第49話 狸の話? 7
「って事があったんだって」
翌日の放課後。番長連合室に呼び出された紅は死天王の前に座っている。そして桜から昨日剛毅たちが体験した事を聞かされる。横にはなぜか紫苑も同席していた。
「はあ、そうですか」
今日こそ部活に顔を出そうと思っていたのに、桜からの呼び出しがあり仕方なくここに来ていた。早く部活に行きたい紅としては、そう答えるしかない。
「……」
「……」
「って事があったんだって!」
なぜか突然切れだす桜。
ちゃんと返事をしたのに何故怒っているのか分からない。
「はあ、ちゃんと聞いてますよ?」
迷惑そうに答える。
「じゃあちゃんと答えてよ!どうすりゃいいのさ!?」
呼び出したはいいものの、迷惑そうな顔で真剣に話を聞かない紅にプリプリと怒る桜。
「ええ~、そんな事僕に聞かれても知りませんよ。別にいいじゃないですか、それくらい。だまされて馬糞を食べさせられたとか、肥溜めに落とされたわけじゃないんでしょ?小さな子供を肩車して公園を散歩しただけだったら、微笑ましい話じゃないですか。楽しかったんじゃないですか?」
昔から、狸や狐に化かされると紅の言うようにひどい目に遭う事が多いそうだ。饅頭と思って食べたのが馬糞だったり、風呂に入ったつもりが肥溜めだったり。時には宿に泊まり壁の穴から女湯を覗いているつもりが馬の尻の穴を覗いていた、などという残念エピソードもある。どれも共通して本人たちは気づかず、後から人に見つかって気づくという恥ずかしさも倍増する仕打ちを受けている。
そんな事に比べれば、剛毅たちが遭ったのはいたずらとも呼べないくらいかわいいものだった。人によってはご褒美ともいえるくらいである。
だが桜たちとしてはそうも言っていられない。昨日そんな事はまず起こらない、などと言ったその日にそれが起こったのだ。まるで自分の日常が壊されていくような気分だった。
「そんな事言ったって、狸に化かされたんだよ?今時そんな事ある?」
「そんな事言われても。狸だって化かしたい時もあるでしょうし。あ、それか狸じゃなくてただの身体能力の高い子どもだったとか?」
ふと思いついて言ってみる。
「そっちの方が怖いよ!それこそ妖怪じゃないか!?」
紅の答えに叫ぶ桜。そりゃそうだ。しかし紅としては妖怪だろうが元気な子供だろうがどちらでもよかった。
「はあ、まあどっちでもいいじゃないですか。それじゃ僕はこれで。部活の方に行きますんで。失礼します」
そう言って席を立つ。
「あ、こら、まだ話は終わってないよ!もう!そんな訳で君にはその公園に調査に行ってもらう。紫苑、頼んだよ」
そう言って横に居る紫苑に同行を命じる桜。
「え?あ、はい」
突然の事に一瞬焦るが、了承する紫苑。
「ええ~」
だがそれを聞いて紅はしょっぱい顔だ。また自分の意思を無視されて部活の予定を潰されてしまう。このままではいけないと少しでも抵抗する。
「……遭ったのは夕方だったんですよね?だったらまだ早いですから暫くしてから行きましょう。それまで部活に行っていいですか?」
確かに報告では夕暮れの話だ。あんまり明るいとお化けも出にくいだろうとしぶしぶ桜も了承する。
「ん~、確かにそうか。まあ、ちゃんと行ってくれるんならそれでいいか」
とりあえず認められて一安心する紅。そしていそいそと部屋を出ようとする。
「じゃあ、あとで合流しよう。終わったら連絡するよ」
そう言って紫苑に手を振る。
「えっ!お、おい、私はどうすれば?」
「え?訓練じゃないの?」
そんな話をしていると、突然校内放送がかかる。
『1年2組、黒森紅くん。至急保健室まで来なさい。繰り返す。1年2組、黒森紅くん。至急保健室まで来なさい。』
「……なぜ保健室に?」
突然の呼び出しにげんなりする紅。
「一緒に行こうか?」
紅に置いて行かれそうになった紫苑が嬉しそうに申し出る。そんなに訓練に行きたくないのだろうか。
呼び出しは無視したいがそういう訳にもいかないだろう。重い足取りでいやいや保健室に向かう。その時ふと思い付き、桜に頼む。
「あ、そうだ先輩。ロープって用意できますか?細くてもいいんで、4~5メートルほど。もしかしたら使う事になるかも」
