第19話 蛇の話 5
そして有海も落ち着き、食事を終えて雑談していると声がかかる。
「あそこだよ。お~い、黒森君。お客さんだよ~」
クラスメイトが紅を指差す。
紅たちのいる机にやってくる学ランの生徒。
彼女を見てクラスがざわめく。
「君は、暁野さん……」
声をかけられて、紫苑はなんと言っていいのか分からないような困った表情をしていた。
「紫苑ちゃん」
そう呼ばれて、紫苑はハッとする。紅しか見えておらず、その周りに居るのが誰だかわかっていなかったようだ。
「あっ、穂村さん、それに西矢さんに前野さんも。久しぶりだね。小学校の時、同じクラスになって以来かな」
「うん、中学も一緒だったけど、紫苑ちゃんはずっと百合組だったから。今日はどうしたの?」
問われて用件を思い出す。
「そうだ……。黒森、君。昨日はすまなかった。確かに君の言う通り、私が勝手だった……」
紫苑が頭を下げる。
「いや、僕の方こそごめん。あんな言い方はするべきじゃなかった」
「いいんだ。本当にすまなかった。……ただ、もう時間がないんだ。7月になればあの子の誕生日が来てしまう。お願いだ、何か、何でもいい。わずかな可能性でもいい。ヒントや情報だけでも貰えないだろうか?」
周りの好奇の視線も気づかずに必死で懇願する。
「……どうしてそこまで君は?」
少し迷って紫苑は話し出す。
「私には双子の姉がいる。
「だから君は番長連合に?」
「昔から月夜野家の女性は霊力が強かったらしい。占いというか、村の巫女の様な存在だったそうだ。その分家である私と桔梗にも弱いが予知能力があるんだ。と言っても、右か左ならどっちかいいか、っていう程度だけどね。それでも少しでもいい方に向かうように動いて来た。何年もどうにもならなくて、ある時桜先輩たちの事を知った。あの人たちの力を貸して貰えたら、って。
でもあの番長たちでもダメだった……。それでもここに来ればきっと良い事があると感じたんだ。ここなら強い人たちが集まる。何とかできる人がいるかも知れない。何か知っている人に会えるかも知れない。そして私もなにか力になりたいから、ここに来た」
「そう、なんだ」
その雰囲気に周りも押し黙ったままだった。
だが、意を決したように紫苑が切り出した。
「黒森君。百合に会ってくれないか?」
((!!))
それを聞き、地元の百合の事を知る生徒たちに衝撃が走った。
ガタっと有海が立ち上がる。
「だ、ダメだよ!」
「穂村さん?」
紅が不思議そうに見てくる。周りのクラスメイトたちは何のことか分からず、不思議そうな顔をしている。
「あ、あれ?ボクどうして……」
なぜ自分がそんな事を言ったのか分からず困惑し、紅と紫苑を見る。
(ああ、穂村さんは……。でもなんとしても彼には百合に会ってもらう。百合に会いさえすれば、きっと……)
有海に対して申し訳ない気持ちがこみ上げるが、紫苑はそれを押し殺す。
「会ってどうするの?僕が会ったとしても何もできることはないよ。それに男が近づけば病気や怪我をするんじゃ?」
実際会ったところで紅にできることは何もない。おそらく彼女は紅を百合と会わせれば、百合の美しさに惹かれ助けるための手助けをすると考えているのだろう。もし期限までに紅の父親が帰ってくれば、その力を借りることもできるかもしれない。そんな見え見えの手に乗るつもりはなかった。
だが、紫苑も紅が簡単に会ってくれるとは思っていない。それなりの覚悟を持ってここに来ていた。
「それでも頼む。それに近づく男性がみんな怪我をするわけじゃないんだ。下心があったり、百合に手をだそうとしなければ大丈夫なんだ。私にできる事ならなんだってする。なんでも言う事を聞く。この通りだ」
そう言って、紫苑が膝を着き土下座しようと屈んだ時、とっさに紅が紫苑の両腕を掴み抱きとめる。
(危ない危ない、入学2日目で女の子の頼みを断り続けて、土下座までさせる男って誤解されるところだった……)
だが詳しい話を聞いていない、席の離れたクラスメイトたちからは、何度も頭を下げ抱き着いた女子を紅が抱きしめた様に見えていた。
(あらあら、たいへん。二股はダメよ黒森くん)
(す、すごい。さすが高校。修羅場、修羅場だ!)
早速誤解するクラスメイト。
(あいつ、ボクっ娘だけじゃなく男装の美少女まで!)
(まああれはどうでもいいでござる)
妬んだり妬まなかったりする男子。
(ちょっと、黒森君、有海ちゃんの目の前で!?)
(く、黒森君、男の子っぽいのが好きなのかしら。思った以上にマニアね……)
(こっわ、黒森君こっわ。えっ?二人目?一日一人?私たちももう狙われてんの?こっわ)
もう完全に女子から目を付けられた男、黒森紅。
片膝立ちの状態で紅に支えられ、至近距離で見つめ合う二人。
「あっ……」
「……分かった。会うよ。でも本当に役には立たないと思うよ」
ため息をつきながら紅が答える。
「うん、それで、大丈夫……」
(そう、大丈夫。これできっと。大丈夫……)
「ひゃっ!?」
そんな紫苑を後ろから羽交い絞めする様に有海が引っ張り上げる。
驚いて後ろを振り返る。
そこには涙目でほっぺたを膨らませた有海がいた。
「ほ、穂村さん?」
「もうお昼休みが終わるの!紫苑ちゃんも戻らないとだめ!」
「あ、ああ、うん、そうだな。すまない。じゃあ、黒森、君。また後で」
「うん。また」
「もう、早く!」
「あ、はい」
そそくさと紫苑は教室を出て行った。
なんとも言えない空気になった教室。
全員の心の声がハモる。
(((……黒森~)))
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