第48話 狸の話? 6
「巌流院くん」
翠子が外に出て行く剛毅に呼びかける。
「ん?」
少し速足で振り向いた剛毅の横に並び、一緒に歩き出す。
「さっきの話どう思う?」
桜の話だった。
「そうじゃのう、正直よくわからん。わしはお化けは見た事ないしのう。まあ昔から言われとるんじゃ、よくわからんものがおるのはおるんじゃろう。しかしどうせ会う事は無いと言うんじゃから心配せんでもよかろう」
考えても分からない事は考えても無駄という事らしい。
「違いない」
信頼する桜に言われたから気になったが、確かに考えても仕方がない。会う時は会うだろうし、おそらく会わない確率の方が大幅に高いのだから。
そう言われて翠子も考えを切り替える。
「どうだい、そろそろ模擬戦をする相手もいなくなってきただろう?特に昨日のアレを見てはなおさらだ。そろそろ私と闘ってみないか?」
お互い1年の中では負け知らずで、対戦相手もいなくなってきていた。昨日の剛毅と紅の闘いを見て、素手では勝負にならないのは分かった。しかし武器と能力を使えばどうなるか試してみたくなっていた。そこで剛毅に対戦を申し出る。
しかし剛毅はそんな提案に対し、
「わしは女とはやらん」
と、すげなく突っぱねる。
確かに剛毅は今までも女子とは対戦していない。翠子もそれは知っていたのでそう言われるとは思っていた。
「男女平等のこの時代に?」
しかしそう言われても剛毅は表情も変えない。
「なんと言われてもわしは女は殴らん。それだけじゃ」
男女平等などと言ってみたが、翠子も別に殴られたい訳ではないし女性を殴る男は軽蔑する。ただ一応確認してみたに過ぎない。だが言葉にしてはっきりと言う剛毅には好感を持つ。
「ふふ、そうだとは思ったよ。なら今日は私と一緒に見回りに行かないか?これも仕事だ」
そう言って剛毅を誘う。
確かに闘ってばかりで碌に見回りに行っていなかったので、剛毅もいい機会とばかりに了承した。そうして二人で学校を出た。
見回りの行先は特に決められていない。別にこの学校の番長連合だけで市内の全ての治安を守っている訳ではないし、警察、他校の番長たちもいる。
移動手段も徒歩、自転車、バスと色々だ。多くは放課後1~2時間。土日の休みに私用のついでに町を回る事もある。徒歩や自転車でぶらぶらすることもあるし、バスで適当に行って歩いて戻って来ることもある。多くはわが校の生徒たちの通学路やその近辺を動くことが多い。そして時にはあまり人気の無い所に行くこともある。
そして今日の剛毅と翠子は適当にバスに乗り、そこから学校に戻るルートを選んでいた。駅に向かうバスに乗り、駅から電車には乗らず歩いて学校に戻る。適当に町中をぶらつきトラブルが無いかを見て回る。もともと事件が多い町でもない。たまに学生たちの喧嘩や、絡まれている生徒を助ける程度だ。
今日は特にもめごとも無く、たまにすれ違う帰宅途中の生徒たちと挨拶しながら大きな公園にたどり着いた。
「そろそろ日も傾き始めたな。この公園の中を通って学校に戻って今日は終わりにしようか」
翠子が提案する。公園も大きく、まだ学校まで数キロある。学校に着くころには暗くなるだろう。この公園を通る生徒もそこそこいるらしいとは聞いているので丁度いい見回りルートだった。
「ん?」
二人で公園の中を進んでいると翠子が何か見つけたのか、そちらに向かっていく。
特にトラブルの気配は無いので、剛毅も焦らずにそれについて行く。
舗装された道の横に芝生とたくさんの木が植えてあり、かなり大きなスペースがある。昼間は犬の散歩や子供たちも多い。そんな植木のそばに何かが集まっていた。
翠子はある程度まで普通に近づき、それの正体が分かるとそこからは歩調を緩め、相手を驚かさない様にゆっくりと近づく。
「巌流院くん、猫集会だ」
少し声を落とし、振り返りながら剛毅に告げる。
言われた剛毅も後ろからそっと近づき翠子の見る方をのぞき込む。
「ほう、けっこうおるのう」
見ると10数匹の猫があつまり何かみゃあみゃあ言っている。猫たちは二人に気付いているが、ゆっくりと近づいて特に驚かす様子のない二人をあまり警戒はしていない様だ。
「ふふ、可愛いものだな」
翠子が微笑みながらそれを見ている。
