第24話 蛇の話 10
翌日の放課後、紅は番長連合の部屋を訪れた。(初めてトラブルなく放課後を迎えた日だった)
「……なんでそんな超重要な情報がこんな簡単に手に入んの?……」
自分たちが命懸けで戦った相手が、おそらく本体ではないと言う報告を聞き桜はがっくりと項垂れていた。
桜と紫苑の連絡先を聞いていなかった紅は直接ここに来ていた。約束はしていなかったが、桜は快く時間を取ってくれた。紫苑も同席しているが、少し顔色は悪く目の下にやや隈がある。もしかすると昨日紅が力になれないと分かった事が原因かも知れない。
昨日に引き続き他の1年生たちは先輩たちと遊んで?いるらしい。いまだに死天王のうちの3人しか先輩に会っていないが、どうやら他の先輩たちは色々と用があるらしく、みんな常にここに居る訳ではないそうだ。
「その情報を教えてくれた人には会えるかな?」
紅は無言で首を振る。
「ど、どうして?」
新たに芽生えたわずかな可能性にすがるように紫苑が問いかける。
「……人、ではありません」
桜は右手を顔に当て、あちゃ~と天を仰ぐ。
「やっぱりいるんだ。そういうの。そして君はそれにいつでも会える、と」
「いつでも、という訳ではありませんが。それに先輩たちも会ったことがあるんでしょう?蛇の神様に」
「いや、実際戦っといてなんだけど、もしかしたら夢だったのかと今でも思う時はあるよ。魔法もある。超能力もある。霊や妖怪がいるって話も聞いたことはある。でも自分の目で見たのはあれが初めてだったんだよ。狐や狸に化かされたって言うならともかく、初めてが馬鹿でかい蛇だよ?それも神様?そんなの普通物語のラスボスじゃない。」
桜の嘆きも当然と言えた。霊が見える、と自称する人間はそれなりにいる。だが妖怪が見えるなどと言う人間はほとんどいない。霊感があり霊が見えると言われればもちろん否定派も多いが、ある一定数の人たちがああそうなんだ、と肯定的に受け入れる。しかし妖怪が見えるなどと言えばほとんどの人が、こいつ大丈夫か?となってしまうだろう。ましてやそれが神様だ、などと言えばあまり親しくない人ならすぐに距離をとるだろうし、親しい人なら優しく「一緒に病院に行こうね」となってしまうだろう。
「そうですね、普通の人は妖怪なんて一生に一度も見ないのがほとんどでしょうし、仮に見たとしても気づかないでしょうね」
「気づかない?」
その紅の言葉に桜が疑問を持つ。
「先輩は夜に目の前を動物が横切った事は無いですか?」
「?そりゃあるよ。猫だかイタチだかわかんないけど、サッと小さい動物が飛び出してすぐ消えてったりしたことが」
「なぜ猫やイタチと思ったんですか?」
「え?だって普通……」
「それが妖怪かもしれませんよ?もしかしたら本当に鎌鼬だったかも」
「ええ~、そんなわけ、……あるの?」
桜に見つめられた紅はただ黙っている。
桜は紅の冗談かと思ったが、その顔を見て本当なのか冗談なのか判断できなかった。
「ぶーぶー、噓つきー、この間自分はただの普通の高校生です~みたいな事言ってたくせに。そんな普通の高校生ごろごろいてたまるもんか」
桜が頬をふくらませて文句を言う。
(なんかだんだん可愛くなるな、この先輩)
文句を言われながらも紅は全くのんきなことを考えていた。
「それで、その本体とやらには会えるのかい?どこにいるか君は知ってるんだろう?超能力はダメでも魔法でダメージが与えられるならアタシが戦える。他の3人はダメだけど総長と副長の武器も有効なはずだ」
だが、そんな脳筋な桜の問いに紅は別の意見を出した。
「いえ、戦う前に一度会って話をしてみようと思います。月夜野さんと一緒に」
そう言って紫苑を見た。
今後の予定を話し合い、忘れていた連絡先を二人と交換する。高校に入って交換したのが女子ばかりな気がする。
(……いや、佐取さ、君は男子だ。……男子、か?)
