第47話 狸の話? 5

 昼休み。いつもの面子でご飯を食べようと準備をしていると、紅がうきうきしながら提案する。

「あ、そうだ、がん……剛毅も一緒に食べ、」

 食べようと提案した瞬間、有海と覚にキッと睨まれる。

 シュンと項垂れて席に着き、教室を見回すと、剛毅の姿は無かった。

(どこか別で食べる人がいるのかな?)


(((空気読め!チョロ森!)))

(あらあら)



 やっと落ち着いてご飯を食べていると、覚が何気ないように話し出す。

「あのさ、妖怪っているのかな」


 それを聞いた女子たちが、一瞬何を言われたか分からず、そしてその内容を理解すると笑いだす。

「ぷっ、あんた何言ってんの?なんか子供向けのアニメでも見た?」

と、有海。

「は~、幽霊とかならまだしも妖怪?もう高校生だぞ?」

 と、輪。

「さーく、こほん、佐取君、そういうのは中学2年生までだよ?他で言ったら笑われちゃうよ?」

 と、他の二人と違い優しく諭す桃香。


「とう、うっうん、前野まで……、なんだよ人を中二病あつかいすんな!ただの世間話じゃねえか!」

 女子3人から責められて少し恥ずかしそうに反論する覚。そして紅のほうをチラリと見る。

 だが紅はそんな覚の視線の問いかけを無視して変化球を投げてきた。

「二人とも学校じゃ名前で呼ばないんだね?」

 覚と桃香の呼び方が学校と外では違う事に今頃気づいたらしい。


「「!?」」

 二人を見て輪と有海が声を殺して笑う。

「い、今はそんなのどうでもいいだろ!俺は妖怪の話してんだよ。人の話聞けよ」

 ちょっと恥ずかしそうに怒る覚。うつむく桃香。


「ああ、ごめんごめん。妖怪ね、そうだな昔の人はよく分からない現象を妖怪のせいにしたりしたよね。音の反響だったり、光の屈折だったり。今ではその理屈が分かって、科学的に解明したことで数は減ったけどね。まあ本で読んだりするのは楽しいよね。本なら」

 否定も肯定もせず創作なら楽しいと答える。


 

 今ほど電器などの明かりが無く、夜が本当の暗闇だった頃。そして人々に情報も知識もなかった時代。遠くから跳ね返る音。木造建築の家がきしむ音。知らない鳥の声。風の音。霧に映る影。誰もいないのに肌が切れる。それらに怯えそれに名前を付ける。見えない姿を想像する。それを人に伝える。誰かが絵に描く。そこに妖怪が誕生する。

 そこから想像が膨らむ。あれも妖怪ではないか、これも妖怪ではないか。あの時のあれはもしかすると。そうして数を増やし、一つの文化として定着する。多くの人が見たこともない、けれど知っているモノ。妖怪、あやかし、物の怪と呼ばれるモノ。人では無いモノ。幽霊でもないモノ。



「ほら、黒森くんは常識ある大人だからちゃんとそんなの卒業してるよ。あんたもいつまでも子供じゃだめだよ。ね、黒森くん」

 有海は覚にそう言って紅に笑いかけた。


 紅はなにも答えず、静かに微笑むだけだった。

「クロ……」

 ただの世間話のはずなのに、やけに深刻な顔で紅を見つめる覚が桃香は少し気になった。





 放課後の番長連合室には多くの生徒が集まっていた。ほとんどの1年生。死天王の4人。その他数人の2、3年生。2年生の方が多く、3年生はわずかだ。

 そんな中、桜が話し出す。

「今日はけっこう集まったね。先輩たちはあまり来ないから1年生を見るのは初めてかな?1年のみんなはちゃんと先輩たちに挨拶しときなよ?」

 そう言われて1年生たちは先輩たちの方を見て頭を下げる。


(なんか想像してたよりも真面目そうな先輩が多いな。もっとヤバそうで偉そうな人たちばっかりかと思ってた)

 こそこそと隣にいる紫苑に話しかける。

(ああ、そういうヤバいのも大勢いたらしいが、去年桜先輩たちが全員粛清したらしい)

 紅よりは内情に詳しい紫苑が小声で教えてくれる。

(粛清って……)



