第21話 蛇の話 7

 珍しく男子が来たという事で、周りの女子たちがいろいろと質問してくる。招かれた以上ただ黙って座っている訳にもいかず、紅もそれに応じる。


 久しぶりに男子と話せるのが新鮮で百合もはしゃいでいた。特に自分ばかりに注目せず、周りの女子たちにも同じように話すのが嬉しかった。百合組ができる前はどんな男子も必ず百合ばかりに集中し、他の女子を蔑ろにしてきた。そのため多くの女子から嫉妬され邪険にされてきた。だが紅は自分を見て興奮するわけでもなく、自然体で会話を続けている。

 もしかして、もう自分は特別ではないのでは?との疑念も沸いたが、周りの反応からすればそんな事はないだろう。自分が可愛い事は自覚していた。幼い頃は特に気にならなかったが、成長するにつれ周りの反応が変わってきた。「ゆりちゃんは綺麗だね。可愛いね」幼い頃は嬉しかったその言葉が段々と呪詛の様に聞こえてきた。やがて百合にとって、綺麗、可愛い、というのは誉め言葉ではなくなった。

 確かに自分の外見は整っているだろう。だが、百合の中身は臆病で自分では何もできないただの女の子だった。それに比べれば、自分でどんどん進んでいく紫苑や、思った事を何でも言ってくる桔梗のなんと魅力的なことか。


 その様子を見て紫苑は一人焦っていた。

(あれ?なぜだ?なぜこんなに普通なんだ?)

 中学になってからも百合は完全隔離されていた訳ではないため、稀に男子に目撃されることはあった。中には執拗にチャンスを伺い百合に会おうとする者もいた。(百合の目の前に来るまでに阻止されていたが)わずかに垣間見た百合の姿に一目惚れする者もいた。


(百合に会いさえすれば、もっとこう、興奮したり周りの女子はそっちのけでアピールすると思ったんだが……。そういえば教室では女子に囲まれてお昼を食べていた。あっ、穂村さん。久しぶりに会ったが、かなり彼に入れ込んでいるようだったな。もしかしてお付き合いをしているのか?それに西矢さんと前野さんも。ん?もう一人可愛い娘がいたな。誰だっけ、見たことがあるような……。あっ!佐取、佐取君だ!女子じゃない!ま、まさか……)



 それに思い至り紫苑が会話に参戦する。

「く、黒森君。き、君はお付き合いしている女性はいるのか?」

 他の会話を無視したいきなりのぶっこみ。

「暁野さん!?」

「「はい?」」

「え?」

 紫苑の突然のツッコミへの返しに二つの返事が。紫苑と桔梗である。


「黒森くん。ここには暁野が二人いる。あたしと紫苑。そうか、普通同じクラスに姉妹はいないもんね。もう何年も同じクラスメイトたちに名前で呼ばれてたから忘れてた。名前で呼んでくれるかな。姉と妹でもいいけど」

 軽い調子で提案する桔梗。だが紅には全く軽くなかった。会ったばかりの女子をいきなり名前呼び。高すぎるハードルである。かと言って姉、妹はさすがに。

「紫苑もそれでいいでしょ?」

「う、うん。そ、それで、いい」


「……紫苑、さん」

 なんとか飛べた。


「そ、それで、君はお付き合いしている人がいるのか?」

 それを聞き、桔梗は紫苑の考えに思い至る。

(ま~たなんか暴走してるな、このばか真面目な妹は。まあ面白いからもう少し見物しよ)


「紫苑いきなり恋バナなんて大胆」

「飛ばしすぎやん」

「相変わらず会話下手くそか」

 周りの女子からのツッコミ。


 これに答えなければいけないのか……。気の重くなる紅。別に答えなくても良いのだが……。

「……別に付き合っている人なんていないけど」


「そ、そうか。そうなのか」

(……穂村さんじゃない。ま、まさか!?)

「く、黒森、君。き、君は、その、なんと言うか、その、女子よりも、あの、男子、の方が好き、とか?」

 

「「「きゃあ~♡」」」

 黄色い歓声。


「ホントに何言ってんの!?紫苑さん!」

 紫苑の考えていることが全く分からない。なぜ百合に会いに来て、雑談中にこんな変化球が飛んでくるのか。彼女の目的は自分と百合を仲良くさせることではないのか?そうして自分を利用するためではなかったのか?自分一人がなにか勝手に勘違いしていたのか?


(ほんと面白いな~。このばか妹は)


「そ、そうなの?桔梗ちゃんの本の世界だ!」

 パァン!

「あいたぁ!?」

 百合の頭をはたく桔梗。

「いらんこと言うな」

 どんな本か。


「……男子よりも、女子の方が好き、だよ……」

 何という拷問。何という公開処刑。来たくもない場所に呼び出され、初対面の女子たちの前で女子が好きと白状させられる。自分はいったいどんな悪事を働いたというのか。


「チっ」


 誰のか分からない舌打ちが聞こえる。

 バッと振り返るが全員が顔を逸らす。


「そ、そうか。女子が好き。女子が好きか」

 安心したように、嬉しそうに言う紫苑。

「ねえ、紫苑さん、僕のこと嫌いなの?」

 心の底からの問いだった。



 その後は想定とは違う空気ながらも、しばらく雑談をして紅は帰宅した。



「久しぶりに男の子とお話ししちゃった。楽しかったね」

 嬉しそうに百合が話しかけてくる。

「ん、思ったよりいい感じの男子だった。百合を見て興奮しない男子は珍しい。子供や老人でも目の色を変えるのに。百合に興奮しないのは赤ちゃんくらい」


「あたしたちはお嬢や桔梗たちよりは男子と話せるけど、ガツガツしてないのはよかったね。ちゃんとあたしたちとも話してくれたしね」

「そうそれな、普通お嬢が一緒だとお嬢しか見ないからなぁ」

「わたしはもっと肉食系のがいいかな。ちょっと細すぎない?もっと筋肉が欲しい」

 いろいろと批評するクラスメイトたち。おおむね好評だった。


 そんな中、紫苑は一人落ち込んでいた。自分の目論見が失敗に終わったためだ。普通の男子ならば百合に会えば、百合と話せば彼女の魅力にあらがう事はできず、紫苑に協力を申し出てくれると思い込んでいた。だが、結果は違った。紅は帰り際、力になれなくてごめん、と言い残して去って行った。せっかく見つけた希望。しかしそれも振り出しに戻ってしまった。また何か手を探さなくては。この罪悪感を取り払うために……。



 

 帰宅後、紅は姉に相談を持ち掛ける。

「姉さん。ちょっと話があるんだけど」

 紫苑の計画は失敗してなどいなかった。




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