第46話 狸の話? 4
翌日、紅が教室に入ると一斉にクラスメイトの視線が紅を捉える。そしてクラスの会話がピタリと止まる。
(なんだ?)
なにかあるのかと自分の後ろを振り向くが誰もいない。
(僕か?)
訳が分からないまま自分の席にカバンを置くと覚がやって来た。
「おいクロ、昨日はすごかったらしいな」
「ああ、おはよう佐取くん」
「覚って呼べって言っただろ」
不満そうな顔をする覚。
「そうだった。おはよう覚」
先日の猫の件の後、覚からそう呼ぶように強く要求されたため紅も了承したのだった。
「おう、おはよう。それより昨日の話聞いたぜ。巌流院と試合したって。すごかったらしいな」
(ああ、やっぱりそうか……。噂は速いな……)
ため息を吐きながらげんなりする。
「その話か。別にしたくてした訳じゃないんだけどね」
そんな話をしていると心配そうに有海がやって来た。
「黒森くん、もう大丈夫なの?」
「ああ、おはよう。穂村さん」
(見てたのかな?)
有海が心配そうに紅の体を見ている。昨日は運動部の多くの生徒に見られている。あの中にクラスメイトが居てもおかしくはない。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
そう言ってポンと自分の脇腹を叩いて見せる。
すると有海はおずおずと手を伸ばしてきた。
「穂村さん?」
やがてそっと紅の体に手を触れる。
「痛くない?」
「うん、痛くないよ」
「よかった」
そう言って有海は紅にギュッと抱き着いた。
「穂村さん!?」
焦る紅。周りも興味津々だ。会話を中断してお耳を大きくするクラスメイトたち。
「番長連合に入るの?」
紅の体に抱き着きながら不安そうな顔で見上げてくる。
(かわいいなこの子)
だが紅はそんな質問を受けながらもまったく違う事を考える。
「黒森くん?」
ぼうっと自分を見つめる紅に不思議そうな有海。
そんな有海を見て、つい思った事をつぶやいてしまう。
「かわいいな」
無論このかわいいは妹的なかわいさである。有海の高校生でありながら幼い容姿。素直な言動。有海にとって不幸な事に、現在のところ有海は異性というよりも庇護対象だった。
「えっ!?」
自分の質問に対し、まったく違う答えを返され焦る有海。訳が分からない。
ぺし!
「いて!」
そんな紅の頭をはたく覚。
「なにするんだよ」
突然頭を叩かれたのだから抗議する。
「いや、なにじゃねえよ。なに朝っぱらから女子口説いてんだよ」
「口説く?僕なにか言った?」
どうやら紅本人は無意識らしい。
「お、お前、まさか天然か?」
紅の答えに愕然とする覚。覚のその反応と有海を見てようやく自分が何を言ったか理解する。
(やべ、思った事が口から出たか……。)
有海は紅から少し離れ、なにやらもぞもぞ動きながら恥ずかしそうに下を向いている。
(チャンスよ、有海ちゃん!)
(こっわ、天然こっわ。しらふであんな事を!)