「さて、集まってもらったのは情報の共有かな。みんなに知っておいてほしい事がある。そしてみんなからの情報も欲しい」

 そう言って全員を見回す。


「でも、う~ん、なんて言ったらいいかな……、ねえ、やっぱり誰か代わってくんない?」

 桜にしては珍しく歯切れ悪く、死天王の3人に交代を要求する。しかし残りの3人も、いやいやどうぞどうぞと交代を拒否して桜に押し付ける。

「え~、やだなぁ」

 嫌そうな顔で口をとがらせる。


「「「?」」」

 1年だけでなく、2,3年生も不思議そうだ。


 だがやがて意を決したように話し出す。

「あー、まあみんなに教えて欲しいっていうのは、なにかおかしな事があれば知らせてもらいたいって事かな」

 しかしそれを聞いた者たちはよく分からない。それがあまりにも普通の事だからだ。

 そして一人の女生徒がためらいがちに手を挙げる。黒髪のポニーテールの1年生。1組の長宝寺 翠子である。


「あの、桜さ、あ、いえ、交野かたの先輩」

 それを聞いて桜がクスっと笑いながら、

「いいよ翠子。桜で。もともと知り合いなんだから。そんなに硬い集まりでもない」


「あ、はい。それでは桜先輩。おかしな事というのは?我々は治安を守るためにおかしな事があれば報告するのは当然では?」

 あまりにも当然な事である。まさかそんな当然の事もできないと思われているのだろうか。


「あ~、うん、そうだよね。言い方が悪かった。でもなんて言えばいいかなぁ、えっとそうだな、例えば妖怪とか、幽霊、お化けを見たり聞いたりしたら教えて欲しい、かな?」

 その桜の発言に紅と紫苑を除くほぼ全員がざわつく。まあ当然の反応である。桜たち死天王もこの反応は当然の事と受け止める。


「えっと、桜さん、それは何かの比喩ですか?それとも番長連合内での暗号とか?」

 困惑気味に翠子が尋ねる。


「う~ん、普通そう思うよねぇ。でも比喩じゃない。言葉通りだよ。はっきり言おう。お化けが出たり不思議な事があれば報告してもらいたい。実を言うとアタシたちも情報を共有したところ、何件か不思議な事に出会ってる。そして調べてみると、最近この辺りでがちょくちょく起きているらしい」

 真面目な顔で言う桜。後ろの死天王たちも誰も笑っていない。

始めは先輩たちの冗談かと思ったが、どうやら本気で言っているらしい事が分かると混乱はさらに深まる。

「……桜さん、そのよく分からない事、というのは?」

 

「よく分からない」

 不思議そうに尋ねる翠子に桜はきっぱり分からないと答えた。よく分からないことを尋ねたら分からないと返される。翠子としても反応に困る答えだ。

 そんな翠子に申し訳なさそうに桜が答える。

「ごめんよ、別にからかってる訳じゃないんだ。本当にアタシたちも訳がわからないんだよ。何が起こっているのか分からない。どうすればいいのか、何かするべきか放っておくべきか。

手をだして良いのか悪いのか。それすら分からない。だから情報が欲しいのさ」


 それを聞きざわざわと近くにいる者たちで話し出す。

「桜さん、例えばどんな事があったんですか?」

 あまりにも情報が無さ過ぎて理解が追い付かない。


「そうだね、例えば死んだ猫が動き出す」

「!?まさか!」

 驚きの声を上げる翠子。


「嘘だろ」

「いくらなんでも……」

「死んだふりとか、寝てただけじゃ?」

 ざわざわと不審そうな声が。当然の声に桜たちも咎めたりはしない。

「あとなんだっけ?」

 うしろにいる3人に問いかける桜。


 その問い掛けに3人が話し出す。

「動物がしゃべる」

「夜中に歩いている人形」

「自分そっくりな人に出会った」

「夜中に頭に大きな鉢を被った着物の女がケーキ屋の前にいた」


(さ、最後のはまさか……)

 何となく心当たりのある話に呆れる紅。


 死天王たちの話にどう反応すればいいのか、ほぼ全員が困惑していた。

「あの、桜さん、その、なんと言ったらいいか、それは私たちよりもオカルト研究部向きではないでしょうか?」

 申し訳なさそうに翠子が言う。当然の反応だった。


「そうだよねぇ。当然そう思うよねぇ」

 そう言ってため息を吐く。

「まあ実を言うと、とあるその筋の専門家に教えてもらってね」

 そう言って桜は紅をチラリと見る。


(なんでこっちを見るんだよ!ボクは専門家じゃない!)