紅が出て行こうとした時に桜に呼び止められた。
「あ、そうだ。君に渡しておく物があったんだ。はいこれ」
そう言って紙袋から細長い包みを取り出して渡してきた。
「これは?」
何か分からなかったが、手に持ってその形と重さから思い当たる。
(まさか)
包みを解くと黒い鞘に収まった短刀だった。先日の髪切り事件の犯人が使っていた物だろう。
「君それの事気にしてただろう」
桜は何気ない事の様に言う。
「だってこれ重要な証拠品じゃないんですか?」
当然の疑問である。簡単に持ち出せる様な物ではないし、また、持ち出してはいけない物だろう。
「あ~、だいじょぶだいじょぶ。なんか似たような感じのが犯人の家にあったんで、それと入れ替えといたから」
ぜんぜんだいじょばない。そもそも犯人の家に入ったのだろうか。桜が?
「なんかあの犯人刃物集めが趣味みたいでさ。家にはナイフとか刀がいっぱいだったらしい」
家に行ったのは桜本人ではないようだが、番長連合の誰かがいろいろと調べたらしい。それによるとどうやら桜の言う通り、あの犯人はナイフを集めるだけでなく、刃物を研ぐのも趣味だったそうだ。ネットオークションやフリマサイトで錆びた古いナイフや折れた刀などを安く買って研ぐ練習をしていたらしい。犯人のパソコンの履歴を調べたところ最新で手に入れたのがこの短刀で、元は打ち刀(いわゆる普通の日本刀。60cm以上の長さがある)の折れて欠損していたものを安く手に入れて、研いで短刀に仕上げたらしい。厳密に長さを計っていないので、短刀(30cm以下)か脇差(30㎝以上)かは曖昧だが、ここではとりあえず短刀と呼ぶ。
「それネットオークションで500円だったらしいよ。半分に折れて錆びてたから。これ
そう言って桜が写真を見せてくる。茎(柄の中の部分)には【カミキリ】と銘が彫られていた。
「冗談みたいだろ?【カミキリ】を持った犯人が【髪切り】だよ?どっかの神社だか寺だかにあったのがどういう訳か売りに出されたらしい。その刀の影響ってあると思う?」
あきれたように聞いてくる。
だが紅には笑い話とは思えなかった。駄洒落のように聞こえるが、この国では昔から字は違っても同じ音を持つ言葉に意味を持たせることが多い。正月料理に演技の良い意味を持たせたり、あえて縁起の悪い発音の読みを変えて良い意味を持たせたりなど。
「おそらく影響が皆無、ではないと思います」
「ふ~ん、アタシにはそれは分からないけど、君がそう言うならそうなんだろう。じゃあそれは君が持つといい」
今、危ないかもと言った物を持っておけと言う。
「いいんですか?これ証拠品じゃ?」
「いいさ。自転車壊されただろう?どうせ弁償されないだろうから、その代わりだよ。自転車の方がずっと高かっただろうけど。それに君なら大丈夫だろう」
桜は何気ないように言うが、紅からすればこの短刀の価値はその筋に出せば数百万、へたをすれば数千万出す者がいてもおかしくはないだろう。紅としては値段の事はどうでもいいが、この短刀はかなりの力があるように感じる。法的には全く良くはないのだが、そのあたりはかなり紅はおおらかなので遠慮なくもらっておくことにした。
「あ、そうそう。あの犯人なんだけど。元番長候補じゃなくて本物の番長だったよ。格闘技の経験もあって、一度はプロも目指したことがあるらしい。まあ将来を考えて警察に行ったそうだけど。よくあれと戦って無事だったね、普通の高校生が」
にやにやと笑いながら、普通の高校生を強調して桜が言う。
そこからさらに追い打ちをかけるように、紅と紫苑の二人に話しかける。
「そういえば君たち、噂になってるよ」
「噂?」
何のことかわからず二人とも首を傾げる
「昨日の昼休み、男装の美少女になんでもいう事を聞かせる奴隷契約をして抱きしめてたんだって?それも彼女の目の前で。それで彼女と修羅場を演じてたって」
にやにやどころか、にや~~と顔に似合わないいやらしい笑いを浮かべる。
「「!!??」」
「だ、だ、び、び、ど、ど!?」
紅を見つめて焦る紫苑。
「彼女って……」
あきれる紅。
(やっぱり可愛くない……)
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