでも腹立たしい。賊に呆気なく返り討ちにされただけでなく、戦闘の助言をされるだなんて、末代までの恥だ。これは報告する気は無い。イラつく感情を抑えて冷静に考える。
「リクって……誰?」
奴は自分に聞いてきたこと。それは名前だ。リクと言う名前。どこかで聞いた事があるような気もするが、極端に珍しい名前と言うわけではないので、聞き覚えがあっても不思議ではないのだが、何故か聞き馴染みがあるような気がしなくもないが、良く分からないので一旦保留だ。
「最後が……約束」
約束。自分にとっては馴染み深い単語だ。思わず自分の小指を見る。父親のカザネとは幼い頃によく約束をしていた。最近も母親のカリンと約束をしたばかりだ。だがこれもあの襲撃者の1人が言った意味が理解できない。
「あー、もっと私が強ければ!」
自分がもっと強ければ、奴を捕まえてこのモヤモヤを晴らせたのかもしれないと考えると、悔しさが溢れ出てくる。もっと強くなるためにも早く冒険者になった方が良いのかもしれない。母親は寂しがるかもしれないが、約束はした。
「どんなに有名になっても、必ず村には……?」
ふとした瞬間、片方の頬を熱い何かが伝っていくのを感じ、頬を拭う。拭った手の甲は何故か濡れていた。気付くと自分は片目から涙を流していた。思わずその場で立ち止る。
「あれ……なんで、私……」
片方の瞳から理由も無く流れた涙だったが、それは1滴のみで、直に平常心を取り戻すことはできた。それでも心の中は相も変わらずモヤモヤし続けている。こんなに心がモヤモヤすることは、今までどんなに悔しくても、道場での稽古や自主訓練が厳しくても無かったのに。
「あーもう!全部さっきの奴が悪いんだ!」
さっきの犯人に会ってから心のモヤモヤが止まらない。実力差を見せつけられ、知りもしないことを言われた。あいつを捕まえればこの心は落ち着くだろうか。そんなことは分からないが、確かめてみない事には何も始まらない。
「――あんな奴のせいで決心がつくだなんてね」
決心を胸に村へと走り出す。奴が向かって言ったのは恐らくは王都。だったら王都に向かい、奴を見つけて捕まえてやろうではないか。そうとなれば話は早い。すぐにでも旅に出て王都に向かおう。幸いにも奴の顔や装備は全て把握している。それに奴を探すヒントもある。
「リク、か」
リクという名前の人物。それこそが奴に繋がる鍵となるはずだ。何としても見つけ出してみせる。
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