 声は出さずに桜を睨む。

 そんな紅を無視して桜は話し続ける。

「どうも最近この辺りでそういうよく分からない事が起きやすくなってるらしい。まあその専門家曰く」

 そう言ってまたチラリと紅を見る。


(いちいちこっちを見るな!)

「妖怪なんて、普通は一生に一度でも会えば多い方らしい。ほとんどの人は一度も会わないか会っても気づかない事がほとんど。まあ関わり合いになることなんてほぼ無いらしい。アタシたちもその人に言われてやっとおかしな事に気付いたくらいさ。だからみんなもそんなに気にしなくてもいいんだ。ただ、頭の片隅に入れておいて欲しい、何かよく分からない事があれば報告を。そんな程度の話だよ」

 苦笑いしながら話を締めくくる。


 そう言われてもほぼ全員がまだ戸惑いの表情だった。

「桜さんは、その何かおかしな物を見たんですか?また聞きではなく」

 そう問いかけられた桜はためらいなく即答する。

「見た。この目でね」


「!」

 この答えに驚き、死天王たちを見る翠子。だがその誰もが真面目な顔でうなずいていた。普段は明るく笑顔が多い先輩たちの事を翠子はよく知っていた。彼らが嘘を吐いていない事を。


「そのおかしな事?に遭ったらどうすればいいんですか?そもそも私たちでどうにかできるんですか?」

 桜がそう言う以上その【何か】はあるのだろう。それが何かは分からない。だが信頼する桜たちがそう断言する以上翠子はもうそれを疑ってはいなかった。そしてそれに答える桜。


「あはは、ありがとう翠子。でもそんなに心配しなくていいよ。こうは言ったけどおそらく出会うことはほぼ無いだろうし、闘う事はもっとないだろう。アタシたちも倒して欲しい訳じゃなく知りたいだけさ。それらが危険かどうかをね。それに専門家曰く」

 またもや紅をチラリと見る。


(……)

「魔法はある程度通じる事が多いらしい。でも、もし。もし出会ったら。できるだけ手は出さないでくれ。本当にそれが恐ろしいモノだったら。それは人が勝てる相手じゃない」

 そう言って桜は何かを思い出したかのように遠くを見た。


(あの蛇の幻と戦った時の事を思い出してるのかな?)

 桜たちが蛇の幻と戦い撤退したことは聞いていたので、その事かと思う紅。しかし桜が思い出しているのは蛇ではなく、あの夜蛇を倒した老婆たちの事だが紅はその事を知らない。


 パンっと桜が手を叩く。

「さ、この話はここまでだ。わざわざみんなに来て貰って話したけど君たちが相手にするのは99%以上人間だ。今のはただの雑談と思ってくれていい。さあ、訓練する者以外は見回り見回り」

 そう言って立ち上がり集まった皆を部屋から追い出す。まだ全員困惑していて納得はいっていないが、一緒にいる者たちと話しながらほとんどの者が部屋を出て行った。


 みんなは当然の様に出て行ったが、紅は見回りと言われてもピンとこず紫苑に問いかける。

「見回りって?」

「ああ、紅は知らないか。訓練とか模擬戦ばっかりしてる訳じゃないんだ。私たちの役目は治安維持だからな。だいたいはペアを組んで街を見回るんだ。一人の時もあるし、もっと大人数の時もある。特にうちの生徒が絡まれたり事件に巻き込まれたりしないか。もちろんそれ以外の人も助けるぞ?」

