第26話 蛇の話 12
フっと紅の姿が掻き消える。突然蛇の前に現れて蛇の顔めがけ短刀を振り下ろす。
深々と蛇の左目を縦に切り裂いた。
〈ああああああーーー〉
仙術【縮地】。離れた場所に一瞬で移動する技である。他の武道にも縮地と呼ばれる技はあるが、それはあくまで相手の意識や視界の隙をつき、特殊な足運びで速く動いているように見えるだけで実際に消える訳ではない。この縮地は紅が使える数少ない仙術の一つである。とは言え、本物の縮地はほとんど瞬間移動に近いが、紅の技術は拙く、あくまで武術と仙術を組み合わせた高速移動という程度である。
ペッと血を吐き捨て、短刀を振り上げ、同時にもう一度縮地を使い現れたと同時に振り下ろす。蛇の尻尾の先が切り落とされた。落ちた尻尾を蹴り飛ばす。
紅はのたうち回る蛇を見た。その視線に気づいた蛇が逃亡を図る。
〈なんだあれは!なぜこの体にこんなに易々と傷を!なぜ神を切れる?あの刀か!?〉
神になった体は弱い魔法や武器では深く傷つける事は難しい。それをあんな子供が簡単に切り裂いてくる現実に蛇は恐怖した。とりあえず一刻も早くここから、あの少年から逃げなくては。蛇はこの異界から逃げ出した。
池の畔から社を見守っていた桜は、突然社の周りの空間が揺らぎ、そこから飛び出す大蛇を見た。
黒くて分かり難いが、片目を潰され胴体からも血を流している。尻尾の先もないのか?
その蛇が社のある小さな島から池に飛び込み、桜のいるのとは反対岸に泳いでいく。
(なんだい、結局自分も戦ってるんじゃないか)
平和的に話し合いで解決するような事を言っていた紅に心の中で文句を言う。
暗くて気づかなかったが、蛇が向かう先に複数の人影があった。
(いつの間に!?こんな夜にこんな所に人が?まずい!)
池を周りあちらに向かう桜の周りに、姿を隠していた幹部たちも気づき合流する。
(早くここから逃げねば……)
池を泳ぎ切り上陸した蛇はその先の人々に気づく。その先には豪華な着物を着て、頭に大きな木の鉢を被った女性が立っていた。周りには着物姿の老婆と3人の童女。そしてもう一人こちらはジーンズにシャツの現代風な姿の若い女性。
〈おおっ、初姫殿、お助けくだされ!姫から借りたという鈴を持った子供に殺されそうなのじゃ〉
だが、それを聞いた姫が答える前に老婆が一喝する。
「たわけ!祀られて百年も経たぬこわっぱが!初姫殿じゃと?偉そうに、お姫様と対等のつもりか!」
「そうじゃそうじゃ」
「図々しい蛇じゃ」
「ミミズでも嫁にすればよい」
3人の童女も便乗する。
〈うう、お、お助けくだされ、初姫様〉
だが姫はそれを無視して冷たくつぶやく。
「私の愛し子に手を出したな?見ておったぞ」
「婆や」
「は」
姫の合図を受け、老婆が右手を上げる。すると雲一つなかった空に恐ろしい速さで黒雲が立ち込める。そして老婆が右手を振り下ろすと同時に、すさまじい閃光と轟音が轟いた。
離れていたからこそ、桜たちにはそれがよく見えた。閃光とともに巨大な稲妻が蛇に突き刺さるのが。
池の畔では黒焦げになった大蛇が転がっていた。ジュウジュウと音を立てるそれはもうピクリとも動かなかった。
「……なんやあれ……」
「ウソ……アタシあんな魔法知らない……」
「天候を操った?こんな短時間で?」
「あの蛇を……あんだけ苦労したのに」
「……」
「あれは勝てんなぁ」
幹部たち全員がそれを目撃し驚愕していた。
「帰ります」
倒した蛇の事などもう興味が無いかのように告げる。
3人の童女が黒こげの蛇の死体を頭上に持ち上げる。
「丸焼けじゃ」
「黒こげじゃ」
「苦そうじゃ」
老婆が先に立ち歩き出すと目の前の空間が揺らぎ、そこに入った老婆の姿が消える。
そこに蛇を抱えた童女たちが続く。
最後に歩き出した姫がふと立ち止まり振り返る。
「雪。今度はケーキが食べたい。苺が乗ったやつじゃ」
雪と呼ばれた女性、紅の姉が跪きそれに答える。
「かしこまりました。姫様、ご足労おかけいたしました」
「よい」
そう答えると姫は歩き出し、揺らぎに入ると姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます