第2話 髪切りの話 2


「おはよう、姉さん」

「おはよう、こう。ごはん出来てるわよ。お弁当もちゃんと作ってるからね」

 二十歳前後であろうか。大人というにはまだ早く、少女というには大人っぽい女性が挨拶を返す。

「うん。ありがとう。やっぱり父さんに連絡つかない?」

「ダメねぇ、息子の高校の入学式くらい帰ってくると思ってたんだけど、どこにいってるんだか。でもちゃんとお姉ちゃんが紅の晴れ姿は見たし、写真も撮ったし、後でお父さんにも見せるわ」

「うん、ありがとう」

「うう、でもお姉ちゃん嬉しいわ。あの泣き虫の紅がもう高校生に。」

 女性は涙を拭うふりをしながら言う。

「やめてよ。いつの話してるの?あとそれ昨日もやったよ」

 紅が抗議する。

「ええっ!?そんな……、あんなにお姉ちゃんお姉ちゃんって抱きついて来てたくせに…。もう私は使い終わった用済みの女なのね…。お姉ちゃん悲しい……」

 さらにハンカチまで取り出して目元を拭う。

「言い方。小さいころの話じゃないか。もうここ何年かは泣いてなんかないよ」

 実際小学校の低学年くらいまでの話である。

「ま、それはそれとしてごはん食べちゃいましょ」

 あっさりハンカチをしまい笑顔で言う。

(相変わらず切り替え早いなあ)

 と紅は苦笑する。

「学校楽しみね。ちゃんとお友達つくるのよ?最初が肝心よ?人見知りしちゃだめよ?ちゃんと挨拶はするのよ?可愛い女の子だけに挨拶してちゃだめよ?男女問わずに仲良くね?ええと、それから……」

「わかってるよ。大丈夫だから。そこまで心配しなくていいから」

放って置けばいつまでも続きそうな姉の助言を中断する。

「そう?だってあなた人見知りだから、お姉ちゃん心配で心配で」

 姉の心配も理解はできる。確かに自分はお世辞にも社交的な正確ではない。どちらかと言えば内向的であろうことは充分理解している。しかし、だからといって姉の心配をいつまでも聞いていたいものではない。そういうお年頃である。

「とにかくそんなに心配しなくても大丈夫だから。それに姉さんも今日から大学だろ?時間大丈夫?」

「お姉ちゃんは大丈夫。私のことはいいから、あなたも早く食べて学校行きなさい」

「うん、わかった」

「あと、ちゃんと眼鏡かけて行くのよ。あなたは眼が良すぎるんだから」

「……うん、大丈夫だよ。」

「あ、そうそう。これ持っていきなさい」

そう言って手の中に納まるほどの小さな布袋を渡す。

「これは?」

「お守りよ。万が一のための。一つしかないから無駄遣いしちゃダメよ」

「……僕なにか悪い目に遭うの?」

「あくまで念のため、よ」

 にこやかに笑う姉。

「使う事がないといいなぁ……」

 そうして二人で朝食を済ませ家を出た。





 新学期初日の高校。

 8時を過ぎて段々と生徒達が登校して来る。 

その生徒達の中にまだ真新しくサイズの合っていない制服を着た新入生達が、期待と不安に満ちた顔で次々と登校してくる。あるものは友人と、あるものは一人で。

 その光景を校舎の屋上から見つめる6人の生徒の姿があった。


「おーおー、新入生は初々しいなぁ。去年の俺もあんなんやったよなぁ」

一人の男子生徒が楽しそうに言う。

「いやいやいやいや、あんたはあんなに初々しくはなかったでしょ」

 別の体格の良い男性生徒が即座に否定する。

うんうんと他の全員が無言でうなずいて同意する。

「えっ!?」

「いや、えっじゃねえよ。ツッコミ待ちかとおもたら本気かい」

 うんうんと全員が同意する。

「ええ~、大体あんな感じやなかった?」

 どうやら本人的には本気でそう思っていたようである。

「初々しい新入生が初日であんなことせんやろ……」

「あれは俺だけやなくてこの全員で…」

最初の男子生徒が否定の意見を言いかけたところで、

「ああ、一人きましたよ」

 と、別の落ち着いた雰囲気の男子生徒がそれを遮った。

「お、どれどれ?」

「あれです」

 そう言って数多く歩いている生徒達の中の一人の新入生を指さす。特にこれといって目立つ特徴のない男子生徒である。

 屋上からはかなり離れているにも関わらず、全員がそれを見て、そしてデータと照らし合わせ確認する。どうやら生徒の情報を持っているらしい。個人情報とは。

誰も双眼鏡などは持っていないが、彼らには問題なく見えているようだ。

「あれが噂の、か」

最初に発言していた男子生徒がつぶやく。

「どうですか?」

どうやら最初に発言したこの男子生徒が、この中では1番発言権が強いらしい。

「う~ん、そこそこ強そうではあるが、ぱっと見そんなすごそうには見えんなぁ。なにかしらの武術は身に着けてるな」

「そうですね。特になにか目立った実績や能力があるわけではないらしいですしね。あえて隠しているのでなければ」

「まあ見た目は弱そうでも、能力次第で実際はめちゃくちゃ強いなんてのはなんぼでもおるからな」

 今まで黙っていた男子生徒が言う。

「そうそう」

 残りの生徒達がその場の一人の男子生徒の方を見ながら相づちを打つ。

「なんでこっち見んの?オレ!?弱そうってもしかしてオレのこと?嘘やろ?いやいやいやいや、ないないないない。そりゃ、総長と副長に比べたらあれやけど、この4人の中やったらオレが1番強いで?ということはこの学校で5本の指に入るで?この学校で5本の指言うたら全国でもトップクラスやで?」

