第32話 幕間 4 お守り

「姉さんごめん。お守りの薬使ってしまった」

「あら、もう使っちゃったの。思ったより早かったわね」

 

 破れた制服のまま帰宅した紅が申し訳なさそうに謝る。制服は破れて腹と背中が露出しているが、体に傷は全くない。

 お守りの薬と言うのは、入学初日に雪が念のためにと紅に持たせておいた物だ。本人の希望と違い、色々と残念な要素が重なり戦闘で重傷を負ってしまいやむなく使用した。

 その効果は劇的で、通常なら間違いなく死んでいたような傷が一瞬で完治したほどだ。


「……貴重な薬だったんでしょ?」

 姉がお守りとして渡すほどの薬である。そしてあの効果。そこらにごろごろある様な物ではないのは明白だった。

 だが雪は意外にもあっけらかんとした様子で答える。

「そうね。貴重と言えば貴重ね。あれ手に入れるの結構苦労したのよ。さすがに私もあんな薬作るのは無理だから」

「そんなにすごい薬だったの?」

「まあね。ゲームでいえばエリクサーみたいな感じかしら。私が普段作るのがポーションくらいで、頑張って作ってもハイポーションくらいまでね」

 なぜゲームで例える。


 雪は薬作りが趣味である。様々な霊草、薬草を集めて色々な薬を作っている。ちょっとした怪我なら雪の作った薬であっという間に完治する。そのため気軽に人に見せられるものではない。先日髪切り魔に負わされた傷もその薬で治っている。

 雪の本来の目的はある薬を作り出すことだが、その練習台として紅は幼い頃から様々な霊草薬草の余りをサラダ感覚で食べさせられていた。残飯処理とも言う。

「そんなに……、姉さんでも作れないの?」

「そりゃそうよ、まず材料からして手に入らないわね。王母様の庭の蟠桃の種でしょ。鳳凰の血、人面樹の根っこ、100年以上生きた白猿の肝、それからなんだったかな、まあ、それらを術師が3年かけて煮込んでやっとできるらしいから」

「そ、そんなに、……かぐや姫より無理難題じゃないか。よく手に入ったね……」

「けっこう頑張ったのよ。色々クエストをクリアして王母様から貰ったんだから」

 えっへんと胸を張る。だからなぜゲーム風に言うのか。


「ごめん、そんな貴重な薬を……」

「いいのいいの。薬なんて使うためにあるんだから。薬の貴重性を理解してるあなたが使ったんだから、よっぽど必要だったんでしょ?それに薬だけ残して死んじゃったら意味ないもの」

 そう言ってそっと紅の頬に手を当てて、反対の頬に優しく口づけする。紅はくすぐったそうに黙ってそれを受け入れる。ちょっとどうかなぁと思わせる姉弟の日常である。


「でもさすがにあの薬を用意するのは無理だから。私が作ったハイポーションを持っときなさい。あんまり人に見せちゃダメよ」

「ほんとにハイポーションて言うんだ……」

 丸薬ですが。


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