 そう説明してくれる紫苑。それを聞き動き出す紅。


「ふうん、そうなのか。じゃあ僕は剛毅と」

 そう言って部屋を出ようとする紅。その紅の腕を紫苑がガシっと掴む。

「待て」

「?なんだ?」

 掴まれた腕を不思議そうに見る。

「いや、なんだじゃないだろう。普通この流れなら、じゃあ一緒に行こうかってなるだろう!」

 ちょっと切れ気味な紫苑。だがそれに対し紅は落ち着いた声で答えた。

「いや、紫苑なら誰か一緒に行ってる人がいるかと思って。剛毅なら多分あんまり組む人いないかなって」

 そうちゃんと理由を言われて少し焦る紫苑。確かにその通りで、まだ日は浅いが何度か翠子と見回りに回った事があったのだった。

「い、いや、こういうのはできるだけ男女のペアの方がいい。何か助けを求める人が女性だったら男だけだと困る場合もあるだろう?」

 強引に理由を付ける紫苑。嘘ではない。

「ああ、そう言えばそうか。でもここは男子の方が多いから、半分くらいは男子のペアになるだろう?」

 男女比がおよそ3対1くらいなのを思い出しそう告げる。

「うっ」

 確かにその通りだった。しかしここまで言った以上もう紫苑も引くつもりはない。

「どうせ巌流院くんは模擬戦だ。とにかく今日は私と行くぞ!」

 どうやら理屈ではなく強引に連れて行く様だ。

「わかったよ」

 まあどうせ何も分からないのだ。よく考えれば剛毅よりも紫苑の方がいろいろ話しやすい。まあ男友達と一緒に回ってみたかったのも事実なのだが。


 そう言って出て行こうとした二人を桜が呼び止める。

「ああ二人ともちょい待ち」

「?」

「さっきの話なんだけど、あれでよかったかい?」

 おかしな事があれば報告をという話の事だった。今そう聞くくらいなら事前に相談してくれてもいいのに。


「ああ、そうですね。おおむねあれでいいと思います。特に手を出すなって言うのは。ただみんなあれで怪異を認識し易くなったかも知れません」

 淡々と答える紅だが、よく聞くと穏やかではない。

「って言うと?」

 不安そうに桜が尋ねる。

「う~ん、なんて言ったらいいのかな。何も知らない、妖怪なんて信じない状態だったら、例えば暗闇で何かが動いてもネズミとか風かと思うだけで済むかも知れません。でも妖怪がいる事を強く信じてしまったら、同じ状況でそこに何かが生じるかも知れません」


「……そんなことあるの?アタシたちが妖怪を生み出すって事?」

 心配そうに問いかける。もしかして自分は余計な事をしてしまったのか?

 その心配そうな桜を紅は否定する。

「多くの人が時間を掛けて同じものを何度も想像すればそうなるかも知れません。でもそんな事はまず起こりません。すいません、紛らわしく僕が脅すような事を言ってしまったせいで。そうなる可能性がほんの少しだけ高くなるかも、っていう程度の話です。

 それより、僕はその筋の専門家じゃありませんよ」

 そう言ってじろりと死天王たちを睨む。


 4人とも苦笑する。

「あはは、ごめんごめん。でも実際うちで一番詳しいのは間違いなく君だ。なにかあったら頼らせてもらうよ。まあそんな機会は来てほしくないけどね」


 そんな答えに呆れたようにため息を吐く紅。そして紫苑と一緒に部屋を出て行く。だがふと思い出し振り返り4人に問いかける。

「あ、そうだ。さっき言ってた鉢を被った着物の女性の話なんですが」


「うん?なにか知ってるのかい?」


(どうしようか、でも変に隠して闘いをしかけるよりはいいか)

「ええと、もし出会っても絶対に攻撃したりしないでください。絶対にです」

 迷いながらも真剣な顔できっぱりと言い放つ。

 その紅の真剣さに桜たちは息を吞む。紅は知らないが桜たちは一度その姿を見ている。おそらくあの雷を落とした老婆の主。あれよりも格上だという事は分かった。


「手を出したらどうなるんだい?」

 恐る恐る問いかける。

「死にます」

 即答だった。

「!」

 桜たちも驚きはしたが、まあそうだろうとは思っていた。

「あ、でも優しい方なんですよ。甘いものが好きで」

 

「……君はその正体を知ってるんだね?」

 

(う~ん、この人たちならいいか。言いふらしたりしないだろうし、ほぼ会う事は無いだろうしな。まったく姫様もわざわざ街まで来るなんて。来てもケーキなんて買えないだろうに。はあ、近いうちにケーキでも買っていかなきゃ……)


 少し迷ったが暫しの間をおいて、紅は答える。

「……土地神様です」

 そう言って紫苑と部屋を出て行った。




 二人が出て行った部屋で、どさりと椅子に座り込む桜たち死天王。

「……」

 暫く誰も何も話さない。


「神様かぁ」

 天井を見上げながら桜がつぶやく。その目は天井よりも遠くを見ていた。

「……おとぎ話やな」

「今までの現実が信じられなくなったきたな」

「ほんまそれ」


「彼をうちに入れたのは本当に良かったのかな……」


 それから暫く4人は黙ったままだった。


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