「ロープ?まあロープくらい備品であると思うよ。わかった、用意しとくよ。まったく、最初から素直に手伝ってくれたらいいのに」
プリプリと怒って文句を言いながらも用意はしてくれるらしい。
どうやらまた部活には行けないようだ。
夕暮れになり紫苑と二人で公園に向かう。紫苑がいつも通学に使っている車で送ってもらい、近くの駐車場に待機してもらっている。
紅としては非常に気を遣ってしまうのだが、運転手の女性曰く、
「ご心配なく。これが私の仕事ですので。それに黒森様には最大の便宜を図るように当主様から命じられております。ですので今後もご遠慮なくお申し付けください」
との事だった。
(く、黒森様……。やっぱり月夜野さんの件でだよなあ)
あの後呼び出された保健室では、
「1日じゃ治らないから暫く通えと言っただろう。なぜ来ない?ほら早く診せろ」
そう言って養護教諭に叱られ、診察される。
その際にほぼ完全に治っているのがバレてしまい、根ほり葉ほり質問され、さんざん体をいじくりまわされた。薬の事はなんとか隠し通したが、いろいろと疑われてしまったらしい。逃げ出したくともなかなか逃がしてくれず、結局夕方になり、保健室について来た紫苑と公園に来たのだった。
公園の入り口まで着くと、紅が眼鏡を外して胸ポケットに仕舞う。
それを見た紫苑がややためらいがちに問いかけた。
「……やっぱり目が悪い訳じゃないんだな。その、紅には私たちには見えないモノが視えている、のか?」
尋ねられた紅は紫苑の顔を見て、少しの間黙ると、静かに答えた。
「そうだね、確かに目は悪くないね。僕には紫苑が見ている世界は分からないけど。
すごく小さい頃はそうでもなかったんだけど、だんだん人と視えるモノが違うようになった。視えるモノが人と違うから、話がかみ合わない事もあったかな。小さい頃はそれが嫌でずっと姉さんと一緒にいたっけ。そしたらそのうち姉さんが眼鏡をくれたんだ。まあ、ご想像の通りそういうのが視えなくなる眼鏡、だよ」
そう言って遠くを見つめた。
もともと紅は普通の子供だった。一緒に暮らしている者の影響か、はたまた姉に食べさせられた霊草、薬草のせいなのか。だんだんと普通の人間には視えないモノが視えるようになった。
それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが。
「……そうか」
紫苑もそれ以上は聞かずに二人でゆっくりと歩いた。
「さて、聞いた話だとこの辺で猫集会がやってたらしいけど、今日もやってるかな」
「猫集会がやってないとまずいのか?」
紫苑が不思議そうに聞いてくる。
「ん?いいや、全然?ただ猫集会に狸が混ざってるのが面白そうだなって思っただけだよ」
「ふふ、そうだな。一度私も見てみたい」
そう言って話に聞いた辺りに来たが、今日は集会は開かれていないようだった。
「残念」
ほんの少しだけ残念そうだが、笑顔で紫苑が言う。
「まあいいさ。じゃあ剛毅たちが通った道を行こうか。まあ、毎日出る訳でもないだろうし、出ないなら出ないでいいさ」
「そうだな」
実際、紅も紫苑も出ても出なくてもどちらでもよかった。誰かが怪我をするようなものでもないし、どちらかと言えばかわいいくらいの話だ。
先輩たちに命じられて仕方なく来ているだけなのだ。
そうしてのんびり歩いていると少し先に人影が見えた。だがそれは明らかに子供ではないし、やけにキョロキョロ何かを探しているようだ。
二人で顔を見合わせ、その人に近づく。近づくとそれが知った顔なのが分かった。
「ん?黒森氏ではござらんか」
「紅、知り合いか?」
紫苑が紅に尋ねる。
辺りをキョロキョロしながら歩く不審人物。紅のクラスメイト神宮寺(じんぐうじ) 朔太郎(さくたろう)だった。
自分のクラスメイトであることを紫苑に伝える。
「神宮寺くん、今帰り?こっちの方に住んでたんだ」
不審者かと思ったが、ただの帰宅途中のクラスメイトだった。
「ん?いいや家は全く別方向でござる。今日はちと探し物、というか探し人をな」
「人探し?誰かと待ち合わせ?ここに来るまでに人には会わなかったけどなあ。なあ?」