 弱そうと言われた男子生徒が反論する。確かに見た目で言えば他と比べてやや背は低く、少し猫背なところがあまり強そうには見えない。特に前を開けた学ランから覗くアニメ風の美少女のTシャツが……。

 そんな彼の発言にツッコミが入る。

「ふざけんな!なんでお前が1番やねん!どう考えてもこの4人で1番言うたら、おれやろ」

「僕だろ」

「アタシでしょ」

残りの3人が同時にツッコむ。

 そして4人でにらみ合う。どうやら4人ともこの4人の中では自分が1番強いと思っているようだ。

「まあ死天王で誰が1番かは4人で決めてくれ」

クックッと笑いながら最初の男子生徒が4人に言う。

「総長、その死天王マジでやめて。恥ずかしくて名乗れないから」

 唯一の女子生徒が反抗する。

 そうだそうだ、と他の3人も頷く。

「そんなに嫌やったらその辺からもう一人連れてきて、五天王とか一人減らして三天王とかにしたらええやん。それともラブリーフォーとかのがよかった?」

「ふざけんな!」

「なんでや!」

「あほか!」

「クソが!」


「じゃあ俺に勝って総番長になればいい。強い奴が決めろ」

 そう言われて4人とも悔しそうに黙えこむ。

 どうやら総長と呼ばれた彼が、総番長の様だ。

「それはそうだけど……。副長もなんか言ってよ!」

それでもやはりJK的に死天王は耐え難いらしく、もう一人の男子生徒に懇願する。

「自分も総長と同意見だ。勝て」

 落ち着いた雰囲気の男子生徒が淡々と答える。

その答えには不満ながらも女子生徒はそれ以上は反論しなかった。

「それよりもう一人来たぞ」

 副長と呼ばれた男子生徒が指さす。


全員でその先を見ながら、

「うわ。あれは……」

「おおぅ」

「なかなか濃いな」

「……コスプレ?」

「ええやん、面白そうで」


 彼らの視線の先では1人の男子生徒が歩いていた。込み合う道でなぜかその生徒の周りにできた不自然な空間の中心を。その生徒を見ながら、なにやらひそひそとささやく周りの生徒達。

 その男子生徒は控えめに言って目立っていた。

高校1年生にしては大柄な体格。ただ大きいだけでなく引き締まった筋肉。太い眉。鋭い目つき。 

周りを歩いている他の男子生徒の多くが標準的な詰襟の学生服を着ている中で、いわゆる改造学生服を着ていた。

 ひざ下まである長ラン、裾の広いズボン、裸足に下駄。つばに謎の切れ目が入った学帽をかぶり、謎の葉っぱまでくわえている。

 さらに長ランの下は何も着ておらず腹にはさらしを巻いていて、極めつけはズボンをベルトではなく荒縄で締めている。さすがに全員からツッコミが入るのも無理はなかった。


「彼も中学ではかなり有名だったようですね」

 データを見ながら副長が冷静に説明する。

「うん、まぁ有名だろうね。アレは……」

 女子生徒がげんなりしながら答える。

「いや、見た目だけの話でなく実力もなかなかの物らしい」

「確かに資料だとそうらしいけど、ホントにアレがぁ?」

 どうやら彼女には納得がいかないらしい。

「いや、あれは結構強いな。さすがにこの学校は面白そうなんが多く入ってくるな」

 嬉しそうに総長が言う。

「あれは何組に入る?」

「今の2人とも1年2組ですね」

「ふーん、誰が行く?」

 総長が問いかける。

「ええ~、さっきの子はともかく、アレが2組~?ちょっと勘弁してよ。2組はアタシの妹分たちがいるのに。誰よ、あんなの入れたの?アタシ聞いてないわよ」

 女子生徒が不満そうにつぶやく。

「しゃーない、アタシが行くわ。もう、せっかくあの子たちまとめて一緒のクラスにしてあげたのに……、あんな面倒くさそうなのと一緒だなんて。アタシ百合組にもいかないといけないのに。なんでアタシだけ2クラスも行かないといけないのよ」

「じゃあオレが百合組に行こうか?」

 美少女Tシャツの生徒が提案する。

「は?アホなの?ダメに決まってるでしょ?こっから飛び降りたら?今すぐ」

冷たく女生徒が切り捨てる。

 どうやら話からして彼らは新入生の個人情報を把握しているだけでなく、クラス分けにも介入できるらしい。

 「1組は自分が行く。他のクラスは総長以外の残り3人と3年の先輩たちも行ってもらう。」

副長と呼ばれた生徒が指示する。 

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