(せ、性獣……)
話を聞いていないふりのクラスメイト達も心の中で声援?を送る。
「え、えっと、ちょっと訳あって番長連合にも入る事になったんだ。クラブと掛け持ちするのも認めてもらえたから、まあ呼ばれたら行く、くらいでいいんじゃないかな?」
今までのくだりは無かった事にして話を切り替える紅。これ以上追及しても時間の無駄にしかならないと感じたのか、覚もこれに乗る事にした。
「ふーん、そっか。まあそれはお前の好きにしたらいいさ。それよりお前、すげえ強いんだってな。昨日見てたやつらから聞いたぜ。なんか巌流院と互角に闘ったんだってな。あー、俺も見たかったなぁ。またやらねぇのか?」
やはり多くの人に見られていたため、直接見ていない者にも話が広まっているらしい。華々しく勝ったならいいのだが、こっちは攻撃が通じず気絶までさせられたのだ。本人としては情けなくて仕方がない話だ。
「互角って……。残念ながらぼろ負けだったよ。こっちの攻撃は全然効かないし気絶させられるし。あそこまで強いと思わなかったよ」
苦い顔で答える。
「そうなのか?俺が聞いた話じゃなんかすげぇ勝負だったみたいだけどなぁ」
どんな話になっているのか、かなり尾ひれがついているようだ。
だがそんな二人の会話に割り込む声がかかった。
「あれは引き分けじゃ」
噂の対戦相手、巌流院剛毅だった。
「巌流院君……。引き分けって、やめてくれよ。取って置きをぶつけても倒れなかったくせに。こっちは気絶させられたんだから。余計みじめになる」
突然現れて引き分けと告げる剛毅に苦情を入れる。自分は格闘家ではないが、まともに正面からぶつかって負けたのに変な情けを掛けられるのは納得いかなかった。
しかし剛毅はじろりと睨みながらそれに反論する。
「……あの後すぐにわしも倒れた。保健の先生が来んかったらやばかったらしい。それにお前は自分の武器を使わんかった。あれが試合じゃなくて本当の闘いならどうなったかわからん。だから昨日のあれは引き分けじゃ」
当然の様に言い放つ。情けでもなんでもなく、本当にそう思っているのが分かった。
「巌流院君……」
「剛毅じゃ」
「え?」
一瞬何を言われたのか分からず聞き返す。
「巌流院じゃなく剛毅と呼べ。わしもお前を黒森じゃなく紅と呼ぶ」
「え?な、なんで?」
そう言われても、なぜそうなるのか分からない。
「なんでもくそもない。拳で語りあったんじゃ。タイマン張ったらダチじゃあ!」
力強く叫ぶ剛毅。
「ダチ?」
ダチという単語が一瞬理解できず、紅の頭の中にいろいろな単語が駆け巡る。
(ダチ?断ち?裁ち?ダチ……トモダチ、ともだち、友達?)
ピッシャー!っと紅に雷が落ちる(もちろんイメージだが)
「も、もしかして……、ダチ、友だ、ち?」
恐る恐る問いかける。
「おう。わしらは今からダチじゃあ!」
当然のようにうなずく。
「ダチ……。初めての友達……」
思わずつぶやく紅。なんだか視線もちょっと怪しくなっている。
これには周りの面々もちょっと引き気味だ。
(く、黒森くん、友達が……)
(チョッロ、黒森くんチョッロ!)
(なるほど、黒森くん攻略ワードは友達かぁ)
だが、その独り言を聞きとがめ、浮かれる紅を見て横から一人の男(?)が割り込んだ。ガシっと紅と腕を組み剛毅と対峙しながら紅に力強く語り掛ける。
「良かったなクロ!早くも二人目(・・・)の友達ができて!二人目の!」
友達というにはいささか近すぎる距離で、なぜか少し怒り気味で二人目を強調しながらアピールする覚。
「覚……?二人目?」
最初は分からなかった覚のそのアピールの意味を理解すると、途端に顔を赤らめる紅。
(チョロ森くん……)
(チョロ森……)
(チョロ森……)
クラスの女子達の心が一つになる。
(筋肉と男の娘の間で揺れる眼鏡……)
……例外もいる様だ。薄い本にされるような事がなければいいのだが。
そこにトトト、っと近づき覚と反対側の腕に絡みつく有海。
「……ボク入学前から友達なんだけど」
ほっぺたを膨らませながら文句を言う。
確かに入学前に公園で出会い友達宣言されたが、女の子でありその後の事件もあったりで、同い年でありながら紅の中では友達というよりも庇護対象のかわいい妹枠に収まっていたのだった。
(ああ!駄目よ有海ちゃん!あなたが狙うのはその枠じゃないでしょ!)
(あか~ん!ちゃう、ちゃうねん、そこやないねん)
(いやまあ、穂村さんの安全のためにはそこやねんけど、なんかもやもやするなぁ)
有海見守り隊のお姉さんたちも口出ししたくて仕方ないらしい。
そんな誰にとっても動くに動けない状況に救いの手が差し伸べられる。
「よーし、席に就け。朝礼を始める。」
ふらふら席に着く紅。消化不良でしぶしぶ戻る覚と有海。
闇子の登場でとりあえずその場は収まったのだった。
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