誰かとすれ違った記憶はない。そう紫苑にも確認する。
「そうだな、特に会ってないな。どんな人だ?」
やはり紫苑も見ていないようだ。
「いや、最近この公園で肩車をさせてくれる幼女が出ると聞いてな。それを探しているのでござる」
「「……」」
帰宅途中のクラスメイトかと思ったが、ただの不審者だった。
「な、何をするでござる!!ほどくでござる!!黒森氏、これは一体何のまねでござるか!?」
公園の木にロープで括りつけられた朔太郎が叫ぶ。
「紫苑」
「ああ、分かっている」
そう言って紫苑がどこかに電話を掛ける。
「すぐに人を手配してくれるそうだ。場所は伝えておいたから連行してくれるだろう。はあ、まったく……」
ため息を吐きながら電話を仕舞う。
「じゃあ行くか」
「そうだな」
クラスメイトから犯罪者を出すのを未然に防ぐことができて本当に良かった。
「ま、待て!なぜだ!なぜこんなことを!!」
叫ぶ朔太郎を完全に無視して二人は去って行った。
「せっかく用意したロープをこんな予想外の事に使うなんて……。紫苑、お前の予知で不審者に会うとか分からないのか?」
「え、あ、すまない、特に危険な予知は無かったんで……」
そう言われて少ししょんぼりする紫苑。
「ごめん、紫苑のせいじゃないのに」
そんな紫苑を見て、言い過ぎたと反省する。確かに紫苑は何も悪くないのだ。
「いいさ。あれは予想できない。」
謝られて笑顔で紫苑は返してくれた。
二人で苦笑いしながら歩いていると、紅が気づく。
「あれは」
紫苑がその視線を追うと少し先に5~6歳の少女が立っていた。
二人は顔を見合わせてうなずく。
紫苑が先に立って近づき声を掛ける。黒目でグレーの髪。外国人の少女。話に聞いた通りだ。
「お嬢ちゃん、こんな時間に一人かな?パパやママは一緒じゃないの?」
少女は笑いながら答えた。
「うふふ、一人だよ」
「一人でいるとあぶないよ。おねえちゃんたちと一緒におうちに帰ろうか。おうちはどっちかな?」
しゃがみ込み優しく問いかける。
「こっち!」
紫苑の手を引き歩き出す。
暫く歩くと少女は紅を見て話しかけてきた。
「肩車したい!」
「いいよ」
そう答えて少女を肩車する。
そのまま暫く歩いていると、やがて少女が紅の肩の上に器用に立ち上がる。
「楽しかった。もう行くね!」
そう言ってジャンプしようとした少女の足首を紅が掴む。
「まだいいじゃないか」
「え!?」
逃げようとしたが足首をつかまれ逃げられず、慌てる少女。
「は、放して!」
焦る少女。しかし紅は落ち着いて答える。
「どうして?そんな高いとこから飛び降りたら危ないよ」
そのままどんどん歩き続ける二人。
「あ、あぶなくないよ!」
「落ちたら怪我するよ?」
「しないもん!」
さらに焦り出す。
「ああ、もうすぐ公園の出口だよ。おうちはどこかな?」
「えっ!?だ、だめだよう」
ついに少女はべそをかき始めた。
(これは僕一人だったら大変な事になってたな。さっきの神宮寺くんじゃないけど、紫苑がいてくれて本当に良かった。なるほど男女ペアは必須だな)
べそをかく幼女を強引に連れ去る男子高校生。完全に事案である。
「こ、紅!し、しっぽ!」
その時紅の後ろを歩いていた紫苑が突然叫び出した。
「しっぽ?」
紅は前を向いたまま少女の足首を掴んだ手を上に伸ばし、そのままひょいと前に出して手を放す。
「ひゃっ!?」
そして顔の前に落ちてきた少女の脇に手を入れて受け止める。
いくら小さい子供とは言え、女の子を股下から上を覗く訳にはいかない。苦肉の策だった。
そうして受け止めた少女のお尻からは確かに尻尾が生えていた。シマシマの。
「ほんとだ。しっぽだ。でも、……縞々模様?」
不思議そうに見る紅。
紫苑はしっぽを指差したまま声も出ない。
するとべそをかいていた少女の姿が、紅の腕の中で突然変わる。
紅の抱いているのは少女ではなかった。猫より少し大きいくらいの黒っぽい動物だった。
「た、狸!?」
紫苑が驚きの声を上げた。
だがそれを聞いた紅は静かに否定する。
「いや。この子、……アライグマだ」
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