「ん?なんか一匹変なのがおらんか?」
集まった猫を見ていた剛毅が一匹を指差す。
「え?あ、本当だ。あれは……狸?」
剛毅が指さした奥の背の低い植え込みの近くにいる黒っぽい猫。ではなく、確かにそれだけ他の猫と姿が違う。白、黒、茶、三毛、色々な猫がいるが、それは黒に近いグレーで顔つきも明らかに他の猫とは違っていた。
「驚いた、こんな町中にも狸がいるんだな。それも猫集会に混ざっているなんて」
驚きながらも楽しそうに笑う翠子。
「ホンマじゃのう。わしも狸なんて初めて見たわ」
そう言って二人で話していると、その狸は一匹だけさっと走り出し植え込みの方に走って行ってしまった。他の猫たちはそれを見ても逃げたりはせず、集会を続けている。
「あっ……、驚かせてしまったか」
翠子が残念そうに眉を下げる。
「他の猫は逃げとらんし、腹でも減ったんじゃろ」
「ふふ、ありがとう」
実際に驚かした訳でもないし、何かしようとした訳でもない。剛毅は素直にそう言ったのだが、翠子は剛毅が気を遣ってくれたと思ったようだ。
「面白い物を見た。さ、帰ろうか」
気を取り直し学校へ向かう。そして元の道に戻り暫く歩いていると少し先の木のそばに人が立っていた。
散歩している人も多い公園だ。二人は特に気にせずそのまま歩き近づいて行く。だが、よく見るとその人は子供だった。それも小さな女の子。5~6歳だろうか。周りを見渡すが他に人影はなく、その子一人しかいない。もう日が暮れようとしており、公園に小さな女の子が一人でいて良い時間ではない。
翠子は躊躇わずに近づきその子に声を掛けた。
「お嬢ちゃん、一人かい?お友達か大人の人は一緒にいないのかな?」
しゃがみ込み目線を合わせ、優しく問いかける。
後ろでそれを見ていた剛毅は胸を撫でおろす。翠子と一緒で本当に良かったと。自分一人で女の子に声を掛ける事になっていたら事案である。見過ごすわけにもいかなかっただろうし、おそらく途方に暮れていただろう。女子と組むのは抵抗があったが、見回りは女子との方が良さそうだという事を学んだ剛毅だった。
近づいてよく見ると、その女の子は、目は黒いがグレーの髪。どうやら外国人の様だった。
女の子は笑いながら答える。
「うふふ、一人だよ」
それを聞いた翠子は心配そうに問いかける。
「おうちはどこかな?良ければおねえちゃんたちと一緒におうちに帰ろうか」
それを聞いた女の子は嬉しそうに笑いながら翠子の手を取り歩き出す。
「あっち」
そう言って指差したほうに進んで行く。
暫く歩くと、楽しそうに剛毅を見ながら、
「にいちゃんでっかいね。肩車したい」
と話しかけてきた。
「ん?おう、ええぞ」
剛毅はそう言って女の子の脇を持ってひょいと持ち上げる。そして自分の頭を跨らせて肩に乗せる。
「たか~い」
女の子はきゃっきゃと笑いながら楽しんでいる。
少し後ろを歩きながらそれを見て微笑む翠子。
暫くして、公園内の雑木林のそばまで来ると突然女の子が話し出した。
「あ~楽しかった。もう帰るね」
そう言って剛毅の肩の上に立ち上がる。
「えっ?あ、ちょっとそんな所に立ったら危ない!」
突然立ち上がった事に驚き手を差し出そうとする翠子。
「えい!」
女の子はそう言って突然剛毅の肩から植え込みの方に飛び出した。
「危ないっ!」
突然飛び降りた、いや、飛び出したと言ったほうが近いだろう。それはとても幼い子供が飛ぶ距離ではなく、3メートルは超えていたのではないだろうか。翠子の頭ぐらいの高さから植え込みを飛び越え、雑木林の中に入る。
とっさに差し出した翠子の手はまるで届かなかった。
あまりの事に呆然とする二人。
すると茂みの向こうでガサガサと音がすると、何かがもの凄い速さで走って行った。
ハッと我に返った二人が女の子の飛び込んだ茂みに向かう。しかしそこに女の子の姿は無かった。
隠れた穴にでも落ちたか枯葉に埋まったかと、飛び込んだ辺りを探したが、人が入るような穴も子供が隠れるような量の枯葉も無かった。
薄暗くなった公園で何かが走って行ったほうを呆然と眺めたあと、ゆっくりと顔を見合わせる。
「……狸に、……化かされた?」
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